毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十四章 煙草の灰

第301話 国連上層部

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「国連の上層部には、どうもウミヘビを都合よく扱いたい者がいるようだ。彼らに人権を与えたい私の目標と相反する。可能ならば手間と時間がかかっても訴え続け、改革をこなしていきたい所だが……」

 いち研究員の立場であるモーズの影響力は、限りなく低い。所長でさえ意見の主張が滞っている中、力のないモーズが一人で活動するには限界がある。
 そして何より――

「生憎と私には、時間がない」

 モーズが患っている珊瑚症の進行は着実に進んでいて、タイムリミットが迫ってきている。
 恐らく正気でいられる期限は長くてあと、

「手っ取り早く変えるなら内側からでは、と思ってな」

 その中で目標を達成するには、他者の力を借りるのが最も有効的である。その他者は、国連内部の人間ならばなお望ましい。
 だが想定外の要求をふっかけられたマイク本人は口を半端に開け、唖然とし、モーズの提案を理解するのに時間を要している。

「き、き、貴様……! 上層部の意向に背けと、つまり私に反逆者になれと!? 馬鹿じゃないか! 私に何のメリットがあるというんだ! 応える義理などないっ!!」

 やっと口を動かした彼は見るからに狼狽し、衝動のままソファから立ち上がった。

「そ、そもそも私にそんな事を話すなど! 上層部にお前を危険分子と告げ、クスシの名簿から抹消してもいいんだぞ!? ハッ、迂闊だったな!」
「貴方はそんな事、しないだろう。私にクスシの本分を説き、私の背中を押してくれた、貴方が」

 モーズは何もマイクが国連警察だから、という理由だけで話を持ちかけたのではない。

 ――クスシは研究が本業だろう。早く帰って寝てしまえ。

 アメリカ遠征帰還時。気持ちの整理がつかず飛行機の前で動けなかったモーズを、『英雄』としてではなく『クスシ』として送り出してくれたのは、他でもないマイクだ。
 それは紛れもない、モーズ個人へ向けたエール。
 マイク本人が忘れていようとも、モーズはずっと、覚えていた。

「あ、れは……っ! とっとと、帰れという意味で……っ! ……、……っ!」

 たった今その事を思い出したらしいマイクは目を泳がせ、声を震わせている。
 マイクにとってあれは、何気なく口にした言葉だった。災害と化した感染者含め、一人一人の命と向き合うモーズの姿を見て、つい口に出した言葉。
 表裏のない本心。
 しかしその程度の事で惑わされるなと、マイクは首を横に振って雑念を払う。モーズをクスシとして内心認めてしまっている事と、ウミヘビを危険視する思想は別なのだから。

「ウミヘビは危険だ! 国連が直接管理すべき生物兵器! 上層部は勿論、とてこの考えは決して変わらない!」
「そうか。残念だ。しかしどうか、これだけは覚えておいて欲しい。……クリスさんのご遺体を故郷に帰せたのは、ウミヘビのお陰だ」

 マイクの部下、クリス。超規模菌床の〈根〉となってしまい、命を落とした女性。
 まだ、24歳だった。
 だが〈根〉になってしまったにも関わらず、遺体を回収した際の検査で彼女の体内に『珊瑚』がいない事が発覚。遺体自体も胸の傷以外は綺麗なもので、生前と変わらない顔で、眠っていた。
 その為、マイクは感染者に施さなければいけない焼却処分の期限を伸ばし、クリスの遺体を彼女の両親の元に送り届けた。今にも目を覚ましてくれそうなほど穏やかな顔をしていた彼女を前に、クリスの両親が目を腫らして泣いていたのをよく覚えている。
 そうして彼女は両親に見守られ、火葬された。

「ウミヘビが、タリウムが彼女の中の『珊瑚』を殺してくれたから、最期にご両親の元へ送り届けられた。決して、危険なだけではない。私達の力及ばない所に、手を貸してくれる」

 そう告げるモーズは、感慨深そうに『珊瑚』に侵された右手を眺めている。

「だから私は、感染者もウミヘビも救えるよう、足掻くよ」
「……傲慢で、強欲だな。それでも英雄か」
「私は英雄ではない。我儘な、一人の人間だ。――後悔ばかりしている、情けない人間」

 その気弱とも取れるモーズの返答に、マイクは呆れたように肩をすくめると談話室の出口へ向かう。

「勝手に後悔してろ。私はもう戻る」
「了解した。話を聞いてくれて有難う」
「ふん」

 そのままバタンと、マイクの退室と共に扉は閉められた。
 談話室の外、廊下へと出たマイクはエントランスに向け足早に歩く。モーズの帰りを待っていたお陰で仕事が溜まっている、早く着手しなければいけない。マイクは頭を切り替え、職務に集中しようとした。
 が、できなかった。

(クソッ! アイツが変な事を言うから、ウミヘビとアイギスの過剰な武力、そしてクスシの異様な若さについて問い詰めそびれてしまったじゃないか!)

 ガンッと拳で廊下の壁を殴り、苛立ちを露わにするマイク。
 まだまだ問い詰めたい事があったというのに、モーズの突拍子のない発言によって頭から吹き飛んでしまったのだ。

(ウミヘビは危険なだけではない? 上層部の意識を変えたい? 挙句、人権を与えたい!? そんな事、そんな事……!)

 許される訳がない。
 そう断言できる筈なのに、頭の中が掻き乱されてしまっているかの如く、思考が纏まらない。

『行ってきますね、マイク上官!』

 ネフェリンに連れられ、アメリカ支部の基地から現場へ向かったクリスの笑顔が、脳裏に浮かぶ。明るく天真爛漫で、新人ながら度胸があり、初めての事でも体当たりで挑む。
 しかし不測の事態が起きれば簡単に狼狽え、ルックスが整っている異性を見れば惹かれ、チェリーパイが好物で、故郷の両親の話を嬉しそうに語る。
 そんなどこにでもいる女の子は、その挨拶を最後に、冷たくなって帰ってきた。

(ネフェリンに、嵌められて……。いや、だが、彼女の受けたという任務は……)

 上層部からの指示である。
 上官であるマイクを通さず、直接ネフェリンへ課された任務『超高層ビルの偵察』は、確かに正規の任務であった。

(い、いやいや。ステージ6は都合よく感染者を作れるという話じゃないか。ならば場所も時も選び放題。任務先が菌床を作るのに丁度よかったからと、突発的に行動した。そうに違いない。そうに……)

 新人クリスを連れ、上官マイクを待機させる、都合の良い任務。
 それ以前にも引っかかる事は起きていた。オフィウクス・ラボの視察時、ネグラへ入る為に使用したフリーパス。ネフェリンが「上層部から支給された」と言っていた物だが、虚偽と判明。出所を探っている。
 しかし生前のネフェリンの行動を洗いざらい探ったにも関わらず、未だに何も掴めていない。

(……もし、ネフェリンの申告が虚偽でなかったとしたら?)

 本当に上層部が、それもマイクより上の立場の人間が関わっていたとしたら。
 国連警察が管理するデータなど、簡単にデリートできてしまう。一切の痕跡を残さずに。
 そうでなくとも《植物型》騒動を引き起こしたパラスのWHO会長の件といい、ここ最近の上層部の動向はどうも
 そんな事、マイクはとっくに知っていた。わかっていた。だが考えないようにしていた。
 国連組織は縦社会で、上層部の命令は絶対で、その真意をわかる必要も知る必要もなくて、黙って従えばそれでよくて。

 ――足掻くよ。

 ただの医師が、しがない研究員が、何の権限も持たない新人クスシが、迷いなく口にした言葉がマイクの鼓膜にこびり付いて離れない。
 同時に、相手が何だろうと立ち向かう彼と、どこか尻込みしてしまっている自分の対比が、浮き彫りになる。
 ガンッ!
 マイクは再び廊下の壁を殴り付けた。

に昇進欲がないとでも? ハッ、あいつに言われるまでもない。やって、やろうじゃないか……!!」


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