毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第321話 平和が終わる日

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「テトラミックス! 使える車はあるだろうか!」
「あるよー」

 港には既に赤毛の車番、テトラミックスの手によって発車準備を終えた空陸両用車が控えており、いつでもアバトンを発てる状態となっていた。

「俺がシャワー浴びている間に使われちゃった車、追いかけるんでしょー? 早く行こう。直ぐに行こう」

 フリーデンはテトラミックスが港から離れている隙をついて車を拝借。ネグラの出入り口で待機していたクロールの元まで走り、柵を開け連れ込み、そのままアバトンから出て行ってしまったのだという。
 港へ戻ってきたテトラミックスが見たのは、勝手に開けられた車庫。しかも一台足りていない。車好きな彼は無断使用された車の行方が気になって仕方がなく、ある意味モーズ達よりも落ち着かない様子であった。

「この際、法定速度は無視し可能な限りの速度で追いかけようかー」
「車の事となると見境ないですねぇ、テトラミックスさん」

 そこにネグラからやってきたセレンと、アンモニアが、港へ到着する。

「あ、あ、あのっ」

 呼ばれていないにも関わらず現れたアンモニアは、

「ぼ、ぼ、僕も連れて行って貰っても、いいですか……!」

 胸に手を当て、精一杯の勇気を振り絞ってモーズに懇願してきた。

「フ、フ、フリーデン先生、クロールと行って、しまったんでしょう? ぼ、ぼ、僕も行きたい。お願い、します。お願いします……っ!」
「わかった」

 必死に頭を下げて請うアンモニアの要望を、モーズはあっさりと受け入れる。
 アンモニアがどれだけフリーデンの事を敬愛しているのか、今までの凍結実験で目の当たりにしてきたからだ。
 そのままモーズは空陸両用車の後部座席を開け、アンモニアに乗車を促した。

「さぁ、乗ってくれ」
「は、はい……っ!」

 アンモニアが乗り込んだ所でセレンとモーズも乗車し、最後に運転席へと座ったテトラミックスが扉を閉め、車は発車する。
 フリーデンは自分の居場所を追跡できないよう、位置情報や衛星探知などの特定を認識妨害しているようだが、発車した際に映っていた監視カメラの映像から、向かった方角はわかっている。
 それに加えてモーズは、フリーデンが向かった先のおおよその目星が付いていた。

「テトラミックス! ギリシャに向かってくれ! フリーデンの様子がおかしくなったのはギリシャのニュースを見た時だ! きっとそこに、何かある……!」
「了解ー。それじゃ皆んな、シートベルト付けてね? 全速力でいくよー」

 そうして5分もしない内に、モーズ達の乗る車は港から見えなくなってしまう。
 少し遅れて港にやってきたフリッツが困惑する程の、手際の良さであった。

「モーズくん! あぁもう! 止める間もなく行っちゃうなんて……!」
「若人は、行動が早いな……」
「うわぁっ!?」

 もう自分だけしかいないと思っていた港に他者が、青洲が突如として現れ、フリッツは驚嘆の声をあげてしまう。
 彼が個別研究室から出るなんて珍しい、とフリッツが内心で考えていると、ふと青洲は、どこか物悲しそうに夜空を見上げた。

「フリーデン……。やはり未だ、癒えていないか……」
「青洲さん?」
「モーズに、話すべき、なのだろうな……。『』、お前も、聞くか?」
「な、何の話をですか?」
「『』の、昔話だ」

 ◇

「ユストゥスさん、今頃バチくそに怒っているんだろうな~。あっ、クロールを連れ出したって点じゃ、フリードリヒさんも怒り狂っているかも」
「クスシの連中なぞ気に留める必要ありませんよ、フリーデン先生」

 夜の海上を走る、一台の車。
 その中ではフリーデンが今頃起きているだろうラボの喧騒を想像し、けらけらと笑っていた。
 そんな彼に振り返る必要はないと、クロールが説く。

「もう、戻らないのですから」
「……おー。そうだな」

 ギジリと、運転席の椅子に体重を乗せ、フリーデンはフロントガラス越しに無数に瞬く星を眺める。

「クロールは本当に良かったのか? このまま俺に付き合えば、廃棄処分まっしぐらだぞ?」
「えぇ、えぇ! 俺は先生の側にいられたらそれで! 死さえも本望です!」
「ははっ。お前に好かれて、俺は良かったんだか悪かったんだか……」

 そこで不意に、フリーデンはフェイスマスクを外した。平和の象徴シンボルであるオリーブがデザインされたマスクを。
 次いで窓ガラスを開け、マスクを、海の上へ投げ捨てる。
 もう帰らない。戻らない。その決意を、覚悟を、揺るがさない為に。

「飛ばすぞ、クロール」
「了解しました、フリーデン先生。――あぁ、いいえ。もう取り繕う必要はないんでしたね」

 フリーデンがアクセルを踏み込んだ事により、全速力で走り出した車の中で、クロールは上機嫌に笑う。



 フリーデンの証を海の藻屑へ消し去り、一切の笑顔をなくし、『フリッツ』となった人の横顔を、眺めながら。

 ◇

『フリーデンの本名は、『フリッツ』だ。これは所長と副所長、そして小生しか……。いや、クロールも、知っているか』

 モーズの乗る車内では、連絡を寄越してきた青洲から、フリーデンの本名についての話が共有されていた。

「そうなのですね。フリッツと呼び名が被るから、愛称を付けたという事でしょうか?」
『それもある、が……』

 そう語る青洲の声は、通話越しでも酷く悲しげで、

『その名で呼ばれるのが、耐え切れなかったんだろう』

 フリーデンの、いやフリーデンと名乗っていた『フリッツ』の過去が、凄惨な物である事をひしひしと感じさせる。

「それは、どうして……」
『フリーデンの故郷がもうない事は、知っているか……?』
「あぁ、はい。菌床に侵されてしまった、と言っていました」
『そうだ……。彼の故郷は、『珊瑚』に、侵されてしまった……。そして、『珊瑚』の支配から解放したのは国連軍でも、クスシでも、ウミヘビでもなく……。フリーデン自身だ』

 青洲が何を言っているのか。
 モーズの理解が追いつかず、一瞬反応が遅れてしまう。

「……つまり、フリーデンは、自分で自分の故郷を……?」
『日本でヒドラジンに使わせた、ロケット弾があっただろう……? ……あれは、フリーデンが製造したものだ』

 ただの一撃で菌床となった屋敷を丸ごと消し去った、ロケット弾。
 日本ではロケット弾のコントロールを担ったヒドラジンの毒素も上乗せされてはいたが、ロケット弾単体でも十分過ぎるほどの殺傷力を持つ代物。
 しかもロケットランチャーそのものはウミヘビでなくとも扱える。引き金を引きさえすれば、誰でも同じ威力が出せる。
 例え子供だろうと、殺戮ができてしまう。

『故郷を滅ぼした経験を元に作った、破壊兵器』

 それを平和主義者であるフリーデンが製造したと言われて、しかも故郷を滅ぼした経験を元にしたと言われて、モーズの頭の中は真っ白になる。

『フリーデンは……クスシの中で最も、殺戮に秀でているんだ。モーズ』

 それを知ってか知らずか、青洲は言葉を続ける。
 フリーデンを追いかける為に飛び出し、脇目を振らずに踏み込む事を決めたモーズに、フリーデンの原点オリジンを、知って貰う為に。
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