毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
331 / 600
第十五章 平和が終わる日

第322話 上京

しおりを挟む
 世の中が平和になる為には何が必要か。木の棒振り回して遊ぶぐらいちっちぇえガキの頃、考えた事がある。
 助け合いの精神とか、餓えの解消とか、色んな案を頭の中で出したけど、農村で生まれ育ったからか、物心ついた頃から「珊瑚症に気を付けるように」って言い聞かせられてきたからか、いつからか「身体が健康じゃなきゃ始まらない」って考えるようになった。
 病気や怪我をしない事。しても治せる事がきっと、平和への近道だ。
 そう思って俺は、医者を目指す事にしたんだ。

 ◆

 西暦2316年。夏。ドイツにある、とある田舎町。
 無数の星が瞬く夜空の下、見渡す限りライ麦畑に囲われた掘立て小屋の中。
 天井からぶら下がる豆電球の灯りを頼りに、俺は右手に試験管、左手にフラスコを持って、作業台に乗せたビーカーに向かって、慎重に中身を注いでいく。

「……んあ?」

 けど薬品を注がれたビーカーから何か白煙が立ち込めてきて、

「おわわわわっ!」

 想定とは違う反応を起こした事に、俺はプチパニックになる。
 慌てて中和しようと別の試験管を掴んだけど、それじゃ間に合わずビーカーは軽く爆発してしまった。
 作業部屋の中にガラスの破片と、俺が作成したレシピの紙が舞い散る。

「だ~っ! 失敗したっ!」
「何やってんの」

 俺が床にへたり込んで嘆いている所に、見知った顔がノックもなしにドアを開け作業部屋に入ってきた。

「また新しい農薬のレシピ? 好きだねぇ」
「あっ、こら『クララ』! それ返せっ!」
「ここの分量が駄目なんじゃない?」

 キャラメル色をした髪もハーフアップに纏めたそいつ、『クララ』は、足元に落ちてきたレシピを拾い上げて、紙と一緒に転がっていたペンを持ち、さらさらと迷いなく文字を書き込む。
 そんでへたり込んだままの俺に返してきた。

「はい」
「おっ、おう」

 レシピを返却された俺は直ぐに加筆された箇所を確認して、変な落書きでもされてないかまじまじと見詰める。

(う……。問題点が改善してる……)

 けど落書きどころか、的を射る修正が施されていた事に、俺は口の端をひくつかせた。
 くそぅ。俺の方が薬学の勉強している筈なのに、クララの方が理解が深い。何か悔しいぞ。
 けど悔しがっている顔は見せたくないから、俺はそそくさとレシピを作業机の引き出しにしまって、「まぁ悪くないな」なんて苦し紛れに伝えようとしたら、クララはもう作業部屋の外に出て行っちまっていたから、慌てて付けてたガスマスクを外して作業机に放り投げ、彼女を追いかけた。
 外に出ると夜風が当たって、ちょっと寒い。夏とはいえ、もう秋が近いから当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。

 そんな事を考えながら、俺は畦道を歩くクララの元まで走って、そのまま一緒に散歩を始める。
 農村だから見渡す限り畑で、とお~くに点々と家とその灯りが見えるぐらい。けど今日はよく晴れているから、月と星の明かりだけで十分過ごせるな。

「な~。クララは薬学系行かないのか? 悔しいけど俺より頭いいんだ、薬剤師にも医者にもなれるだろ。そうでなくとも学者とか、医療従事者以外の仕事だって……」
「それ、うちの親が許してくれると思う?」

 クララはめちゃくちゃ頭がいい。覚えも早い。飛び級に飛び級を重ねてギムナジウム(※大学に進学する為の学校。日本で言う小学校高学年から高校相当)をパパッと卒業して、ちゃっちゃと大学に入学できるレベルだ。
 こんな辺鄙な田舎の、それも古い考えで凝り固まった親の元に産まれなきゃ今頃、天才やら神童やらって持て囃されていただろうな。

「ずっと言ってるけどね、農家の娘は農家を継がないといけないんだよ。お婿さん貰って先祖代々の土地を守るの」
「何度聞いても化石かってくらい古い習慣だよなぁ。土地欲しい奴を養子に取って継がせるでもいいじゃないか」
「他人に手を加えられたり、切り売りされるのが嫌なんでしょ。どの道、自分達が死んだ後は関われないのにね」

 そう言って、クララはくすくす笑った。
 俺と同い年で、今年20歳になるクララだけど、俺よりずっと達観しているっつぅかリアリストっつぅか……。でもここで農家以外の選択肢を諦めるのって、何か勿体ねぇよなぁ。

「俺だって農家の息子だけどさ~。自分の好きな道選ばせてくれたんだぜ?」
「それはご両親に感謝だね~」
「いや婆ちゃんが」

 俺は今、夏期休暇で授業を受けてねぇけど、医大に通えている。
 それは一重に婆ちゃんが許してくれたからだ。

「父さんと母さんに向かってさ、繁忙期に人手がいなくなるのが嫌なんだろうけど、通信教育で勉強すれば家を離れなくていいから、好きにさせてやるといい。って」
「ふ~ん。お婆ちゃん理解ある人なんだね~」
「おう。だからクララだって他の道がさぁ」
「でも実習するには家を出なきゃでしょ?」

 それを言われちまうと、俺は言葉に詰まる。
 医学ってのは頭に知識を詰めるだけじゃなくて、実技も大切だ。そんでそれは座学で身につくものじゃない。
 珊瑚症が流行ったのをきっかけに、通信教育がすげぇ充実したけど、流石に画面越しじゃ実技実習はできねぇよなぁ。医療器具とかもねぇし。

「シミュレーターがあればフルリモートできたかもだけど、そんな超超高価な物、この田舎にはないもんね~」
「う……」
「夏期休暇が終わったら、都会に行くんだよね~? お土産頼んでい~い?」
「い、いけど」

 クララの言う通り、俺はこの夏期休暇が終わったら、在籍している医大がある都会まで上京する。今まで通信で済ませられていたけど、こればっかりはな。
 入学式とか終業式とかの節目節目しか通学していなかったから、何か違和感すげぇというか、……不安、だけどさ。
 ここは商業施設も飲食店もなぁんもねぇ田舎だけど、医大入るまでは地元の学校通っていたし、やっぱ、離れるのは少し、怖いな。
 けっ、けどこれしき! 医者になる為には必要な事だっ! この程度でへこたれてどうするっ!

「不安が顔に出てるよ~? シティボーイくん」
「うおっ!?」

 ちょっと考え事してたらクララが眼前に迫っていたもんだから、俺は大袈裟なぐらいに仰け反っちまった。
 「びっくりしすぎ~」ってクララはけらけら笑っているけど、しっ、仕方ないだろ、……気になる子の顔がドアップで迫ってきたんだからさぁっ!

「お医者さんになるんでしょ? 未来の患者さんを不安がらせない為には役者にならなくっちゃね、シティボーイくん」
「シ、シティボーイって呼ぶなよっ!」
「あは」

 困惑する俺を見て、クララどこか上機嫌そうだ。
 くそぅ、俺の内心なんて幼馴染には筒抜けか……。いや村民全員、家族みたいなものだけどさ。人少ないし、農村だから助け合ってなきゃ暮らせないし。俺が農薬製薬や肥料製造チャレンジしてるのも、家業の助けになればな~って思っての事だし……。いや本当は違法だけど、チャレンジするぐらいは許される。はずっ!
 それにしても都会の寮に入るからって、シティボーイ呼びはどうなんだ。除け者にするなって。
 俺が不満げな視線を向けていたら、クララは誤魔化すように笑って顔をそむけて、夜空を見上げた。

「別にあたしね、家業を継ぐこと自体は嫌じゃないよ。生まれ故郷だし、いつでも星が見られるし。でもシティボーイくんがいなくなっちゃったら、もうだ~れも星の話に付き合ってくれないよねぇ。それはちょっとつまらないなぁ」

 クララは、星が好きだ。
 ちっちぇ頃からいっつも上を見上げて、俺からすると何が面白いかわからない星屑を眺めて、星座や天体についての雑学を聞かせてくれる。
 天文学者とか向いているんじゃねぇかなぁ、クララ。

「地球の裏側に行く訳じゃあるまいし、いつだってお前と同じ空を見れるんだ。話がしたくなったら通話で幾らでも付き合ってやるよ」
「都会の狭くて曇った空で、満足に星が見れるかな~?」
「見れるだろ。た、多分」

 夜の都会とか見たことないから、俺も知らないけど……。
 で、でもどうせなら、画面越しじゃなくて直接話を……。
 ……んえー、うわ~。
 ――っ。言え、俺。腹括れ。怖気付くんじゃない。

「な、なぁクララ」
「ん~?」
「し、進学云々関係なくさ。一回くらい遊びに来いよ。案内してやるから」
「まだ寮に入ってもないのに? シティボーイくんは気が早いねぇ」
「いっ、いいだろ! 行くのは決まっているんだし! 先に約束しといても!」
「あは。じゃあその時は、よろしくね」

 ……おっしゃ!
 この約束を糧に大学生活頑張るか!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

処理中です...