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第十五章 平和が終わる日
第322話 上京
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世の中が平和になる為には何が必要か。木の棒振り回して遊ぶぐらいちっちぇえガキの頃、考えた事がある。
助け合いの精神とか、餓えの解消とか、色んな案を頭の中で出したけど、農村で生まれ育ったからか、物心ついた頃から「珊瑚症に気を付けるように」って言い聞かせられてきたからか、いつからか「身体が健康じゃなきゃ始まらない」って考えるようになった。
病気や怪我をしない事。しても治せる事がきっと、平和への近道だ。
そう思って俺は、医者を目指す事にしたんだ。
◆
西暦2316年。夏。ドイツにある、とある田舎町。
無数の星が瞬く夜空の下、見渡す限りライ麦畑に囲われた掘立て小屋の中。
天井からぶら下がる豆電球の灯りを頼りに、俺は右手に試験管、左手にフラスコを持って、作業台に乗せたビーカーに向かって、慎重に中身を注いでいく。
「……んあ?」
けど薬品を注がれたビーカーから何か白煙が立ち込めてきて、
「おわわわわっ!」
想定とは違う反応を起こした事に、俺はプチパニックになる。
慌てて中和しようと別の試験管を掴んだけど、それじゃ間に合わずビーカーは軽く爆発してしまった。
作業部屋の中にガラスの破片と、俺が作成したレシピの紙が舞い散る。
「だ~っ! 失敗したっ!」
「何やってんの」
俺が床にへたり込んで嘆いている所に、見知った顔がノックもなしにドアを開け作業部屋に入ってきた。
「また新しい農薬のレシピ? 好きだねぇ」
「あっ、こら『クララ』! それ返せっ!」
「ここの分量が駄目なんじゃない?」
キャラメル色をした髪もハーフアップに纏めたそいつ、『クララ』は、足元に落ちてきたレシピを拾い上げて、紙と一緒に転がっていたペンを持ち、さらさらと迷いなく文字を書き込む。
そんでへたり込んだままの俺に返してきた。
「はい」
「おっ、おう」
レシピを返却された俺は直ぐに加筆された箇所を確認して、変な落書きでもされてないかまじまじと見詰める。
(う……。問題点が改善してる……)
けど落書きどころか、的を射る修正が施されていた事に、俺は口の端をひくつかせた。
くそぅ。俺の方が薬学の勉強している筈なのに、クララの方が理解が深い。何か悔しいぞ。
けど悔しがっている顔は見せたくないから、俺はそそくさとレシピを作業机の引き出しにしまって、「まぁ悪くないな」なんて苦し紛れに伝えようとしたら、クララはもう作業部屋の外に出て行っちまっていたから、慌てて付けてたガスマスクを外して作業机に放り投げ、彼女を追いかけた。
外に出ると夜風が当たって、ちょっと寒い。夏とはいえ、もう秋が近いから当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。
そんな事を考えながら、俺は畦道を歩くクララの元まで走って、そのまま一緒に散歩を始める。
農村だから見渡す限り畑で、とお~くに点々と家とその灯りが見えるぐらい。けど今日はよく晴れているから、月と星の明かりだけで十分過ごせるな。
「な~。クララは薬学系行かないのか? 悔しいけど俺より頭いいんだ、薬剤師にも医者にもなれるだろ。そうでなくとも学者とか、医療従事者以外の仕事だって……」
「それ、うちの親が許してくれると思う?」
クララはめちゃくちゃ頭がいい。覚えも早い。飛び級に飛び級を重ねてギムナジウム(※大学に進学する為の学校。日本で言う小学校高学年から高校相当)をパパッと卒業して、ちゃっちゃと大学に入学できるレベルだ。
こんな辺鄙な田舎の、それも古い考えで凝り固まった親の元に産まれなきゃ今頃、天才やら神童やらって持て囃されていただろうな。
「ずっと言ってるけどね、農家の娘は農家を継がないといけないんだよ。お婿さん貰って先祖代々の土地を守るの」
「何度聞いても化石かってくらい古い習慣だよなぁ。土地欲しい奴を養子に取って継がせるでもいいじゃないか」
「他人に手を加えられたり、切り売りされるのが嫌なんでしょ。どの道、自分達が死んだ後は関われないのにね」
そう言って、クララはくすくす笑った。
俺と同い年で、今年20歳になるクララだけど、俺よりずっと達観しているっつぅかリアリストっつぅか……。でもここで農家以外の選択肢を諦めるのって、何か勿体ねぇよなぁ。
「俺だって農家の息子だけどさ~。自分の好きな道選ばせてくれたんだぜ?」
「それはご両親に感謝だね~」
「いや婆ちゃんが」
俺は今、夏期休暇で授業を受けてねぇけど、医大に通えている。
それは一重に婆ちゃんが許してくれたからだ。
「父さんと母さんに向かってさ、繁忙期に人手がいなくなるのが嫌なんだろうけど、通信教育で勉強すれば家を離れなくていいから、好きにさせてやるといい。って」
「ふ~ん。お婆ちゃん理解ある人なんだね~」
「おう。だからクララだって他の道がさぁ」
「でも実習するには家を出なきゃでしょ?」
それを言われちまうと、俺は言葉に詰まる。
医学ってのは頭に知識を詰めるだけじゃなくて、実技も大切だ。そんでそれは座学で身につくものじゃない。
珊瑚症が流行ったのをきっかけに、通信教育がすげぇ充実したけど、流石に画面越しじゃ実技実習はできねぇよなぁ。医療器具とかもねぇし。
「シミュレーターがあればフルリモートできたかもだけど、そんな超超高価な物、この田舎にはないもんね~」
「う……」
「夏期休暇が終わったら、都会に行くんだよね~? お土産頼んでい~い?」
「い、いけど」
クララの言う通り、俺はこの夏期休暇が終わったら、在籍している医大がある都会まで上京する。今まで通信で済ませられていたけど、こればっかりはな。
入学式とか終業式とかの節目節目しか通学していなかったから、何か違和感すげぇというか、……不安、だけどさ。
ここは商業施設も飲食店もなぁんもねぇ田舎だけど、医大入るまでは地元の学校通っていたし、やっぱ、離れるのは少し、怖いな。
けっ、けどこれしき! 医者になる為には必要な事だっ! この程度でへこたれてどうするっ!
「不安が顔に出てるよ~? シティボーイくん」
「うおっ!?」
ちょっと考え事してたらクララが眼前に迫っていたもんだから、俺は大袈裟なぐらいに仰け反っちまった。
「びっくりしすぎ~」ってクララはけらけら笑っているけど、しっ、仕方ないだろ、……気になる子の顔がドアップで迫ってきたんだからさぁっ!
「お医者さんになるんでしょ? 未来の患者さんを不安がらせない為には役者にならなくっちゃね、シティボーイくん」
「シ、シティボーイって呼ぶなよっ!」
「あは」
困惑する俺を見て、クララどこか上機嫌そうだ。
くそぅ、俺の内心なんて幼馴染には筒抜けか……。いや村民全員、家族みたいなものだけどさ。人少ないし、農村だから助け合ってなきゃ暮らせないし。俺が農薬製薬や肥料製造チャレンジしてるのも、家業の助けになればな~って思っての事だし……。いや本当は違法だけど、チャレンジするぐらいは許される。はずっ!
それにしても都会の寮に入るからって、シティボーイ呼びはどうなんだ。除け者にするなって。
俺が不満げな視線を向けていたら、クララは誤魔化すように笑って顔をそむけて、夜空を見上げた。
「別にあたしね、家業を継ぐこと自体は嫌じゃないよ。生まれ故郷だし、いつでも星が見られるし。でもシティボーイくんがいなくなっちゃったら、もうだ~れも星の話に付き合ってくれないよねぇ。それはちょっとつまらないなぁ」
クララは、星が好きだ。
ちっちぇ頃からいっつも上を見上げて、俺からすると何が面白いかわからない星屑を眺めて、星座や天体についての雑学を聞かせてくれる。
天文学者とか向いているんじゃねぇかなぁ、クララ。
「地球の裏側に行く訳じゃあるまいし、いつだってお前と同じ空を見れるんだ。話がしたくなったら通話で幾らでも付き合ってやるよ」
「都会の狭くて曇った空で、満足に星が見れるかな~?」
「見れるだろ。た、多分」
夜の都会とか見たことないから、俺も知らないけど……。
で、でもどうせなら、画面越しじゃなくて直接話を……。
……んえー、うわ~。
――っ。言え、俺。腹括れ。怖気付くんじゃない。
「な、なぁクララ」
「ん~?」
「し、進学云々関係なくさ。一回くらい遊びに来いよ。案内してやるから」
「まだ寮に入ってもないのに? シティボーイくんは気が早いねぇ」
「いっ、いいだろ! 行くのは決まっているんだし! 先に約束しといても!」
「あは。じゃあその時は、よろしくね」
……おっしゃ!
この約束を糧に大学生活頑張るか!
助け合いの精神とか、餓えの解消とか、色んな案を頭の中で出したけど、農村で生まれ育ったからか、物心ついた頃から「珊瑚症に気を付けるように」って言い聞かせられてきたからか、いつからか「身体が健康じゃなきゃ始まらない」って考えるようになった。
病気や怪我をしない事。しても治せる事がきっと、平和への近道だ。
そう思って俺は、医者を目指す事にしたんだ。
◆
西暦2316年。夏。ドイツにある、とある田舎町。
無数の星が瞬く夜空の下、見渡す限りライ麦畑に囲われた掘立て小屋の中。
天井からぶら下がる豆電球の灯りを頼りに、俺は右手に試験管、左手にフラスコを持って、作業台に乗せたビーカーに向かって、慎重に中身を注いでいく。
「……んあ?」
けど薬品を注がれたビーカーから何か白煙が立ち込めてきて、
「おわわわわっ!」
想定とは違う反応を起こした事に、俺はプチパニックになる。
慌てて中和しようと別の試験管を掴んだけど、それじゃ間に合わずビーカーは軽く爆発してしまった。
作業部屋の中にガラスの破片と、俺が作成したレシピの紙が舞い散る。
「だ~っ! 失敗したっ!」
「何やってんの」
俺が床にへたり込んで嘆いている所に、見知った顔がノックもなしにドアを開け作業部屋に入ってきた。
「また新しい農薬のレシピ? 好きだねぇ」
「あっ、こら『クララ』! それ返せっ!」
「ここの分量が駄目なんじゃない?」
キャラメル色をした髪もハーフアップに纏めたそいつ、『クララ』は、足元に落ちてきたレシピを拾い上げて、紙と一緒に転がっていたペンを持ち、さらさらと迷いなく文字を書き込む。
そんでへたり込んだままの俺に返してきた。
「はい」
「おっ、おう」
レシピを返却された俺は直ぐに加筆された箇所を確認して、変な落書きでもされてないかまじまじと見詰める。
(う……。問題点が改善してる……)
けど落書きどころか、的を射る修正が施されていた事に、俺は口の端をひくつかせた。
くそぅ。俺の方が薬学の勉強している筈なのに、クララの方が理解が深い。何か悔しいぞ。
けど悔しがっている顔は見せたくないから、俺はそそくさとレシピを作業机の引き出しにしまって、「まぁ悪くないな」なんて苦し紛れに伝えようとしたら、クララはもう作業部屋の外に出て行っちまっていたから、慌てて付けてたガスマスクを外して作業机に放り投げ、彼女を追いかけた。
外に出ると夜風が当たって、ちょっと寒い。夏とはいえ、もう秋が近いから当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。
そんな事を考えながら、俺は畦道を歩くクララの元まで走って、そのまま一緒に散歩を始める。
農村だから見渡す限り畑で、とお~くに点々と家とその灯りが見えるぐらい。けど今日はよく晴れているから、月と星の明かりだけで十分過ごせるな。
「な~。クララは薬学系行かないのか? 悔しいけど俺より頭いいんだ、薬剤師にも医者にもなれるだろ。そうでなくとも学者とか、医療従事者以外の仕事だって……」
「それ、うちの親が許してくれると思う?」
クララはめちゃくちゃ頭がいい。覚えも早い。飛び級に飛び級を重ねてギムナジウム(※大学に進学する為の学校。日本で言う小学校高学年から高校相当)をパパッと卒業して、ちゃっちゃと大学に入学できるレベルだ。
こんな辺鄙な田舎の、それも古い考えで凝り固まった親の元に産まれなきゃ今頃、天才やら神童やらって持て囃されていただろうな。
「ずっと言ってるけどね、農家の娘は農家を継がないといけないんだよ。お婿さん貰って先祖代々の土地を守るの」
「何度聞いても化石かってくらい古い習慣だよなぁ。土地欲しい奴を養子に取って継がせるでもいいじゃないか」
「他人に手を加えられたり、切り売りされるのが嫌なんでしょ。どの道、自分達が死んだ後は関われないのにね」
そう言って、クララはくすくす笑った。
俺と同い年で、今年20歳になるクララだけど、俺よりずっと達観しているっつぅかリアリストっつぅか……。でもここで農家以外の選択肢を諦めるのって、何か勿体ねぇよなぁ。
「俺だって農家の息子だけどさ~。自分の好きな道選ばせてくれたんだぜ?」
「それはご両親に感謝だね~」
「いや婆ちゃんが」
俺は今、夏期休暇で授業を受けてねぇけど、医大に通えている。
それは一重に婆ちゃんが許してくれたからだ。
「父さんと母さんに向かってさ、繁忙期に人手がいなくなるのが嫌なんだろうけど、通信教育で勉強すれば家を離れなくていいから、好きにさせてやるといい。って」
「ふ~ん。お婆ちゃん理解ある人なんだね~」
「おう。だからクララだって他の道がさぁ」
「でも実習するには家を出なきゃでしょ?」
それを言われちまうと、俺は言葉に詰まる。
医学ってのは頭に知識を詰めるだけじゃなくて、実技も大切だ。そんでそれは座学で身につくものじゃない。
珊瑚症が流行ったのをきっかけに、通信教育がすげぇ充実したけど、流石に画面越しじゃ実技実習はできねぇよなぁ。医療器具とかもねぇし。
「シミュレーターがあればフルリモートできたかもだけど、そんな超超高価な物、この田舎にはないもんね~」
「う……」
「夏期休暇が終わったら、都会に行くんだよね~? お土産頼んでい~い?」
「い、いけど」
クララの言う通り、俺はこの夏期休暇が終わったら、在籍している医大がある都会まで上京する。今まで通信で済ませられていたけど、こればっかりはな。
入学式とか終業式とかの節目節目しか通学していなかったから、何か違和感すげぇというか、……不安、だけどさ。
ここは商業施設も飲食店もなぁんもねぇ田舎だけど、医大入るまでは地元の学校通っていたし、やっぱ、離れるのは少し、怖いな。
けっ、けどこれしき! 医者になる為には必要な事だっ! この程度でへこたれてどうするっ!
「不安が顔に出てるよ~? シティボーイくん」
「うおっ!?」
ちょっと考え事してたらクララが眼前に迫っていたもんだから、俺は大袈裟なぐらいに仰け反っちまった。
「びっくりしすぎ~」ってクララはけらけら笑っているけど、しっ、仕方ないだろ、……気になる子の顔がドアップで迫ってきたんだからさぁっ!
「お医者さんになるんでしょ? 未来の患者さんを不安がらせない為には役者にならなくっちゃね、シティボーイくん」
「シ、シティボーイって呼ぶなよっ!」
「あは」
困惑する俺を見て、クララどこか上機嫌そうだ。
くそぅ、俺の内心なんて幼馴染には筒抜けか……。いや村民全員、家族みたいなものだけどさ。人少ないし、農村だから助け合ってなきゃ暮らせないし。俺が農薬製薬や肥料製造チャレンジしてるのも、家業の助けになればな~って思っての事だし……。いや本当は違法だけど、チャレンジするぐらいは許される。はずっ!
それにしても都会の寮に入るからって、シティボーイ呼びはどうなんだ。除け者にするなって。
俺が不満げな視線を向けていたら、クララは誤魔化すように笑って顔をそむけて、夜空を見上げた。
「別にあたしね、家業を継ぐこと自体は嫌じゃないよ。生まれ故郷だし、いつでも星が見られるし。でもシティボーイくんがいなくなっちゃったら、もうだ~れも星の話に付き合ってくれないよねぇ。それはちょっとつまらないなぁ」
クララは、星が好きだ。
ちっちぇ頃からいっつも上を見上げて、俺からすると何が面白いかわからない星屑を眺めて、星座や天体についての雑学を聞かせてくれる。
天文学者とか向いているんじゃねぇかなぁ、クララ。
「地球の裏側に行く訳じゃあるまいし、いつだってお前と同じ空を見れるんだ。話がしたくなったら通話で幾らでも付き合ってやるよ」
「都会の狭くて曇った空で、満足に星が見れるかな~?」
「見れるだろ。た、多分」
夜の都会とか見たことないから、俺も知らないけど……。
で、でもどうせなら、画面越しじゃなくて直接話を……。
……んえー、うわ~。
――っ。言え、俺。腹括れ。怖気付くんじゃない。
「な、なぁクララ」
「ん~?」
「し、進学云々関係なくさ。一回くらい遊びに来いよ。案内してやるから」
「まだ寮に入ってもないのに? シティボーイくんは気が早いねぇ」
「いっ、いいだろ! 行くのは決まっているんだし! 先に約束しといても!」
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