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第十五章 平和が終わる日
第326話 自分事
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知識でだけなら知っていた。
資料や映像で何度も見た。罹患者本人やその身内からも、話を聞く機会は沢山あった。
それでも実感を得るのは難しかったのに、オフィウクス・ラボの研究員、『青洲』って人が話してくれた16年前の出来事は生々しくて、凄惨で、俺が珊瑚症に対して恐怖を覚えるのには充分だった。
何で今になって? この人が話上手だったからか?
いや多分、違うな。話すのが上手だったのもあるだろうけど……。俺が学生だからってマイルドにせず、見たまま経験したままを伝えてくれたからだ、きっと。
恐らく青洲さんにとって、16年前の事は昨日のことみたく思い出せるんだろうな。穏やかで幸せだった暮らしが一変したんだ、当たり前か。
俺も、婆ちゃんやクララが病気になったり、故郷が戦時下みたいな状況になったら嫌だ。息が詰まるぐらい。それは、平和とは、程遠い。
ジリリリリッ!
青洲さんの話に耳を傾けていたら、図書室にチャイムが鳴り響いた。もう授業が始まる時間だ。
「予鈴が、鳴ったな……。授業は、いいのか……?」
「何か、行く気がなくなっちゃって……。一コマぐらい欠席しても大丈夫ですし、その、もう少し話を聞いてもいいですかね?」
「小生は、構わないが……。そうだ。後で『エミール』を、連れて来て、貰えるだろうか?」
「『エミール』ってドイツ感染病棟新院長の『エミール』ですよね? 大学にいるってんなら教師の誰かに聞けばわかると思うんで、多分連れて来れますよ」
「ならば、よろしく頼む……」
俺は『エミール』って新院長を呼び出すのと引き換えに、青洲さんからすっげぇ貴重な話を聞く事ができちまった。しかも一コマ分。大体1時間。珊瑚症に関するおすすめの本も紹介してくれた。ありがたい。
あ、ちなみに『エミール』は職員室に居たわ。ルイ教授と何か話し込んでたけど、『青洲』って名前を出したらすっ飛んでいってたな。
そんでルイ教授に「お主、吾輩の授業を欠席したな?」と見抜かれて、軽く怒られた上に課題を上乗せさせられた。何か俺がさっきサボった授業、今日はルイ教授が担当だったみたいだ。何で一回しか顔合わせてない生徒の顔覚えてんの? 怖……。
まぁそれはともかく。青洲さんとの話を踏まえて、俺は決めた。
◇
『帰省しない~っ!? クリスマスに~っ!?』
寮の俺の自室。勉強机のスタンドに立てかけた携帯端末に映るクララの顔は、「信じられない」っていった感じだ。
クリスマスに実家に帰らないなんて、キリスト圏じゃあり得ないよなぁ。けどもう、決めたんだ。母さんや父さん、婆ちゃんにはもう話してある。
「勉強に集中したいってのもあるけど、ほら、俺は実習で色んな人と会うじゃん? 何より、感染病棟に隣接した環境にいる。……万が一の事を考えてさ、卒業するまでは帰るのやめようって思ったんだよ」
『でもクリスマスだよ、クリスマス! 家族と過ごさないなんて、寂しくない?』
「寂しくない。っつったら嘘になっちまうけど、リモートクリスマス会には参加するし、まぁ大丈夫だよ。クララも俺んちでクリスマス会しないか? そしたら一緒に祝えるぜ? 画面越しだけど」
『うーん……。それじゃあ、今年のクリスマスは君の家で過ごそうかな~?』
「おっ、マジか」
『そしたらシティボーイくんが寮に女の子連れ込んでないか、見張れるしね~』
「男子寮に女の子連れ込む訳ないだろ!? つか俺、彼女いねぇし!」
何なら学友もいない。大学じゃいっつもボッチだ。あ、自分で思っててちょっと悲しくなってきた。
と言うか彼女って言うのなら、俺はクララが……。けどここで告白するのも変だよな……。告白した所で離れた場所にいるうえ、学業が忙しくって、話すこともろくに出来ないんだから。恋人らしい事ができないのに恋人になってください、ってお願いするのは、チグハグな感じがする。
でもまたクララに縁談が持ち込まれて、俺の預かり知らぬ所で婿迎えられてたら凹む。絶対一生引きずる。撃沈するにしたってせめて告白させて欲しい。
どうしよ。我ながら面倒臭いな俺……。
んえー、うわ~。……よ、よし。うじうじ悩むくらいなら、ここはビシッと……!
「なっ、なぁクララ」
『なーに?』
「俺さ、絶対一発で医師免許取ってみせるから、その、ええと、帰ったら、大事な話を、だな、その」
『もっとハキハキ喋りなよー。シティボーイくん』
「そっ、そう言ったってなぁっ! 俺は、」
『ふふ、冗談。……待ってるよ。頑張ってね』
あっ。通話切られた。結局、ビシッとなんて思っておきながら、ぐだぐだした物言いしかできなかったなぁ。
けど、待ってる? 待っててくれる? 本当に?
「っし! やるぞ!」
俺はパァンッと両手で両頬を叩き、気合いを入れる。
兎にも角にも勉強だ、勉強っ!
俺は携帯端末を机の端にどかすと、ノート参考書を開いて勉強を開始した。
医者になるんだ。
送り出してくれた婆ちゃん達の為にも、待っていてくれるクララの為にも、やるべき事をやって、ちゃんと結果を出して、胸を張って故郷に帰るんだ。
それからは、時間が過ぎるのは早かった。
医者になる為には覚える事は沢山あるんだし、当然だ。早起きして学校じゃなく病院に直行、そのまま実習という名で実際に患者の治療に当たる経験も多く積んで、体験を積み重ねて、身体と頭に叩き込む。これをする為に上京したんだ、真剣にやらねぇと。
連休や長期休みは病院で事務のバイトをしながら、救命救急の現場にも立ち会わせて貰った。判断ミス一つ、知識不足一つが患者の命を左右する緊迫した現場は、めちゃくちゃ勉強になったな。学生の俺に出来ることは少ないけど、出来ることは精一杯尽力したつもりだ。
体当たりする勢いで現場を駆け回ったり勉強をしていると、その姿勢を認めてくれる奴も出てくるもんで、話しかけてくれる生徒ができたのは嬉しかったなぁ。学友ってレベルにならなかったのは残念だけど……。これは友達作りに時間さかなかった俺が悪い。
逆に「先生に媚び売ってる」って皮肉言ってくる奴もいたな。けどそんな奴は無視だ、無視。いちいち反応してる時間なんてない。
医師国家試験日なんて、怒涛の日々を過ごしてりゃ直ぐにやってくるんだから。
資料や映像で何度も見た。罹患者本人やその身内からも、話を聞く機会は沢山あった。
それでも実感を得るのは難しかったのに、オフィウクス・ラボの研究員、『青洲』って人が話してくれた16年前の出来事は生々しくて、凄惨で、俺が珊瑚症に対して恐怖を覚えるのには充分だった。
何で今になって? この人が話上手だったからか?
いや多分、違うな。話すのが上手だったのもあるだろうけど……。俺が学生だからってマイルドにせず、見たまま経験したままを伝えてくれたからだ、きっと。
恐らく青洲さんにとって、16年前の事は昨日のことみたく思い出せるんだろうな。穏やかで幸せだった暮らしが一変したんだ、当たり前か。
俺も、婆ちゃんやクララが病気になったり、故郷が戦時下みたいな状況になったら嫌だ。息が詰まるぐらい。それは、平和とは、程遠い。
ジリリリリッ!
青洲さんの話に耳を傾けていたら、図書室にチャイムが鳴り響いた。もう授業が始まる時間だ。
「予鈴が、鳴ったな……。授業は、いいのか……?」
「何か、行く気がなくなっちゃって……。一コマぐらい欠席しても大丈夫ですし、その、もう少し話を聞いてもいいですかね?」
「小生は、構わないが……。そうだ。後で『エミール』を、連れて来て、貰えるだろうか?」
「『エミール』ってドイツ感染病棟新院長の『エミール』ですよね? 大学にいるってんなら教師の誰かに聞けばわかると思うんで、多分連れて来れますよ」
「ならば、よろしく頼む……」
俺は『エミール』って新院長を呼び出すのと引き換えに、青洲さんからすっげぇ貴重な話を聞く事ができちまった。しかも一コマ分。大体1時間。珊瑚症に関するおすすめの本も紹介してくれた。ありがたい。
あ、ちなみに『エミール』は職員室に居たわ。ルイ教授と何か話し込んでたけど、『青洲』って名前を出したらすっ飛んでいってたな。
そんでルイ教授に「お主、吾輩の授業を欠席したな?」と見抜かれて、軽く怒られた上に課題を上乗せさせられた。何か俺がさっきサボった授業、今日はルイ教授が担当だったみたいだ。何で一回しか顔合わせてない生徒の顔覚えてんの? 怖……。
まぁそれはともかく。青洲さんとの話を踏まえて、俺は決めた。
◇
『帰省しない~っ!? クリスマスに~っ!?』
寮の俺の自室。勉強机のスタンドに立てかけた携帯端末に映るクララの顔は、「信じられない」っていった感じだ。
クリスマスに実家に帰らないなんて、キリスト圏じゃあり得ないよなぁ。けどもう、決めたんだ。母さんや父さん、婆ちゃんにはもう話してある。
「勉強に集中したいってのもあるけど、ほら、俺は実習で色んな人と会うじゃん? 何より、感染病棟に隣接した環境にいる。……万が一の事を考えてさ、卒業するまでは帰るのやめようって思ったんだよ」
『でもクリスマスだよ、クリスマス! 家族と過ごさないなんて、寂しくない?』
「寂しくない。っつったら嘘になっちまうけど、リモートクリスマス会には参加するし、まぁ大丈夫だよ。クララも俺んちでクリスマス会しないか? そしたら一緒に祝えるぜ? 画面越しだけど」
『うーん……。それじゃあ、今年のクリスマスは君の家で過ごそうかな~?』
「おっ、マジか」
『そしたらシティボーイくんが寮に女の子連れ込んでないか、見張れるしね~』
「男子寮に女の子連れ込む訳ないだろ!? つか俺、彼女いねぇし!」
何なら学友もいない。大学じゃいっつもボッチだ。あ、自分で思っててちょっと悲しくなってきた。
と言うか彼女って言うのなら、俺はクララが……。けどここで告白するのも変だよな……。告白した所で離れた場所にいるうえ、学業が忙しくって、話すこともろくに出来ないんだから。恋人らしい事ができないのに恋人になってください、ってお願いするのは、チグハグな感じがする。
でもまたクララに縁談が持ち込まれて、俺の預かり知らぬ所で婿迎えられてたら凹む。絶対一生引きずる。撃沈するにしたってせめて告白させて欲しい。
どうしよ。我ながら面倒臭いな俺……。
んえー、うわ~。……よ、よし。うじうじ悩むくらいなら、ここはビシッと……!
「なっ、なぁクララ」
『なーに?』
「俺さ、絶対一発で医師免許取ってみせるから、その、ええと、帰ったら、大事な話を、だな、その」
『もっとハキハキ喋りなよー。シティボーイくん』
「そっ、そう言ったってなぁっ! 俺は、」
『ふふ、冗談。……待ってるよ。頑張ってね』
あっ。通話切られた。結局、ビシッとなんて思っておきながら、ぐだぐだした物言いしかできなかったなぁ。
けど、待ってる? 待っててくれる? 本当に?
「っし! やるぞ!」
俺はパァンッと両手で両頬を叩き、気合いを入れる。
兎にも角にも勉強だ、勉強っ!
俺は携帯端末を机の端にどかすと、ノート参考書を開いて勉強を開始した。
医者になるんだ。
送り出してくれた婆ちゃん達の為にも、待っていてくれるクララの為にも、やるべき事をやって、ちゃんと結果を出して、胸を張って故郷に帰るんだ。
それからは、時間が過ぎるのは早かった。
医者になる為には覚える事は沢山あるんだし、当然だ。早起きして学校じゃなく病院に直行、そのまま実習という名で実際に患者の治療に当たる経験も多く積んで、体験を積み重ねて、身体と頭に叩き込む。これをする為に上京したんだ、真剣にやらねぇと。
連休や長期休みは病院で事務のバイトをしながら、救命救急の現場にも立ち会わせて貰った。判断ミス一つ、知識不足一つが患者の命を左右する緊迫した現場は、めちゃくちゃ勉強になったな。学生の俺に出来ることは少ないけど、出来ることは精一杯尽力したつもりだ。
体当たりする勢いで現場を駆け回ったり勉強をしていると、その姿勢を認めてくれる奴も出てくるもんで、話しかけてくれる生徒ができたのは嬉しかったなぁ。学友ってレベルにならなかったのは残念だけど……。これは友達作りに時間さかなかった俺が悪い。
逆に「先生に媚び売ってる」って皮肉言ってくる奴もいたな。けどそんな奴は無視だ、無視。いちいち反応してる時間なんてない。
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