毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
334 / 600
第十五章 平和が終わる日

第325話 他人事

しおりを挟む
(は~……。寝不足……。馬鹿だろ俺……)

 翌朝。俺はふらつく足で大学の廊下を歩いていた。
 惰眠を貪るって決めた休日だったが、結局よく眠れないまま終わってしまった。シャワーを浴びても夕飯を食っても頭が切り替えられなくって、身体が興奮して熱くなるわ頭の中はぐるんぐるんになるわでもう散々だった。ピクニックを控えた子供かっての。
 あ、何か講堂の出入り口に人集りができてる。邪魔だなぁ。まぁ次の授業コマまで時間あるし(目が覚めて仕方ないから大分早く来ちまった)、ちょっと図書室に寄ってからでいいかぁ。

「なぁなぁ! 今職員室に《オフィウクス・ラボ》の研究員が来てるらしいぞ!」
「嘘! 本当に!?」
「教授が話してたんだ、間違いないって!」
「その人、東洋人らしいよ!」
「ラボの研究員って確か白衣が蛇柄なんだよね? 目立つだろうな~っ!」
「見に行こ見に行こ!」
「推薦欲しい~っ!」

 講堂の出入り口を塞いでた連中は、そう騒ぎながら早足で廊下を移動して行ってた。
 その話を聞きつけた講堂内の学生も、後を追うように続々と出て職員室に向かってるみたいだ。

(オフィウクス・ラボって感染症の、『珊瑚』専門の研究機関だっけ?)

 『珊瑚症』は教材で真っ先に出て来るし、医大に入る前、義務教育時代にも散々習った。ざっくり言うと、人間をゾンビみたく理性のない化け物にしてしまう感染症。
 ワクチンや抑制剤といった進行を遅らせる方法はあるけど治療法はなく、一回感染したら完治はできない。今のところ。
 そんなめちゃくちゃ怖い病気……なんだけど。俺はこの世にそんな怖い病気がある、って実感がどうしてもわかない。俺の暮らす辺鄙な田舎には、感染症の魔の手が伸びなかったからだ。
 沢山習ったし勉強したし、罹患した患者と実際に会って話を聞く授業も受けたし、16年前の災害の映像もさんざっぱら見たけども、映画を鑑賞した気にしかならなかったんだよなぁ。身近な人が苦しんでないと、実感を得るってのは難しいのかもな。

(と言っても医者として患者の気持ちには寄り添えるようになりたいし、上京してからは街中で罹患者をよく見かけるようになったし、もっとちゃんと向き合わないとなぁ)

 図書室に着いた俺は、件の珊瑚症についてまとめられた本を借りる事にした。んだが、ここの図書室めっちゃ広いんだよな~。
 ここはドイツ最大の医大で、感染病棟も隣接してて、だからか電子書籍含めて書物がめちゃくちゃ充実している。それに比例して図書室も広い。畑作れそうなぐらい広い。

(えーっと、珊瑚症の本はっと。うお、この本棚全部『珊瑚』関連じゃん。えぇ~。これだけあると逆にどれ読めばいいんだか)

 お目当てのジャンルがある本棚の前に辿り着けたはいいものの、その圧倒的な量を前に俺はたじろぐ。
 2メートルの高さがある本棚の棚一面、『珊瑚』の書籍で埋まっているんだからなぁ。あ、隣の本棚や奥の本棚もじゃん。どうすっかなぁ。
 授業もあるし、テキトーに目に付いたのを取るんでも……。
 そんな事を考えながら本棚の裏側にぐるっと回った時、暗がりにぼんやりと佇んでいた人影と鉢合わせて、俺は飛び上がらんばかりにびびっちまった。

「うわびっくりしたぁっ!!」
「……学生、か。静かに……」

 その人影は口元に人差し指を当て、俺に静かにするよう言ってきた。
 そりゃ図書室ではお静かにが常識だけど! 気配もなく立ってて! それも幽霊みたくぬぼっとしてて! 白衣の下に東洋の着物着てるわ、顔面は狐面で覆ってるわな怪しい格好してる奴が居たら声も出ちまうわ!
 ってあれ? この人の白衣、裏地が蛇の鱗の柄してるな。見たことのない、変わった白衣だ。
 ん? 蛇柄? 何かついさっき、その単語聞いたような……。あとこの人黒髪だし肌が黄色おうしょくだし、東洋人だよな? それって……。

「あの~。あんたまさか、オフィウクスの研究員……?」
「しっ」

 がしっ
 口を手で物理的に塞がれて、俺のボイスは強制キャンセルさせた。
 そんでそのまま腕を引かれ、図書室の更に奥、人が全然いない場所までの移動を強いられてしまう。小柄なのに意外と力強いな、この人。

「ど、どうしたんです一体。何か追われてる?」

 ようやくボイスキャンセルから解放された俺は、このぐらい訊く権利あるだろと、推定オフィウクス研究員に状況を訊いてみる。

「小生は『エミール』が大学にいると聞いて、寄っただけなのだが……。どうも会う学生、会う学生……。推薦を寄越せと、うるさいものでな……。一度振り払ったが、遠目からでも見付けられてしまい、軽く騒動になってしまった……から、逃げてきた……」
「災害警報も出てないのにマスク付けてちゃ、そりゃあ目立つでしょ」
「そうか……?」

 研究員は自分の顔を覆う狐面の表面を撫でて、小首を傾げた。
 この人が付けてる狐面は感染予防用のフェイスマスクなんだろうけど、常時付けてる人なんてそうそう居ない。16年前は付けるのが当たり前だったかもだけど、今はなぁ。世間とズレてるのかね、この人は。

「『珊瑚』は今も、蔓延している……。今年も、ここドイツの感染病棟で、ステージ5が出現した。残念ながら、犠牲者も……。決して、他人事では……」
「あ、あぁ~。その頃の俺まだ地元にいたから実感ないっていうか……。話には聞いているけど」

 隣接する感染病棟で暴走した珊瑚症罹患者が出て、どんな被害が出たかって話は、新学期付近の授業で習ったな~。『ルイ』って教授が懇切丁寧に教えてくれたっけ。何でも実際に災害現場を見たんだとか。
 その人、医業や研究が忙しくってなかなか授業してくれないらしいから、実はめっちゃ珍しい体験だった、ってのは後で知ったんだよな。

「辺鄙なド田舎出身なもんで。珊瑚症に罹ってる人も、上京してから初めて見ましたよ」
「『珊瑚』の脅威を知らない、か……。それはとても、幸運な事だが……同時に、危険だ」

 研究員の声が真剣味を帯びてくる。

「一般人ならばまだしも、医師となるのならば……『珊瑚』の恐ろしさは把握していなくては、いけない」

 理屈ではわかるけど、んえー、うわ~。どうしよ。もっと罹患者と接した方がいいのかねぇ? 感染病棟隣接してるんだから、その気になれば見学し放題なんだし。
 でも今はそれより、狐面の表面を撫でてる研究員の左手、その薬指に指輪がはまっているのがめちゃくちゃ気になるんだけどもさ。

「……? どうした」

 やべ。流石に見過ぎてバレた。

「あっ、いやぁ、なんでも~」
「……指輪を、見ていたのか」
「うぐっ。つ、つい視界に入って……。でもプライベートな事だしその」
「小生には、妻がいる」
「アッ、ソウナンデスネ」
「もう10年近く、眠ったままだ……」
「……え?」

 研究員はそのまま淡々と、

「珊瑚症のステージが進み、コールドスリープ処置を受けた。だが治療の目処は、未だに立っていない……」

 厳しい現状を、俺に話してくれた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...