毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十七章 迷子の子供達編

第365話 寂しん坊

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 ◆

「モーズ! モーズ!」

 大きな声で名前を呼ばれ、モーズはハッと弾けるように顔を上げた。
 目の前にいた筈の怪物は、いつの間にかいなくなっている。

「大丈夫?」
「あ、うん……。あれ? セレンは?」

 辺りを見回してもセレンの姿はない。
 今この広場には、自分とオニキスしかない。

「セレン、消えちゃったんだ。何でだろうね」
「え……」
「あっ、死んだとかじゃないよ!? えっと多分、帰ったんじゃない?」

 オニキス曰く、怪物の中にあった『お父さん』にモーズが触れたと同時に怪物は霧散し、それと連動するかのようにセレンの姿は薄まり、最後には消えてしまったのだと言う。

「オニキス。セレンがどこにどうやって帰ったか、わかる?」
「え、えーと……。何で知りたいの? モーズまで帰る必要ないじゃん!」
「ううん、あるよ。ぼくはもう一度、セレンに会わなくっちゃ。伝えたいことがあるんだ」

 『お父さん』ことテルルがセレンの事をどう思っていたのか、きっとセレンは知らない。
 だからモーズが伝えなくてはいけないと、強く思ったのだ。

「何を伝えたいの?」
「お父さんはセレンのこと、すっごく愛していたよって。きっと仲直りできるよ、って」
「愛してる? あんな酷い事を言った奴なのに? 歪んでない?」
「そんなことないよ。でもそうやってカンチガイして悲しい思いをしたままなのは、こっちもつらい」

 セレンに伝えたい。そしてテルルとまた、会わせたい。
 そう思ったモーズは広場を歩き始め、遊園地の出口を探した。その後をオニキスも慌てて追う。

「ねぇ、モーズは何で他人相手にそんなに頑張れるの? 上手くいくかもわかんないのに」
「ぼくがイヤだからってだけだよ、オニキス。セレンのお父さんはラボの天文台にいるんだ、会おうと思えば会える。会って話ができる。本当に仲直りできるかは実際に会ってみないとわからないけど、会えるんだから会わせてあげたい」

 探しても探しても会えない、友だちキコと違って、会えるのだから。

「……。モーズ、『ラボ』って?」
「ぼくがお仕事するところ」

 モーズがそう答えた直後、ガシリと、オニキスはモーズの手を掴んで引き寄せた。
 オニキスは頬を引き攣らせ顔を青くし、何だか焦っている。

「僕たち子供だよ? 仕事をする必要なんてないんだよ? あっ、そうだ! モーズ確か探している友達がいるんだよね? ここに連れて来てあげるよ!」
「ここにキコはいないよ」

 モーズは断言をする。

「そんな事ない! ここは何でも叶う夢の遊園地だよ? 願えば直ぐに……!」
「とっくに願っている」

 だが願いは叶っていない。
 そう言われてしまっては、オニキスは押し黙る他なかった。

「でも会えないみたい。願うだけじゃ会えないって、わかってるからかな?」

 5年もの間、探しても探しても探しても見付けられなかったキコを、今この場に現れるイメージをモーズは思い浮かべる事は出来ない。
 幾ら夢の中だろうとも、想像できない事は再現できない。

「キコのことも、帰ったら探さなくっちゃ。ビョーキしているから心配だし」
「ねぇ、こんなこと言いたくないけど……。死んでるかもしれないじゃん、その友達。会えなくっても、どこかで生きてるって思いながらここで過ごす方が、ずっと楽しいよ?」
「でもそしたらいつか、キコのことを忘れちゃうよね。それはイヤだ。絶対に」

 今でさえ幼少期の記憶は薄れていっていて、写真を残さなかったキコの姿は日を追うごとに不鮮明になっていっている。
 いつか夢にも見なくなってしまう日が来る事を、モーズは恐れていた。

「楽しいだけを求めたら、なくしちゃうモノが出てくる。だからぼくは帰るよ。帰って、がんばる」

 オニキスが幾ら説得しても、モーズの意思は揺らがない。

「そんな大人のふりして……。モーズは自分が思っている以上にずっと子供なんだからさ、背伸びし過ぎてつまずいて転んじゃって、身体壊しても僕知らないよ?」
「オニキスはやさしいね」
「呆れているんだってば。……でも、羨ましいかも」

 そこでオニキスはモーズから手を離し、何処か寂しげに俯いてしまう。

「僕はもう、全部忘れちゃった。名前も親の顔も。病院から出れなくてつまらなかった、って感覚ばっか残っちゃって。それを上書きしたくって、来たこともない遊園地作ってみたりして」
「それは、さびしいね」
「寂しい?」
「うん。イヤな思い出だったとしても、全部忘れちゃうのはさひしいよ」
「寂しい……」

 オニキスはモーズの言葉を復唱しながら、病院にいた頃をぼんやりと思い起こす。けれど思い出せるのはそこまでだ。家族で過ごした思い出もあったかもしれない。友達と遊んだ思い出もあったかもしれない。
 忘れた記憶の中に、忘れたくなかった何かがあったかもしれない。
 しかしオニキスにはもう、その思い出を辿る手段はない。、暮らしていた場所は既に養分にしてしまったのだから。

「……そっか。僕、寂しかったんだ」

 自覚していなかった感情を言語化された事で、心の靄が晴れた気がした。

「えっと、でも事故でキオクソーシツとか、ビョーキで昔を思い出せない人って沢山いるよ? オニキスも今から思い出を作ればさ」
「あはは。気を遣わなくっていいよ、モーズ。僕もう、何しても取り返せないから」
「そんなことは」
「あるよ。友達だってもう作れない。『珊瑚サマ』がもう直ぐ降りてくるんだもの」
「サンゴさま……?」


 オニキスが何の話をしているのか、珊瑚サマとやらが何なのか分からずモーズが戸惑っていると、いきなりオニキスにドンッと身体を突き飛ばされてしまう。

「僕はその日が来るまでモーズと遊べたらなぁ。とか考えていたんだけど、いいや。知ーらないっと」

 突き飛ばされたモーズは踏ん張ろうとしたものの、肝心の踏ん張る地面がなく、背中から何処かに、真っ暗な穴の中へと落ちていく。

「モーズは友達、なくさないで済むといいね」

 最後にそんな言葉をオニキスから投げかけられた。気がした。

 ◆
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