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第十九章 狂信者のカタリ
第401話 マスキング
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「忌々しい事に、国連からの命令は無視できん。が、廃棄処分など聞き入れられる訳がない。おれは直ぐに保護へ乗り出した」
人の都合で造られ、人の都合で壊され、人の都合で捨てられる。
勝手が過ぎる。
怒りを胸に、フリードリヒは戦闘員としてニコチンを連れヨーロッパへ渡った。そして今までの傾向からターゲットになりそうな人間を餌として泳がせ、狙い通りタリウムが現れた所で確保をした。
痛覚が麻痺しきっていたタリウムの動きを止めるのに、幾らか時間はかかったものの無事に保護は完了。人工島アバトンへ連れ帰る事ができた。
そしてタリウムに取り付けられていた通信機から、彼の出身であるウロボロスの居場所も特定。博士ら研究員を丸ごとひっ捕えるのにも成功している。
「タリウムは数多の人間を殺した。それも大半が要人。そんなくだらん理由で、国連の連中は相変わらず彼の廃棄処分を求めてきた。できないのならば『契約』をしろ、とも言っていたな」
「それは、ニコチンも交わされていた不条理な契約の事ですか?」
「あんなもの、契約という名の隷属だ。ウミヘビを駒にしようなど……。所長の制止がなければ国連など滅ぼしている所だぞ」
フリードリヒの発言は非常に過激だが……気持ちは、モーズもわかってしまう。
特にここ最近、ネグラの食堂で過ごす時間が多いからか、尚のこと強くそう思った。
身体の造りが違っても、毒素を宿していようとも、食事を楽しみ団欒する姿は人間と何も違わない。
決して、兵器でも道具でもない。その思いはモーズの中で日に日に強くなってきている。
「タリウムが今の状態になるまで、相当な時間と苦労を要したのでしょうね」
「反射的に毒霧を吐かなくなるようになるまで、三ヶ月かかった。まともに喋れるようになるまで、半年かかった。表情に感情が乗るようになるまで、一年かかった。その他紆余曲折を経て、今では健常者とさほど変わらないまでに回復をした」
「そんな短期間で……! 素晴らしいですね」
「素晴らしい?」
その時、ピリリと空気が張り詰めた。
「タリウムは急速に回復させられたんだぞ?」
「え? ど、どういう意味ですか? 回復には他の意図があったと?」
「タリウムを造った博士の洗脳を解くには、メンタルケアからの自由意思の会得が手っ取り早かったんだ。このままでは国連が扱えないからな」
国連の、都合。
その事実を告げられたモーズは絶句した。
「契約がなければ、回復などさせん。まして急ぎでなど」
「し、しかし、その、結果的にはタリウムの為になったでしょう? それは良い事では?」
「はぁ? 何処が良いんだ」
フリードリヒは呆れた様子で言う。
「回復が幸福に繋がるとでも思っているのか? ハッ、花畑な脳みそだ。精神が正常に近づけば待っているのは苦痛だぞ。死と隣り合わせの菌床へ向かわせられるのだから。何も感じない状態の方がよほど良い」
「なっ!? 良い訳ないでしょう!? 本人の自覚がなくとも、傷は積み重なるものですよ!? 蓄積はいつか爆発する! そうしたらタリウムは、彼らはより深い傷を……っ!」
「爆発して菌床処分――戦線離脱が可能になるのなら、それはそれで最良だ」
何がどう最良なのか。
モーズの理解が追い付かない発言を、フリードリヒは続ける。
「戦闘に向いているウミヘビ、かつ『契約』を結ばされている者達は、戦線離脱が許されない。許されるとすれば、国連が脅威を覚えない程に負傷した時だけだ」
「そんな……」
「契約対象ではないが、盲目のメタノールや、虚弱体質のテルルがそれに当たるな。彼らは心身の状態を理由に戦闘が免除されている」
「虚弱体質? テルルがですか?」
「あ? そんな事も知らないのか、猿め」
「う。す、すみません」
アイギスの飼育を任されているメタノールが、中毒の末に盲目となった事は知っていたが、テルルの体質については初耳で、モーズはついでに教えて貰う事とした。
「セレンに寄生されていた影響か、テルルは体力が著しく低い。再生能力も弱い。よって戦闘員から外され、療養に集中できている」
「テルルは他のウミヘビとそんなに差があるのですか」
「毒素の強さを考えれば、テルルはセレンと変わらない身体能力を駆使できる筈だ」
しかしテルルは、セレンに匹敵するような力は持っていないのだと言う。この状態で無理に戦えば負傷を重ね、周囲を汚染してしまうのは目に見えている。彼は『役に立たない』。国連もそう判断し戦線投入は見送られた。
そのお陰でケアに専念でき、思考を取り戻し、言葉を取り戻し、介助なしに出歩く事も可能となった。
タリウムのように結果を急ぐ事なく、ゆっくりじっくり、自分を取り戻していった。
「で。おれの話を聞いてなお、お前はウミヘビを治すなどとほざくのか?」
「はい? それは、勿論。特にニコチンの治療はアセトアルデヒドきっての頼みですし」
「この馬鹿が」
直後、フリードリヒはガーデンチェアから立ち上がり、モーズへ腕を伸ばすと胸倉を鷲掴んだ。
「おれが何故わざわざお前に都合を合わせたと思っている。ストリキニーネの頼みで、だけではない。お前の妄執を消す為だ」
「……貴方は私に、ウミヘビの治療を断念しろと言うのですか」
「治療と呼ぶのも烏滸がましい。ウミヘビを振り回し、傷を掘り返し、苦痛を与えているだけだろう」
「確かに治療は心身に負担がかかる面もありますが、だからとこのまま放置すれば悪化してしまう! フリードリヒさんはウミヘビの安寧を願っているのでしょう? 反対する理由なんてないのでは!?」
「『珊瑚』が存在する限り、安寧は夢のまた夢だ」
モーズのシャツを掴むフリードリヒの手に、力がこもる。
「しかも最近はやれステージ6だの特異な菌床だの、ウミヘビの負担が増えるばかり。なんと嘆かわしい」
「……そう、ですね」
「ウミヘビが真菌如きに使い潰されるなど、あってはならない。しかし忌々しい事に現状は『珊瑚』が幅を利かせている。国連の権力も強制力がある。逃れる事は不可能。ならば正気を失くさせた方が、ウミヘビの負担を減らせる」
――ずっと、不思議に思っていた。
ウミヘビに傾倒しているフリードリヒならば、ニコチンの依存症やセレンの復讐心を把握しているだろうに、ケアを施していない事に。
日本から帰国したウミヘビ達を片端から触診し、強制的にメンテナンスを受けさせるほど体調管理に熱心なのに、精神治療は積極的ではない事に。
チグハグだと、ずっと不思議に思っていた。しかしたった今、腑に落ちた。
(わざと、だったのか)
歪だ。とてもまともな発想ではない。
しかしそれでもフリードリヒは確かに、ウミヘビを思っている。
人の都合で造られ、人の都合で壊され、人の都合で捨てられる。
勝手が過ぎる。
怒りを胸に、フリードリヒは戦闘員としてニコチンを連れヨーロッパへ渡った。そして今までの傾向からターゲットになりそうな人間を餌として泳がせ、狙い通りタリウムが現れた所で確保をした。
痛覚が麻痺しきっていたタリウムの動きを止めるのに、幾らか時間はかかったものの無事に保護は完了。人工島アバトンへ連れ帰る事ができた。
そしてタリウムに取り付けられていた通信機から、彼の出身であるウロボロスの居場所も特定。博士ら研究員を丸ごとひっ捕えるのにも成功している。
「タリウムは数多の人間を殺した。それも大半が要人。そんなくだらん理由で、国連の連中は相変わらず彼の廃棄処分を求めてきた。できないのならば『契約』をしろ、とも言っていたな」
「それは、ニコチンも交わされていた不条理な契約の事ですか?」
「あんなもの、契約という名の隷属だ。ウミヘビを駒にしようなど……。所長の制止がなければ国連など滅ぼしている所だぞ」
フリードリヒの発言は非常に過激だが……気持ちは、モーズもわかってしまう。
特にここ最近、ネグラの食堂で過ごす時間が多いからか、尚のこと強くそう思った。
身体の造りが違っても、毒素を宿していようとも、食事を楽しみ団欒する姿は人間と何も違わない。
決して、兵器でも道具でもない。その思いはモーズの中で日に日に強くなってきている。
「タリウムが今の状態になるまで、相当な時間と苦労を要したのでしょうね」
「反射的に毒霧を吐かなくなるようになるまで、三ヶ月かかった。まともに喋れるようになるまで、半年かかった。表情に感情が乗るようになるまで、一年かかった。その他紆余曲折を経て、今では健常者とさほど変わらないまでに回復をした」
「そんな短期間で……! 素晴らしいですね」
「素晴らしい?」
その時、ピリリと空気が張り詰めた。
「タリウムは急速に回復させられたんだぞ?」
「え? ど、どういう意味ですか? 回復には他の意図があったと?」
「タリウムを造った博士の洗脳を解くには、メンタルケアからの自由意思の会得が手っ取り早かったんだ。このままでは国連が扱えないからな」
国連の、都合。
その事実を告げられたモーズは絶句した。
「契約がなければ、回復などさせん。まして急ぎでなど」
「し、しかし、その、結果的にはタリウムの為になったでしょう? それは良い事では?」
「はぁ? 何処が良いんだ」
フリードリヒは呆れた様子で言う。
「回復が幸福に繋がるとでも思っているのか? ハッ、花畑な脳みそだ。精神が正常に近づけば待っているのは苦痛だぞ。死と隣り合わせの菌床へ向かわせられるのだから。何も感じない状態の方がよほど良い」
「なっ!? 良い訳ないでしょう!? 本人の自覚がなくとも、傷は積み重なるものですよ!? 蓄積はいつか爆発する! そうしたらタリウムは、彼らはより深い傷を……っ!」
「爆発して菌床処分――戦線離脱が可能になるのなら、それはそれで最良だ」
何がどう最良なのか。
モーズの理解が追い付かない発言を、フリードリヒは続ける。
「戦闘に向いているウミヘビ、かつ『契約』を結ばされている者達は、戦線離脱が許されない。許されるとすれば、国連が脅威を覚えない程に負傷した時だけだ」
「そんな……」
「契約対象ではないが、盲目のメタノールや、虚弱体質のテルルがそれに当たるな。彼らは心身の状態を理由に戦闘が免除されている」
「虚弱体質? テルルがですか?」
「あ? そんな事も知らないのか、猿め」
「う。す、すみません」
アイギスの飼育を任されているメタノールが、中毒の末に盲目となった事は知っていたが、テルルの体質については初耳で、モーズはついでに教えて貰う事とした。
「セレンに寄生されていた影響か、テルルは体力が著しく低い。再生能力も弱い。よって戦闘員から外され、療養に集中できている」
「テルルは他のウミヘビとそんなに差があるのですか」
「毒素の強さを考えれば、テルルはセレンと変わらない身体能力を駆使できる筈だ」
しかしテルルは、セレンに匹敵するような力は持っていないのだと言う。この状態で無理に戦えば負傷を重ね、周囲を汚染してしまうのは目に見えている。彼は『役に立たない』。国連もそう判断し戦線投入は見送られた。
そのお陰でケアに専念でき、思考を取り戻し、言葉を取り戻し、介助なしに出歩く事も可能となった。
タリウムのように結果を急ぐ事なく、ゆっくりじっくり、自分を取り戻していった。
「で。おれの話を聞いてなお、お前はウミヘビを治すなどとほざくのか?」
「はい? それは、勿論。特にニコチンの治療はアセトアルデヒドきっての頼みですし」
「この馬鹿が」
直後、フリードリヒはガーデンチェアから立ち上がり、モーズへ腕を伸ばすと胸倉を鷲掴んだ。
「おれが何故わざわざお前に都合を合わせたと思っている。ストリキニーネの頼みで、だけではない。お前の妄執を消す為だ」
「……貴方は私に、ウミヘビの治療を断念しろと言うのですか」
「治療と呼ぶのも烏滸がましい。ウミヘビを振り回し、傷を掘り返し、苦痛を与えているだけだろう」
「確かに治療は心身に負担がかかる面もありますが、だからとこのまま放置すれば悪化してしまう! フリードリヒさんはウミヘビの安寧を願っているのでしょう? 反対する理由なんてないのでは!?」
「『珊瑚』が存在する限り、安寧は夢のまた夢だ」
モーズのシャツを掴むフリードリヒの手に、力がこもる。
「しかも最近はやれステージ6だの特異な菌床だの、ウミヘビの負担が増えるばかり。なんと嘆かわしい」
「……そう、ですね」
「ウミヘビが真菌如きに使い潰されるなど、あってはならない。しかし忌々しい事に現状は『珊瑚』が幅を利かせている。国連の権力も強制力がある。逃れる事は不可能。ならば正気を失くさせた方が、ウミヘビの負担を減らせる」
――ずっと、不思議に思っていた。
ウミヘビに傾倒しているフリードリヒならば、ニコチンの依存症やセレンの復讐心を把握しているだろうに、ケアを施していない事に。
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チグハグだと、ずっと不思議に思っていた。しかしたった今、腑に落ちた。
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