毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十九章 狂信者のカタリ

第400話 躾け

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「今日は時間を作って頂き、有難う御座います。フリードリヒさん」

 植物園の奥に設置された、ガーデンチェアにガーデンテーブル。緑に囲まれた休息所。
 そのガーデンチェアの一席に座っているフリードリヒへ、モーズは深々と頭を下げた。
 フリードリヒはフェイスマスクの下で「チッ」と舌打ちをし、足をガーデンテーブルの上に乗せ尊大な態度を取る。

「ストリキニーネの頼みだから、だ。そうでなければ一瞬たりとも顔を合わせたくない」
「わかっています」

 予想通りの返答に、思わず苦笑するモーズ。
 昨日。モーズはストリキニーネを挟み、フリードリヒと対面で話す機会を設けて貰う事に成功した。フリードリヒは昨日も今日も嫌で嫌で仕方がないといった様子だが、ウミヘビの願いならば内容が何でも応じる辺り、律儀な面もあるようだ。

「手短に済ませたいでしょうから、昨日の内に要点を纏めてきました」

 ガーデンチェアに座り、モーズは早速本題に入る。
 モーズがフリードリヒに訊きたいことは、三つ。

 一つ、タリウムが《ウロボロス》にいた頃の仔細。
 二つ、彼の味覚障害は先天的か後天的か。
 三つ、彼がかつて機械的だった原因の心当たり。
 以上となる。

「タリウムは今、精神的に安定しているように見えますが、それは表面上の事かもしれません。彼についてよりよく知る事ができれば、きっと助けになる。だから教えて頂きたい」
「助ける? ウミヘビを? 何様のつもりだ、お前」
「ウミヘビを管理するのもクスシの役割でしょう?」

 ガシャンッ
 フリードリヒが足を乗せていたガーデンテーブルを蹴り、地面へ転がす。モーズに当たらなかったのは情けか、偶然か。
 どちらにせよ、苛立っている。
 それでも、モーズは平常心を心掛け話を続けた。

「ご存知の通り、私はセレンの事で失敗をしてしまっています。彼の抱える苦しみに気付いてあげられなかった。私は彼が、例え廃棄されようとも復讐を成したいと、知っていたのに。命を賭してまで叶えたい【願い】は、生半可では抱けない。そう思う程の何かがあったのだと、容易にわかるのに……!」

 モーズは、知る事を怠ったってしまった。
 その結果、セレンは死にかけた。フリードリヒとタリウムが研究所跡地に来てくれなければ、恐らく亡くなっていた。
 セレンとはラボに入所する以前からの仲で、入所してからも共に過ごす機会が多かった。世話になる事が多かった。
 なのに何をしていたのだと、何を見ていたのだと、モーズは膝の上に置いていた拳を握り締める。

(あぁ、クソ。悔しいなぁ)

 ずっと、後悔ばかりだ。
 日本のペガサス教団集会所で失敗を犯した時も、散々後悔し打ちのめされ、柴三郎に励まされ、やるべき事を見失わないと決めた筈なのに。
 結局また、失敗してしまっている。

「お前の怠慢の埋め合わせを、おれにしろと?」

 フリードリヒは足を組み背凭れに体重を預け、呆れが混じった声で喋る。

「そう、なりますかね」

 肯定すれば、冷ややかな目を向けられたのがマスク越しでも伝わってきた。

「私のこの頼みは、タリウムが願った事でも、許可を頂いた事でもない。勝手に探られる事を知れば、不快に思うかもしれない。それでも、お願いしたい」

 それでも怯まず、寧ろ少し前のめりになりつつ、モーズは言葉を続ける。

「私はもう、事で後悔したくない」

 その時ピクリと、フリードリヒの指先が強張った気がした。

「面倒な餓鬼だな」
「未熟者ですみません。しかしほら、予習というものは大切でしょう? それに予め知っていた方が、知らずに傷付ける事もなくなります。フリードリヒさん。どうか、この愚かな後輩に御慈悲を与えてください」
「掻い摘んで話すぞ」
「私は9月の間、ウミヘビとじっくり交流を続ける予定ですし、理解を深めるのは……。えっ?」

 想定外の返答が聞こえた事に、モーズは一瞬混乱してしまう。
 頼みを聞いて貰う為にはともかく交渉をしなければ、と思い、ない想像力を働かせ昨日一日ずっと考えていたのに、拍子抜けである。
 何の気紛れかわからないが、承諾してくれたのは事実。モーズは慌てて居住まいを正し、傾聴に徹した。

「一つ目。ウロボロスでタリウムは『兵器として調教されていた』。二つ目。味覚の件は『後天的』。三つ目。機械的だったのは、研究員が壊したからだ」
「壊した……?」
「『精神』を」

 淡々と告げられた単語に、モーズは耳を疑った。

「……セレンやクロール、アンモニアのように、『脳を弄った』などではなく……?」
「違う。クルミを割り砕きすり潰すのと同じように、自由意思が一欠片も無くなるまで徹底的に壊した。タリウムが居た研究所の記録ログには、その実験過程が事細かく残されていた」

 ウミヘビの精神を壊すには、どうすればよいのか。

 ――実はそう難しい事ではない。
 それがタリウムが造られたウロボロス研究所、そこの研究員『博士』が導き出した答えだったと、フリードリヒは話す。

 ウミヘビは人造人間ホムンクルスと言えど、基本的には思考力も倫理観も感情も人間とさほど変わらない。よって人間を拷問する時と同じ事をすれば、いずれウミヘビの精神は壊れていく。
 過度な痛みを絶え間なく与え、言葉を発すれば歯を抜き舌を切り喉を裂き、意に沿わない動きをすれば爪を剥ぎ手足を切り付け骨を折り、聞く耳を持たなければ耳を切り落とし鼓膜を破り目を潰し、逆に従順になった際は褒美として『休息』を与える。
 ウミヘビは身体が頑丈で再生能力も高い。なので人間の調教と比べ幾分も
 
 失血さえ気を付ければ『死』という失敗を気にせず、何度でも痛め付ける事ができるのだから。
 そうして博士は己が造ったタリウムから思考も感情も奪い去り、兵器として完成させた。
 のオーダー通りに。

 それからは命じられるがまま、タリウムは『殺し』を執行した。
 賞金首、テロリスト、ジャーナリスト、大企業の上役、大富豪、高位聖職者、政治家の要人、王族に貴族、果ては防衛の要である国連軍をも手にかけ、それでいて必ず博士の元へ戻ってきた。
 そこに疑問はなく。恐怖はなく。躊躇はなく。
 ターゲットは必ず屠り、追っ手が来ようものなら片し、ドローンなどの監視が付いたとしても容易に破壊、または撒いてしまう。遠方から銃撃や電撃を浴びさせても、度重なる調教から生半可な攻撃は効かず、怯みさえしない。
 タリウムは非常に優秀な暗殺兵器だった。博士は彼を「当たり」として喜び、幾度もパトロンへ貸し出し、『掃除』をさせ続けた。
 適当な富豪に売り付けなかったのは、調教を施した博士本人でなくては命令が下せないのと、誰かの手に渡ってしまえば、自分の元へタリウムをけしかけられる危険性を恐れてだろう。

 人間では彼を止める術を見付けられず、これ以上の被害拡大を恐れた国連はオフィウクス・ラボへ命令を下した。
 タリウムの廃棄処分を。
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