毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第433話 英雄の自由行動

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『バイタルをチェックします』

 手術室のカプセル内、無機質な手術台の上で、ジョンはまず機械音声を聞いた。

『右手の指を曲げてください。この光は何色に見えますか? 光は何本並んで見えますか?』

 それから、ゆっくりと目を開ける。真っ赤な鉱石を嵌め込んだかのような左目と、鮮明かつ透明感のある青緑色をした右目が、人工照明に照らされた。
 目の前には複数のロボットアームに、白い天井。周囲にはホログラム映像が浮かび、心電図や血圧、呼吸といったバイタル数値をリアルタイムで映し出している。

(……ここは、手術室、のようだな)

 徐々に意識を取り戻してきたジョンは、冷静に状況を把握。
 着ている服は簡素な患者服のみ。手術の最中に暴走した時の為か手足に拘束具が取り付けられていたが、人工音声の指示するバイタルチェック項目に淡々と答えたら外された。
 むくりと、ジョンは手術台から起き上がる。

『クスシを呼び出し中です。安静になさってください』
「ここはオフィウクス・ラボ内という認識でいいか?」
『質問に回答致します。イエス』
「所内マップを見せろ」
『質問に回答致します。ノー。お見せできません』
「使えん人工知能だな」

 その場で得られる情報に見切りをつけたジョンは手術台から降り、裸足のまま出口へ向かう。
 だがカプセルの扉は閉め切られていた。ならば蹴破ることで開けられないか、と片足をあげたその時、扉は滑るようにウィンと横に開き、赤地に黒鷲のデザインをしたフェイスマスクを付けたクスシ、ユストゥスが現れる。

「ジョン医師! 目が覚めま」
「退け」

 声を弾ませるユストゥスを無視し、ジョンは入れ替わるようにカプセルの外へ出た。
 そのまま手術室の外を目指しスタスタと早足で歩き出す。

「ジョン医師!? 動かないでください! まだ検査は……っ!」
「時間の無駄だ」

 あまりに迷いのない行動にユストゥスは反応が遅れつつも、慌てて追いかけ制止を求めるが、ジョンはこれも無視。クリーンルームのチェックも難なく通過し、さっさと廊下へ出てしまった。
 廊下に出たジョンは軽く辺りを見回し、エレベーターを見付けるとそこを目的地に選出。相変わらず裸足のまま移動し、エレベーター横のボタンを押すが無反応。どうやらクスシではないと反応しないらしい。
 ジョンはチッと舌打ちし、一回につき一人しか入れないクリーンルームでもたついているユストゥスを呼びつけようと首を後ろに向けた時、また折よく扉が開いた。
 現れたのは黄地に黒鷲のデザインをしたフェイスマスクを付けたクスシ、フリッツである。

「あれ……!? ジョン先生、どうして手術室から出て」
「資料室はどこだ。あるんだろう。教えろ」
「えっ、資料室?」
「教えろ」
「4階にありますけど、それが? それよりもコールドスリープを解いたばかりなんです、今は安静に」
「4階か」

 それだけ聞いたジョンはするりとエレベーターへ入室。
 直後にチン。と扉が閉まり、結果的にフリッツは閉め出された状態となってしまった。

「ジョン先生~っ!?」

 困惑しながらもフリッツはエレベーターのボタンを押し、開扉を求めるが、ジョンを乗せたエレベーターの箱は既に上昇してしまっているようで、開く事はなかった。
 そこにユストゥスが合流し、フリッツ一人が残されているのを見てジョンが単独行動を続けている事を察する。

「目覚めて早々なんだあの暴走っぷりは!!」
「どうしよう、階段を使うべきかエレベーターを待つべきか……」
「ええい、面倒な! ひとまず他の奴らにも連絡を……!」

 苛立ちつつ、ユストゥスは携帯端末ですぐさまジョンの状況を共有する。
 この異常事態に、普段は返信などしないクスシ達も流石に返事を返してきた。

『起きぬけから自由行動って、ジョン先生てんてー相変わらず過ぎて笑っちゃうな~っ!』
『人の話を、聞かない御仁だ……。……昔から、ではあるが』
『呑気に構えてる場合か!? 機密漏れする前にとっ捕まえなきゃだろ!!』
『俺、今5階にいるんで階段で向かいますわ~。多分俺が一番近くにいるかな?』

 ジョンの捕獲には、もう少し時間がかかりそうだ。

 ◇

「ぎゃあああああっ!!」

 ラボ4階、資料室の前で悲痛な悲鳴が響く。
 その悲鳴の主、ホルムアルデヒドは必死に資料室の扉を閉めようとしているのだが、ジョンが身体を割り込ませ閉めれない状態になってしまっていた。

「何で部外者、しかもあの時の医者がここにいるんだよっ!?」
「何だお前か。入れろ。今すぐ。そして標本を見せろ」
「嫌だぁあああっ!!」

 ホルムアルデヒドはウミヘビ。己の怪力を使えば扉を閉めること自体はできる。だが今の状態で閉めればジョンの身体が挟まれ、流血は免れない。
 しかもジョンは扉に挟まれそうになろうが微動だにせず、ただただ資料室に入ろうと進撃を続けている。恐らく扉で腕を骨折しようが指を切断されようが、何なら圧死しようが全く気にしていないのだろう。そう確信できるほど、ジョンの目は据わっている。
 その狂気に恐怖したホルムアルデヒドは、必死に応援を読んだ。

「ペンタクロロ~っ! ペンタクロロぉ~っ!!」
「うるさいんだゾ」

 呼ばれたペンタクロロフェノールは、資料室の奥からのそのそとやってきて扉を抑えるのに手一杯なホルムアルデヒドに代わり、ジョンの肩を軽く押して廊下へ出させる。
 そしてホルムアルデヒドと共に自身も廊下に出て、資料室の扉を完全に閉めた。
 ムッと、初めて不満を顔に表すジョン。

「入れてくれないのならば、お前たちウミヘビの肉片の一つや二つよこせ。髪でも爪でも皮膚片でもだ」
「学会の時と言ってること変わんなくて怖いんですけどぉっ!?」
「早く決めろ。俺を資料室に入れるのか、肉片を寄越すのか」
「こいつ自分都合の二択しか用意してないんだゾ」
「怖い怖い怖い」

 ホルムアルデヒドは完全に怯えきり、ペンタクロロの背中に身体を隠す。
 ペンタクロロはそんなホルムアルデヒドとマイペースすぎるジョンに呆れ、肩をすくめた。
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