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第二十一章 ハロウィンの翌日
第432話 早寿
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「私の、特異性は……珊瑚症の変異が、原因なのでしょうか……?」
「アタシの予想になるが、お前の症状はステージ6に至極近イ。侵食率はステージ3と変わらないにも関わらずに、ダ」
徐福の考察を聞き、モーズの背中に嫌な汗が流れた。
自分の特異性はステージ6に近しい。それはつまり、生物災害と同等と宣告されたようなものだ。
そして生物災害への対処法は決まっている。クスシとして、モーズ自身執行してきたのだから。
「凍結か……。……処分の必要が、ある、と……?」
医師として、人として生きる道を閉ざす事。
死。
元々、珊瑚症の進行具合から猶予は少ないと覚悟はしていたが、自覚症状に変化がないままその時が訪れるなどモーズは思ってもおらず、足元が崩れる感覚に襲われる。
ステージ6の脳は『珊瑚』に侵されきっていて、人間へ戻す事は不可能。
人の死は、覆らない。
「違うヨ。アタシが言いたいのは、臨床試験で行った施術がお前には通用しない可能性があル、という話ヨ」
徐福が言う。
だがそれは即処分はしない、というだけであって、モーズの処分も視野に入れてはいるだろう。
ステージ4とステージ6は症状も容態も大きく異なる。下手に希望を抱くよりも、臨床試験、緩和処置成功によるタイムリミットは伸びない、と考えた方がいいだろう。
「臨床試験を受けたジョンも特異な症状が出ていたガ、お前はそれ以上ネ。前例が参考にならなイ。前触れなく急変してもおかしくなイ。それは頭に入れておケ」
「……。はい」
目星にしていた猶予――残り十ヶ月も、アテにすべきではない。
モーズは顔を俯かせ、冷え切った拳を握り締めた。
ウィン
その時、丁度エレベーターの扉が開く。目の前に現れたフロアへ向け、徐福は迷わず歩き始めた。モーズも慌てて後を追う。
「キビキビ歩くネ」
「はっ、はい。ところで副所長、これからどこに行く予定なのでしょうか?」
「シミュレーションルーム、ヨ。そこでお前のアイギスを見てやル」
会話に気を取られモーズは気付けていなかったが、ここはラボの6階。
クスシ用の卵型機器が置かれた部屋がある階である。
「えっ。私は謹慎中で、シミュレーターを使う事は……」
「アタシが課した謹慎よ。解くのも自由ね」
徐福は扇子の先端をモーズへ向けて問う。
「まずはアイギスについて知っている事を述べてみロ」
「はっ、はい。空中浮遊型クラゲで、単体でも生きられる生態だが、気に入った人間を見付けると寄生。宿主の血を養分とする。また毒素の濃縮が可能で、触手に蓄積している。刺胞で対象に注ぐ事が可能。肥大化による運搬も可能。それから、宿主を庇護する習性があり、外敵への攻撃や、宿主の治癒も請け負う。ただしアイギスに頼りすぎると宿主は失血の危険性に陥る。光の屈折を利用した透過能力を持っている。個体差による生態は……」
「その辺でいいヨ。大体は覚えているようダ」
「あ、ありがとうございます」
「ではそこに加えておケ」
シミュレーションルームの扉の前まで来た徐福は、蹴破る形で扉を開けた。
「アイギスの電気信号は神経を狂わせられル、とネ」
◇
徐福がシミュレーターに再現させたステージは、オフィス街であった。エキストラはいない、ゴーストタウン。それだけに留まらず、オフィス街のビルは骨組みだけを残した廃墟で、緑の自然に飲み込まれている。
足元のアスファルトもひび割れ大きく避け、土が露出し、そこから草木が生えていて、凹凸が激しい。
そんな足場の悪い車道の真ん中に、モーズは一人転送されていた。
「お前にアイギスを介し神経を狂わせる術を、特別に伝授してやろウ」
徐福の声が前方から聞こえる。しかし姿は見えない。
恐らく、青々とした葉をつけた樹木の向こう側にいるのだろう。
「これは他のクスシには教えていない技術ヨ。習得の難易度が高い上に、使い所が大してないからネ」
「その高等技術を、私に手解き頂ける理由を伺ってもよろしいですか?」
「お前、フルグライトに二度も気絶させられているだろウ」
「うっ。ご存知でしたか……」
ギクリと肩を強張らせるモーズ。
徐福の言う通り、モーズは菌床で二度に渡りフルグライトに意識を奪われている。自分なりの対策として『爪を剥がす』という自傷行為も辞さなかったのに、それでも防ぐ事は叶わなかった。
「あれも電気信号を流されて寝かされているのヨ。だから抵抗の手段を覚えて貰ウ」
「ご指導、感謝致します」
「いいからさっさと始めるヨ」
徐福が樹木の陰から姿を現す。
「……!?」
直後、モーズは瞠目した。
「副所長、その身体は生成アバターですか……!?」
「アタシが着飾っているっテ? そんな面倒なことしないヨ。お前と同じ、このアバターは生身をスキャンしたやつヨ」
「しかし、顔が、あまりも……っ!」
若々しすぎる。
フェイスマスクに覆われていない徐福の素顔は15歳程度にしか見えず、とても成人しているように見えなかった。何なら幼い域だ。幾ら歳を重ねないよう見えるアジア人でも、これはおかしい。
「副所長、失礼ですがご年齢は」
「50ダ」
半世紀。
ハッキリと告げられた実年齢に、モーズは愕然とする。
「洞窟の奥深くでアイギスを見付けたのは、アタシが15の頃」
自分の把握していない抗老化医学があるのかと、モーズが戸惑っていると、徐福は独り言のように言葉を紡ぎ始めた。
「改良を重ねに重ネ、不老不死を得る為に死力を尽くしてきタ」
そして一歩、また一歩と足を進め、モーズに歩み寄る。
「だが半端に終わってしまっタ」
次いでくしゃりと、徐福の顔が歪んだ。
「ウミヘビの方がよほど不老不死に近イ。理想的な不老不死。あの阿呆はいつもアタシを易々と飛び越えていク。ムカつくネ」
「副所長……?」
その声音は怨嗟を孕んでいる。
低く、重く、とても少年が喋っているように思えない、年季の厚みを感じる。
「――渦巻け、アイギス」
ずるり
徐福の首周り、長砲の衿の内側から、薄く平らで細長い、帯状の――アイギスが生えてくる。
それも一本や二本ではなく無数に生え、最終的に襞襟のように広がった。
それらはやがて徐福から分離し、無数の帯状アイギスが、青々とした廃墟を漂う。
「止めてみせロ、モーズ。物理的な手は使わず、電気信号だけでナ」
「アタシの予想になるが、お前の症状はステージ6に至極近イ。侵食率はステージ3と変わらないにも関わらずに、ダ」
徐福の考察を聞き、モーズの背中に嫌な汗が流れた。
自分の特異性はステージ6に近しい。それはつまり、生物災害と同等と宣告されたようなものだ。
そして生物災害への対処法は決まっている。クスシとして、モーズ自身執行してきたのだから。
「凍結か……。……処分の必要が、ある、と……?」
医師として、人として生きる道を閉ざす事。
死。
元々、珊瑚症の進行具合から猶予は少ないと覚悟はしていたが、自覚症状に変化がないままその時が訪れるなどモーズは思ってもおらず、足元が崩れる感覚に襲われる。
ステージ6の脳は『珊瑚』に侵されきっていて、人間へ戻す事は不可能。
人の死は、覆らない。
「違うヨ。アタシが言いたいのは、臨床試験で行った施術がお前には通用しない可能性があル、という話ヨ」
徐福が言う。
だがそれは即処分はしない、というだけであって、モーズの処分も視野に入れてはいるだろう。
ステージ4とステージ6は症状も容態も大きく異なる。下手に希望を抱くよりも、臨床試験、緩和処置成功によるタイムリミットは伸びない、と考えた方がいいだろう。
「臨床試験を受けたジョンも特異な症状が出ていたガ、お前はそれ以上ネ。前例が参考にならなイ。前触れなく急変してもおかしくなイ。それは頭に入れておケ」
「……。はい」
目星にしていた猶予――残り十ヶ月も、アテにすべきではない。
モーズは顔を俯かせ、冷え切った拳を握り締めた。
ウィン
その時、丁度エレベーターの扉が開く。目の前に現れたフロアへ向け、徐福は迷わず歩き始めた。モーズも慌てて後を追う。
「キビキビ歩くネ」
「はっ、はい。ところで副所長、これからどこに行く予定なのでしょうか?」
「シミュレーションルーム、ヨ。そこでお前のアイギスを見てやル」
会話に気を取られモーズは気付けていなかったが、ここはラボの6階。
クスシ用の卵型機器が置かれた部屋がある階である。
「えっ。私は謹慎中で、シミュレーターを使う事は……」
「アタシが課した謹慎よ。解くのも自由ね」
徐福は扇子の先端をモーズへ向けて問う。
「まずはアイギスについて知っている事を述べてみロ」
「はっ、はい。空中浮遊型クラゲで、単体でも生きられる生態だが、気に入った人間を見付けると寄生。宿主の血を養分とする。また毒素の濃縮が可能で、触手に蓄積している。刺胞で対象に注ぐ事が可能。肥大化による運搬も可能。それから、宿主を庇護する習性があり、外敵への攻撃や、宿主の治癒も請け負う。ただしアイギスに頼りすぎると宿主は失血の危険性に陥る。光の屈折を利用した透過能力を持っている。個体差による生態は……」
「その辺でいいヨ。大体は覚えているようダ」
「あ、ありがとうございます」
「ではそこに加えておケ」
シミュレーションルームの扉の前まで来た徐福は、蹴破る形で扉を開けた。
「アイギスの電気信号は神経を狂わせられル、とネ」
◇
徐福がシミュレーターに再現させたステージは、オフィス街であった。エキストラはいない、ゴーストタウン。それだけに留まらず、オフィス街のビルは骨組みだけを残した廃墟で、緑の自然に飲み込まれている。
足元のアスファルトもひび割れ大きく避け、土が露出し、そこから草木が生えていて、凹凸が激しい。
そんな足場の悪い車道の真ん中に、モーズは一人転送されていた。
「お前にアイギスを介し神経を狂わせる術を、特別に伝授してやろウ」
徐福の声が前方から聞こえる。しかし姿は見えない。
恐らく、青々とした葉をつけた樹木の向こう側にいるのだろう。
「これは他のクスシには教えていない技術ヨ。習得の難易度が高い上に、使い所が大してないからネ」
「その高等技術を、私に手解き頂ける理由を伺ってもよろしいですか?」
「お前、フルグライトに二度も気絶させられているだろウ」
「うっ。ご存知でしたか……」
ギクリと肩を強張らせるモーズ。
徐福の言う通り、モーズは菌床で二度に渡りフルグライトに意識を奪われている。自分なりの対策として『爪を剥がす』という自傷行為も辞さなかったのに、それでも防ぐ事は叶わなかった。
「あれも電気信号を流されて寝かされているのヨ。だから抵抗の手段を覚えて貰ウ」
「ご指導、感謝致します」
「いいからさっさと始めるヨ」
徐福が樹木の陰から姿を現す。
「……!?」
直後、モーズは瞠目した。
「副所長、その身体は生成アバターですか……!?」
「アタシが着飾っているっテ? そんな面倒なことしないヨ。お前と同じ、このアバターは生身をスキャンしたやつヨ」
「しかし、顔が、あまりも……っ!」
若々しすぎる。
フェイスマスクに覆われていない徐福の素顔は15歳程度にしか見えず、とても成人しているように見えなかった。何なら幼い域だ。幾ら歳を重ねないよう見えるアジア人でも、これはおかしい。
「副所長、失礼ですがご年齢は」
「50ダ」
半世紀。
ハッキリと告げられた実年齢に、モーズは愕然とする。
「洞窟の奥深くでアイギスを見付けたのは、アタシが15の頃」
自分の把握していない抗老化医学があるのかと、モーズが戸惑っていると、徐福は独り言のように言葉を紡ぎ始めた。
「改良を重ねに重ネ、不老不死を得る為に死力を尽くしてきタ」
そして一歩、また一歩と足を進め、モーズに歩み寄る。
「だが半端に終わってしまっタ」
次いでくしゃりと、徐福の顔が歪んだ。
「ウミヘビの方がよほど不老不死に近イ。理想的な不老不死。あの阿呆はいつもアタシを易々と飛び越えていク。ムカつくネ」
「副所長……?」
その声音は怨嗟を孕んでいる。
低く、重く、とても少年が喋っているように思えない、年季の厚みを感じる。
「――渦巻け、アイギス」
ずるり
徐福の首周り、長砲の衿の内側から、薄く平らで細長い、帯状の――アイギスが生えてくる。
それも一本や二本ではなく無数に生え、最終的に襞襟のように広がった。
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