毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第431話 広告塔(無許可)

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「副所長、何かご用ですか? モーズと挨拶だけしたかったっていうなら、すみませんけどお引き取り願えませんかね? 見ての通り、ちょっと取り込み中でして……」
「浪費の件だろウ? 気にする事はないヨ」
「えっ!? いや気にするでしょう!? ラボの大事な予算ですよ!?」
「パウル、ちょっとこっちに来るネ」

 徐福は閉じた扇子でちょいちょいとパウルを手招きし、モーズのいる場所から反対側のエントランスの端っこに移動させる。
 そしてそこで腕時計型電子機器を起動し、ホログラム映像を展開。とある数字の羅列をパウルに見させた。

「……え。何この大金」
「昨日の臨床試験で投資や寄付が集まったのヨ」

 それはオフィウクス・ラボの予算、現時点の所持資産が記された会計帳簿。
 その額は、今まで見た事のない数字にまで膨れ上がっていた。

「それにしたってこの額、もう一個人工島作れるレベルじゃないですか……! おかしいでしょ……!?」
「あいつのお陰ヨ」

 徐福は扇子の先で、一人直立しているモーズを指して言う。
 次いでホログラム映像の画面を切り替え、昨日の9月29日、臨床試験の施術が終了した直後に流したプロモーション映像をパウルに見せた。パウルが作成した特殊学会開催告知の後、勝手に付け足されていた映像である。
 その映像の中のモーズは希望に満ち溢れた言葉を並べ、これでもかと高尚な姿を見せ付けていた。

「大衆受けがいい奴がいると、金回りがよくなって助かるネ~! この調子でがっぽがっぽ稼がせてもらうヨ~!」
「あの、副所長……。これモーズ知っているんですか……?」

 フェイスマスク越しでわかりにくいものの、モーズの視線は一切カメラを向いていない。正面っぽく見える画角もあるが、そう編集してあるだけでモーズの意識にカメラの存在はないとわかる。
 つまり見る人が見れば、これは人工島アバトン各所に配置された、監視カメラ映像を使用したものとわかる代物だ。またモーズは脚本シナリオを用意せずとも、己の信念に沿った発言を何の躊躇もなく言ってのける人間。

『もう直ぐ、誰も殺さなくていい時代が来る。来させる。私が作ってみせる!!』

 なんて真っ直ぐすぎる言葉は、彼の本心であり素の姿だ。
 作為を感じるレベルの英雄然とした姿に、「演技だ」「茶番だ」と懐疑的になる者もいるだろうが、モーズは嘘も演技もど下手くそなぶきっちょ。自分が目立つ事に遠慮と羞恥心も抱く性格な為、カメラを向けられ命じられても同じ姿は撮れまい。
 故にパウルはどうモーズに許可を得たのか知ろうと思ったのだが、

「知らせる必要なんてあるカ?」

 徐福からばっさりと肖像権侵害発言を喰らい、考える事をやめた。

(人工島アバトンを作った時の資金工面、どうやったのか気になっているけど、未だに怖くて聞けないんだよな……)

 オフィウクス・ラボの裏ボスは徐福ではないかと、いや実際に副所長は徐福なのだが、腰に手を当てて高笑いをしている今の姿含め、彼は魔王か何かじゃないかと感じる事が幾度もあったパウルは、(僕の脅しや圧がけなんて可愛いものだよなぁ)と思いながら遠い目をしたのだった。

「わかったのなら説教はここまでダ。パウルは持ち場に戻るといいヨ」
「わ、わかりました……」
「で、モーズちょっと来るヨ」
「はっ、はい」

 こうしてパウルからモーズを解放させた徐福は、モーズを連れエレベーターへ入室。ラボの上層へ向かう。

「お前、ステージ5の声が聞こえるそうだネ」
「〈根〉となった方限定ですが、そうです。報告書の通り、アイギスを通し電気信号の受信と発信が……」
「嘘だネ」

 エレベーターが上昇する最中、徐福はモーズから聞いた返答をばっさりと切り捨てた。

「う、嘘など……! 確かに客観的な証明は難しいですし、再現性はないのですが……!」
「別にお前が嘘をついているとは思っていないヨ。勘違いをしていると思っただけダ」

 虚偽報告などしていない、と焦るモーズを落ち着かせるように、徐福は言葉を続ける。

「ステージ5の声を聞くのにアイギスの有無は関係なイ。そう言っているのヨ」

 それはモーズの中の常識をひっくり返す、衝撃的な言葉であった。

「アタシは世界の誰よりもアイギスを理解しているヨ。が、アイギスにステージ5の言葉を理解し変換、宿主に伝える能力なんてなイ。断言していイ」
「それはかつて、私の他にも、珊瑚症に罹った宿主がいたという事でしょうか? それで、実験済みと……?」
「アタシはアイギスを最適化する為に、ありとあらゆる宿主で経過を観察しタ。その中にはお前と似た条件の人間も居たヨ。だがそんな能力を得る事はなかっタ」

 徐福の話を聞く度に、モーズは指先が冷えていく感覚を覚える。

「お前はクスシになる前、ただの一度もステージ5と接触した事はないのカ?」
「いっ、いいえ。一度だけ、あります」
「その時、何か聞かなかったカ?」

 オフィウクス・ラボへ入所する前。
 たった一度だけ接触した、ステージ5。

 ――かあ、さ……

 名はトーマス。パラス感染病棟の入院患者で、モーズが担当していた患者。

 ――かあさ、ごめ、なさ……

 彼はニコチンに毒素を撃ち込まれ、事切れる間際、言葉を発した。意味のある言葉を。
 忘れるはずがない。
 それを聞いたからこそモーズは、ステージ5となった感染者にも人としての意識が残っていると確信し、治療方法の確立をしたいと強く願うようになったのだから。

「……あれ、は、あの声は、私にしか聞こえない声だったと……?」

 モーズはマスク越しに口元を覆い、声を震わせる。
 信じたくなかった。

「しかし、クリスさん! アメリカの超規模菌床、《暁の悲劇》で亡くなった女性も、僅かですが言葉を発していました! 稀だとしても、ある事なのでは!?」
「アメリカの記録映像ならアタシも確認したネ。〈根〉の女は確かに喋ってはいタ。が、あれは人の言葉ではなかったヨ」

 なおも否定しようとするモーズに対し、徐福は腕時計型電子機器を操作すると、ホログラム画面を空中に展開。そのアメリカで撮影された記録映像を映し出し、再生する。

『縺ゅj縺後⬛︎縺』

 映像の中、ステージ5となったクリスが事切れる間際に発した声は、どんな言語でも翻訳できない雑音ノイズとして出力されていた。
 モーズは絶句する。確かにあの時、クリスは意味のある言葉を喋っていた筈なのにと、頭の中が急速に混乱していく。

「〈根〉の女が喋った声、人の言葉に聞こえたカ?」

 現実を直視しろとでも言うかのように、徐福が訊ねた。
 モーズは、否定する事しかできなかった。

「いいえ……」
「ふム。一度、電子変換されてしまうと意味が通じなくなるようだネ。今の所、生で聞かねばわからなイ、と考えた方がよさそうダ」

 冷静に分析する徐福の声が、どこか遠くに聞こえる。
 モーズは今まで、『珊瑚症に罹患している人間がアイギスの宿主になれば、〈根〉となったステージ5の声を聞ける』と思っていた。
 同じ条件を揃えた人間ならば、誰でも聞けるという仮説を抱いていた。

 その前提が崩れてしまえば、『モーズこそが例外で、異質』と言う答えが残ってしまうから。


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