毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第449話 控え室

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 同時刻。
 講演ホール地下にある控え室にて。

「うおっと!?」

 ソファに腰を下ろし本を読んでいたクレゾールが、突如として訪れた大地震に驚嘆の声をあげていた。

「何だ、この揺れは!? 本が読めないじゃないか!」
「電子端末ならば手ぶれ補正をつける事もできるぞ」
「補正でどうにかできるレベルじゃないだろう!?」

 冷静に突っ込んだのは、手に持つタブレット(※オフィウクス・ラボの備品)越しに特殊学会の配信を視聴しているジョンだ。
 尤も特殊学会が行われている会場もこの控え室も同じ建物内なので、画面の向こう側も激しく揺れ、学会どころではなくなっている。

「うん? 発表が止まってしまったな。即刻、再開しろとコメントを送らねば。クレゾール、この端末はどう操作するんだ?」
「コメントを送ったところで、揺れが収まるまで再開なんて無理だろう!?」
「何故だ。耐震強度を超えた揺れでもあるまいに」
「今はそうでも後はわからないし! 例え建物は崩れなくっても物が落ちてきたら事だし! 貴方も机の下にぐらい潜って……っ!」
 
 ガチャガチャッ!
 その時、控え室のドアノブが激しく回され、金属のきしむ音が走る。

『ジョン先生! いらっしゃいますか!?』

 次いで扉越しに飛び込んできたのは、モーズの切羽詰まった声だった。

『この地震は前回同様、災害の前兆の可能性があります! 鍵を開けてください! 一刻も早く避難を……っ!』
「誰だ、お前は」

 ジョンはタブレットに視線を落としたまま、静かに問う。

『誰って、私です! モーズです、ジョン先生!』
「モーズはここには居ないぞ」

 ジョンの声に一切の焦りはなかった。冷ややかな口調が、扉の向こうの『誰か』を見透かしている。

「その程度の下調べを怠るような奴を相手にするなぞ、時間の無駄だ。さっさと去れ」

 しん、と短い沈黙が降りた。
 それを破ったのは静かな、しかし怒気を孕んだ声だった。

『……どいつもこいつも、私を馬鹿にして』

 バキィン!
 無理やり捻じ曲げられたドアノブと共に、扉が軋みを上げて開かれる。
 現れたのは、ペガサス教団の司祭アレキサンドライトとしてメディアを騒がせた男だった。以前はモーズの顔を借りていたが、今の彼は、既に世間に露呈した素顔を曝け出している。
 すかさずクレゾールが席から立ち、本から銃型抽射器に持ち替えた右手を構え、男に銃口を向ける。
 しかしその状態でも、男は落ち着き払った様子でジョンに対し会釈をし、口を開いた。

「初めまして、ジョン先生。私の名前は『アレキサンドライト』」
「『ガーネット』だろう?」

 挨拶を遮るように発せられたジョンの言葉に、男の、ガーネットの赤い瞳が揺れる。

「……どこで、その名を……」
「徐福から聞いた。お前の名前、それも洗礼名やらを、俺が知ったところで大した意味を持たないが、突き詰められたからと伝えられたんだ。まぁ区別する分には便利かもしれないな。何せ本来、アレキサンドライトの名を冠するのはモーズなんだろう?」

 心底興味がなさそうに喋りながら、ジョンはタブレットをテーブルの上に置いた。
 タブレットの画面は電源が入っているにも関わらず真っ黒に染まっていて、配信が止まってしまった事を伝えている。

「そして俺は『パライバトルマリン』だとか? チッ、勝手に格付けしやがって。煩わしい」

 理解の及ばない指標を、そもそも望んでいないレッテルを付けられる事を、ジョンは心底、辟易しているようだった。
 イギリス感染病棟院長を辞職しようとも、ジョンは寄生菌『珊瑚』発見の功績から、モーズと同じく『英雄』という華々しい肩書きを持っている。それは彼が今後、どのような道を辿ろうとも、何の権限も持たない一般市民に堕ちようとも、例え命が尽きようとも付随する、輝かしい装飾品。
 だが、どれだけ大きく美しく眩しい宝石が嵌め込まれていようとも、ジョンは装飾品それを道端に転がる石程度にしか思っていない。
 アレキサンドライトという価値を求めるガーネットとは、対照的に。

 ガーネットは激昂したい思いを噛み殺し、胸元に手を当て姿勢を正し、努めて紳士に振る舞う。

「いいえ、私は司祭『アレキサンドライト』です」

 ボコリ
 ガーネットの背中が隆起して、赤い翼の骨が白衣を突き破りその切先を伸ばしていく。

「パライバトルマリン。貴方を、しに参りました」

 クレゾールが眼鏡のブリッジを押し上げ、緊張の面持ちのままジョンの前に立ち、抽射器を発砲。
 ドンッ!
 しかし放たれた銃弾は枝分かれした赤い翼の骨の内、一本に弾き落とされ、廊下の床に穴を空けるだけで終わった。
 翼の骨に付着した毒素も、着弾箇所を削り落とせば取り除くことができ、それ以上の脅威はない。
 弱い。ガーネットは薄く笑う。

(外も学会会場も、の対処に追われている。増援は無理だ。尤も電波障害で連携など取れないだろうが……)

 クレゾールさえ片せば、収穫は直ぐに叶う。
 ガーネットは赤い翼の骨を伸ばし続け、壁や天井に穴を空けながら一歩前に出た。
 控え室に踏み込んだ。

「――八極拳」

 瞬間、

鉄山靠てつざんこう

 ドシンッ!
 真横に吹き飛んで、赤い翼の骨ごと、控え室の壁に身体がめり込んだ。壁には円状に凹み亀裂が入り、ガラガラと音を立てて崩れる。翼の骨を引っ掛けていた箇所も身体に引っ張られた影響でエグれ、ぶつかり、穴が空き、控え室の出入り口は大きく広がった。
 強い衝撃であった。車が衝突したかのような、激しい衝撃。実際、重量があり翼の骨を控え室に突き刺し固定していたガーネットを吹き飛ばすには、加速した車が衝突でもしなければ叶わない。
 だが控え室こんな所に車などある訳がない。
 あるのは、ヒトの形をしたモノ。

(ウミヘビが、もう一匹……!)

 屈強な身体を裏地が蛇の鱗柄の黒衣で覆った、金髪碧眼のウミヘビ。
 硫黄。
 彼が隙をついて八極拳、鉄山靠てつざんこうを、有り体に言えば、背中からぶつかる体当たりをガーネットへ喰らわせ、壁まで吹き飛ばしたのだ。

「外れか」

 硫黄は低い声でそう呟くと、顔に付けていた面頬こと認識阻害装置を外し、クレゾールへ投げ渡す。
 ガーネットに攻撃を仕掛けた事で強く認識された為、もう使えないからだ。

「ワタシはここに来る方に賭けていたんだが……。賭けには負けてしまったようだ」

 ガーネットが控え室に一歩踏み入るその時まで、身を潜めていた硫黄。
 その甲斐あって不意打ちに成功したというのに、彼の表情は不満げだ。

「誰を、待っていたと?」

 叩き付けられた壁から離れ、ガーネットは体勢を立て直しながら問う。

「教祖」

 一言。
 端的に伝えられた硫黄の答えに、ガーネットは顔を歪めた。

「しかしお前も外敵には違いない。手早く片し、教祖を探すとしよう」
「教祖様がこのような、不浄の地にいらっしゃると? 《珊瑚サマ》を忌避する連中が集い、挙げ句ウミヘビが群がっているこの地に! 馬鹿も休み休み言え!」
「来ているとも」

 断言しながら、硫黄は腰を落とし、右肘を前に突き出し、いつでも技を繰り出せる構えを取る。

「今日はワタシが付けた絶好の機会。来ない筈がない。来なければ、マーキングは依然と付いたままになる。ワタシとしては正直、そちらの方が嬉しいね」
「……貴様、教祖様に泥を塗ったのか」

 ペガサス教団本部の襲撃を把握していなかったガーネットは、この瞬間、教祖の現状を知った。
 そして歪な笑みを浮かべた。

「ここに教祖様がいらしているのならば、好都合。神饌を直接お渡しできる」

 何せこの場には、教祖の求める宝石ジョンがある。

「ウミヘビの死骸で飾り付ければ、さぞお喜びになるだろう」
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