毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第448章 確信

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「……ねぇ、待ってよ。それでも疑うなんて、変だって」

 パウルが声を震わせながら言う。
 長年慕ってきた人を、今まさに目の前で否定されかけている。
 その現実を、心が受け入れられないのだ。

「確かにステージ6は人間とそっくりな見た目をしているし、擬態もできるよ? だから、さ。ロベルト院長に罪をなすり付けたい誰かが画策したとか、さ」

 絞り出すように、パウルはなおも言葉を重ねる。

「い、いや、やっぱ偶然でしょ! ロベルト院長を失墜させたいなら、もっと直接的な事件を起こしている筈だし……! ならロベルト院長に何らかの益が、って事になるけど、わざわざ院内で災害を起こして得られる事なんて、」
「ユストゥスを始末したかった」

 柴三郎が淡々と言う。
 ホログラム映像越しに届くユストゥス本人の説明の声が、やけに鮮明に、耳に刺さるように響いた。

「ルイ院長から聞いたけんど、あの日はフリッツ達と一緒に見舞いに行く予定やったんやて。ばってん、病室に行く前にルイ院長がユストゥスに声ばかけて到着ばずらした。結果、ユストゥスは被害ば受けんかった」

 奇跡のような、偶然。
 それによって企みは、失敗した。

 ユストゥスを始末したい理由は幾らでも思い付く。弱冠21歳で教授の身となった稀代の天才。『珊瑚』撲滅に積極的であり、ドイツ大学に居た誰よりも強くクスシになることを志しつつ、軍医として菌床にも赴いていた。
 加えて彼もまた、ロベルトと同じようにゼミ生を抱え、優秀な門下生を数多く輩出している。
 ロベルトとは別の派閥を作り上げてしまっている。

 『珊瑚』の塊たるステージ6からすれば、この上なく恐ろしい脅威だ。

「そ、それでも、ロベルト院長は責任を負ったんだよ? 受ける必要のない不利益を、わざわざ……!」
「目論みが失敗しようと成功しようと、死者は出るであります」

 静かに、しかし重く、エミールが言う。

「左遷は承知のうえ……。寧ろパラス国に移籍する事も、ロベルト院長の狙いの一つだったのかもしれませぬな」
「確かに。国連ん繋がりも強う、人ん目も多かドイツ感染病棟じゃ、あまり自由に動けん。それなりの権限と自由に動くる立場ば得るに、小国んパラスに身ば置く方が都合が良か」
「な、な、なんで、そんな事……」
「探したかったんじゃなか?」

 端的に、柴三郎が答えた。

「ステージ6は何か知らんけど、優秀な脳味噌を欲しがっとる。そんで特にモーズを欲しがっとった。……真っ先に手元に引き入れてたんはロベルト院長や」

 モーズは医大卒業後、軍医を務めていたが、珊瑚症の悪化によって退役。以降は勤め先を転々としていた。
 だが一年前。ドイツで行われた学会でロベルトと対面し、その場で推薦を受けてパラス感染病棟へと招かれた。
 以降、クスシとなるまでの期間、モーズはロベルトの管理下で過ごしていた
 まるで、囲われるように。

「でも、さ。パラス感染病棟で起きた災害は、ペガサス教団が絡んでいる疑いがあって、モーズがクスシになるきっかけで、院長の信用も落ちる行為で、ステージ6からすればそれこそ……不利益しかないじゃないか。あり得ないよ、そんな」
「当方が疑ったように、流石に二度も管理不届を起こせば追及されるでしょうから、それを免れぬ為の保険でもあったのかもしれませぬ」
「そんで、計画が順当に進めばペガサス教団へ引き抜かれ、失敗すりゃユストゥス達とおんなじごつクスシん道が開く、か……。こりゃ、んかもしれん」
「優秀な脳が欲しいのでしたら、『成長させる』過程が不可欠でありますからな。ロベルト院長自身、育成に積極的だったのですし……」

 ――医療の土台を底上げし、礎となる人材を絶えず輩出し続けてきたのは、紛れもなくロベルト。
 その功績は、パウルの存在によって、何よりも雄弁に証明されている。

「クスシはなるだけでも才能が必要。そして才能は他の才能と触れれば引き伸ばされる。切磋琢磨により充分育った所を、と考えると……不自然ではありませぬ」
「……そういえばロベルト院長。前回ん学会ん時、気絶したモーズばやけに自分の病棟に搬入したがっとったな。結局、ルチルちゅう医師がモーズば起こしてたからやめとったけど」

 疑念が増す事実を幾ら重ねられようとも、パウルは信じられなかった。
 頭から否定したかった。
 しかし言葉は、出なかった。

(ロベルト院長がステージ6?)

 19年前。家も家族も真っ赤に染まって失ったあの夜。
 泣きじゃくるパウルを抱きしめて、ずっと宥めてくれたあの人が。その後、家族として迎え入れてくれたあの人が。先生として導いてくれたあの人が。

(ペガサス教団と同じように、優秀な脳を求めている?)

 そんな筈はない。
 ステージ6とそうでない人間は、体重差によって見分けがつく。
 エミールの推測が正しければ、ロベルトは会場の各地に設置されているという体重計に引っかかる筈だ。
 ロベルトがステージ6である事は――

(……いや、わかっている。わかっているよ)

 体重の不自然さを誤魔化す術を、パウルは考え付いている。

(ロベルト院長は体格がふくよか。多少、重くっても違和感がない。それを踏まえて……、人間的な重さにできる)

 全身を『珊瑚』へ置換したステージ6ならば、脂肪も内蔵も必要ない。
 ハリボテのように、皮膚の下を空にしてしまえば体重を減らせる。
 それでも細身の人間ならば違和感が出るほど『珊瑚』は重量を持つと予想されるが、ロベルトの肥満と言っていい体格ならば、その点を解消できてしまう。

(それから、クララ院長の消毒液で顔や体格が変わらなかったんなら、擬態は……していない事になる)

 この会場にいるロベルトは、紛れもない本人。
 赤の他人の成り替わりでは、ない。

(エミールと柴三郎の推理はあくまで推測。裏付けも物的証拠もない。でも、でももしも本当に、ロベルト院長がステージ6なら……!)

 管理が徹底している感染病棟内で生物災害バイオハザードが起きた事に、納得できてしまう。
 病棟のトップが、関わっていたのだから。

(……僕は……)

 いつからステージ6と化していたのか。
 初めから、パウルを引き取る前から『珊瑚』に汲みしていたのか。それとも医師免許を取った後か。それとも教授となった時か。それとも院長になった時か。はたまたパラス国に移る直前か。
 わからない。
 『珊瑚』は死者の身体を置換しステージ6と化す事もあるようだが、脳に残る記憶は引き継ぐ。後からでも最初からでも現状は何一つ変わらない以上、考察など、意味をなさない。
 
 喉が酷く渇く。手が震える。
 理論と感情がせめぎ合い、思考は混線し、頭が割れそうなほど痛む。

(これ、は、仮説。あくまで、仮説だから……確かめて、みればいい。レントゲンでも撮れば、すぐにわかる。間違ってたら、謝れば……ロベルト院長なら、笑って許して……)
『おお! おぬしがロベルトか! パウル先生やアニリンから聞いておるぞ。恩師であり家族なのだとか』

 扉の外から響く、砒素の明朗な声。
 続けて、穏やかな男の声が返ってきた。

『そうなのかい? その紹介は少し、気恥ずかしいね』

 ロベルトだ。
 名前と声が、現実を殴りつけるように脳を揺らし、パウルの思考が凍りついた。

『中にパウル達がいるんだろう? 皆んな会場に居なくて心配したよ。私も挨拶をしたいから、入れてくれないかな?』
『ところでロベルトよ。おぬしステージ6なのか?』

 唐突な質問だった。
 パウルの混乱など意に介さず、砒素は真っ直ぐに“それ”を問う。

『え? どうしてそう思うんだい?』
『わしはそこに行き着いた経緯など知らぬがの。ステージ6なら入れる訳にはいかぬ。可愛い可愛いパウル先生の外敵は、ここで処分せねば』
『あはは。随分と物騒だね、砒素くん』

 ロベルトの朗らかな笑い声が、今は酷く不気味に感じる。

『わしはパウル先生ふぁ~すとじゃからのぅっ! ……して、おぬし。わしの名を――いつ、どこで知った?』

 一拍の間。

『やぁ、参った』

 そして訪れる、確かな“破綻”。

『ここに来てお芝居に失敗するなんて、私も焼きが回ってしまったかな?』

 直後。
 ドン――と。
 立っていられない程の地響きが、会議室全体を激しく揺さぶった。




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