36 / 39
これからのこと
しおりを挟む隆晴に抱き抱えられ、直柾に髪を撫でられ、優斗はそっと息を吐く。
――……キスでも、こんな……。
あまりに予想外だった。キスでこれなら、その先はどうなってしまうのだろう。
ふと想像してしまい、慌てて思考を散らせた。
「優くん。俺も今みたいなキスしてもいい?」
「えっ、駄目ですっ」
「え?」
直柾は目を瞬かせる。こんなに強く断られるのは初めてだ。
「あっ、えっと、その、駄目じゃなくて…………お手柔らかにお願いします……なんだか、変になりそうなので……」
ンッ、と直柾と、直接的には関係がなかった隆晴も同時に色々なものを堪えた。無意識に煽ってくると常々思っていたが、ここまでとは。
「うん。じゃあ、少し休んでからにしようか」
直柾はあまりにも爽やかに、キラキラと輝く見事な笑みを浮かべた。
「優くんが落ち着いてから、ね?」
隆晴に抱きつくようにもたれ掛かったままの優斗の顔を上向かせ、チュッと唇に触れるだけのキスをした。
変になったら困るものね、と言いながら、そんな事になったら直柾も困ってしまう。冷静なふりにも限界があるのだ。
「っ……落ち着かないです」
優斗は手のひらで口元を覆い、視線を伏せた。
これからは髪や頬だけでなく、こうして唇にもキスをされるようになるのかと気付いてしまい……落ち着くわけがない。
嫌ではないが、キス自体も今日が初めてで……。
いや、この歳でファーストキスというのもどうかと思うが、今までそんな余裕も機会もなかったのだから仕方ないだろう。誰ともなく心の中で言い訳をした。
それより、そのキスの相手がこんなに贅沢で良いのだろうか。
チラリを隆晴を見上げると、啄むようなキスをされる。違う。そうじゃない。
「このまま連れ帰りたいけど、君は家に入れたくないしなぁ……」
直柾がぼやくように言った。そして隆晴へとチラリと視線を向け、ふう、と溜め息をつく。
「俺としても優斗の最初がアンタの家なんて嫌ですよ」
苦虫を噛み潰したような顔をして、ふと真顔になる。
「自分が先に、とかしないんですね」
「それはさすがに卑怯かなと思ってね。今更でもあるし、何より優くんが気に病みそう」
「まあ、俺もそう思います」
今後の事はともかく、キスと“それ”の最初は三人一緒が良いだろう。後々優斗が気にしそうだから。
「また日を改めて、かな」
「ですね」
そんな会話をする二人。優斗は今回は勘違いをせず、正しく理解した。
「あの、大丈夫です。俺、ちゃんと心の準備も出来てるので」
出来ているというか、今出来た。
優斗が体を起こすと、直柾と隆晴は顔を見合わせ複雑な顔をした。
「優くん、今日は疲れてるでしょう?」
「大丈夫です」
と言っても直柾は首を縦に振らない。
「また今度にしようね。きっと、とても体力を使うから。ね?」
よしよし、と頭を撫でる。
大丈夫です、ともう一度言おうとして、ハッとして口を噤んだ。
体力。
つまり、二人と同時に、だから。
「…………そ、うですね……」
使う体力も二倍、という事。
今更だが、こんな顔も声も体格も筋肉も良すぎる二人とだなんて、生きて帰れるだろうか。
いや、でも、心の準備は出来て……うん、まだ猶予が出来たわけだから何とか……。
悶々と悩む優斗を“可愛いな”と見つめる隆晴と、真剣にスマホを見据える直柾。
「優くん、明後日はお休み?」
「え? はい」
「じゃあ、明日の夕方、迎えに来てもいいかな。俺の気に入ってるホテルがあるんだ。そこで夕飯を食べて、一緒に泊まろう?」
「え……、は……はい……」
コクリと頷いた。
明後日。こんなにすぐだとは思わなかった。
直柾が隆晴を見ると、大丈夫だと頷く。そこで直柾は一度リビングから出て行った。
「優斗」
「っ! はい!」
「お前、緊張しすぎ」
「うっ、だって、仕方ないじゃないですか」
口を尖らせる優斗に、隆晴は小さく笑う。
「やめたくなってねぇか?」
「え?」
「恋人」
「ならないですよ?」
「そっか。ありがとな」
「いえ、俺の方こそ」
優斗は首を傾げる。何があったわけでもないのに、やめたいなど思う筈がない。
隆晴の問う意味が分からずキョトンとしていると、強い腕に引き寄せられギュウッと抱き締められた。
「後悔はさせねぇから」
「っ……はい。えっと、俺も、頑張ります」
恋人で良かったと思われるように。
愛想を尽かされないように。
優斗からも抱きつくと、触れた背からトクトクと鼓動が伝わってくる。いつもより少し、速い。
それが自分の所為かもと思うと嬉しくて、スリ……と頬を擦り寄せてみた。
隆晴の背がピクリと震え、ますます抱きすくめられて……そこでガチャリとドアが開いた。
「……この雰囲気、何かな?」
入ってきた直柾は、眉を寄せた。
少し離れただけでこんな甘ったるい雰囲気。押し倒すなり何なりしていた方が堂々と割って入れたのに。
もしかして優斗は隆晴の方が好きなのかと、そう口にしてしまいそうで、ドアの前で立ち止まったまま二人を見つめる。
――捨てられた犬みたい……。
優斗には垂れた犬耳の幻覚が見えた。こうなってしまえばもう可愛いしかない。
「ただ話してただけですよ。えっと、直柾さんもどうぞ」
隆晴から離れ、直柾に両手を広げて笑ってみせた。
「優くんっ」
パッと顔を輝かせ、優斗に飛び付くように抱きつく。腕いっぱいに抱き締め頬を擦り寄せる直柾は、やはり優斗にはとても可愛く見えた。
あまりにもチョロい。直柾も。優斗も。
隆晴は二人を見つめ、そっと溜め息をついた。この二人、意外と似た者同士かもしれない。
「そうだ。ホテル、予約したよ」
「えっ、もうですかっ?」
「部屋がなくなる前にね」
直柾は爽やかに笑った。
隆晴の時もだったが、行動力が有りすぎる。
「ネットには載ってない部屋でね、一度優くんを連れて行きたいと思っていたんだ」
嬉しそうに笑う直柾の言葉で、優斗は察した。
大企業の御曹司で人気俳優様の御用達の部屋。絶対に自分には相応しくない部屋だ、と。
そんな場所、何もなくても緊張してしまう。どうしよう。申し訳ないが今回ばかりは部屋を変えて貰おう。
「ありがとうございます。楽しみです」
……とは、言えなかった。直柾があまりにワクワクした顔で見つめてくるから。
優斗が笑顔で答えると、直柾はますます嬉しそうな顔で優斗を抱き締めた。
「その次は俺が気に入ってるとこに連れてくわ」
ポンと優斗の頭を撫でる。
「今度は二人きりで、な?」
「ちょっと待って、それは許さないよ」
「明後日以降は自由ですよね」
「そんな事言ってない」
「え、ちょっ、喧嘩しないでくださいっ」
突然火花を散らし始める二人の間に慌てて割って入った。
恋人になって、変わったようで、変わらない。その事にホッとする。
ずっと一緒に、ずっと仲良くいられたら。それが一番の望みだから。
二人にギュウギュウと抱き締められながら、幸せだな……と二人の服をギュッと握った。
120
あなたにおすすめの小説
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる