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11. 怖がりって、本当に怖がりなんだよ
しおりを挟む梅雨の訪れと共に、じめじめとした嫌な空気もやってきた。こういう、湿ってて時々冷たい風が吹く時期って苦手なんだよね……。
あと、洗濯物も乾かないし、パンがカビるのも早いし。冷蔵庫に入れてるのにジャムがカビたし。明日スーパーに行って小さめのジャムを買おう。この時期は大きめだと食べきれない。
バイトが終わった零時近く。エレベーターを下りて部屋に向かっていたら、フッと周囲が暗くなった。
「!?」
思わずビクッとしたけど、電球が切れただけだ。きっとそうだ。
暗いといっても、外に面した廊下だ。都会だし、地元のように真っ暗じゃない。でも……繁華街みたいに明るくもなかった。
……大丈夫。薄暗いだけ。
もうすぐ部屋に着くから、鍵を出そう。きっとこの範囲内なら、聖凪さんの悪いものを寄せ付けないパワーがきてるはず。
「っ……!」
鍵が鍵穴に入らない。ガチガチと何度も当たって、焦りが増した。
でもほら、大丈夫! 聖凪さんから貰ったピアスもあるし! それに俺、実際に何か見たこともないからっ……ない、から……ううっ、ないけど怖いものは怖いんだーーっ!
「聖凪さぁぁぁん!!」
やっと鍵が開いて、靴を脱ぎ捨てて電気のついてるリビングに駆け込んだ。そのまま聖凪さんに飛びつく。
「えっ、どうしたっ?」
帰るなり叫んで抱きついた俺に、さすがに聖凪さんもびっくりしたみたいだ。それでも俺の背中をトントンと撫でて、宥めようとしてくれる。本当に聖凪さん優しい……好きがすぎる……。
「エレベーターのとこのライトが急に切れてっ、暗くて怖くてっ……」
半分泣き声みたいになってる俺の言葉を、聖凪さんは、うんうんと言いながら聞いてくれる。本当にお兄ちゃんみたいだ。
聖凪さんは俺を宥め続けてくれて、やっと落ち着いた俺は、腕の力を緩めた。でもまだ離れられない。
「明日の朝、出がけに大家さんに伝えとくよ」
「お手数おかけします……ありがとうございます……」
本当は俺が言わなくちゃいけないのに、つい甘えてしまう。
「いきなり抱きついてすみません……」
「別にいいよ。怖くなくても抱きついてくれていいし」
「それはさすがに」
「犬っぽくて可愛いなって」
「犬!」
「体温もそれっぽいから癒される」
今度は聖凪さんから抱き締められて、心底驚いた。
考えたら俺から恐怖のあまり飛びつくことはあっても、聖凪さんからされたことはない。……まあ、聖凪さんはいつも平常心だし、怖いものがあるとも思えないんだよな。
「聖凪さんの癒しになれるのでしたらどうぞ」
「相変わらず面白いよね」
嫌がらないんだ、と笑う。嫌どころか日々のご迷惑のお詫びになるのでしたら喜んで! という気持ちだ。それに俺もこうして抱き締められるのはホッとする。
でも離れるタイミングが分からなくて、俺はちょっとだけ身じろぎしてみた。
「あの、お風呂入って来ます」
……と言ったものの、リビングを出る勇気が出ない。
さっき暗いところを通っただけなのに、極度の怖がりだからまだ無理だ。聖凪さんが俺を離しても、ジッとその場に座ったままになってしまう。
「着替え取りに部屋に行く? ついてくよ」
「すみません……」
聖凪さんに部屋の中までついて来て貰って、着替えを取り出した。そのまま脱衣所まで着いてきてくれる。
「一緒に入ろうか?」
「えっ! いえっ、大丈夫です!」
「そんな全力で否定しなくても、襲ったりしないって」
「え? あっ、いえっ、ご迷惑をかける心配をしてて……」
もう入ってるのに、二度もお風呂に入らせるのは申し訳ない。
「まったく意識されないのも悔しいな。襲っていい?」
「よくないです!」
グッと腰を抱き寄せられて、咄嗟に押し返した。その反応が正解だったみたいで、聖凪さんは満足そうに笑って俺を離した。
「冗談だよ。入っといで」
「聖凪さんが言うと、冗談に聞こえないんですよ……」
真顔で言うから、もう。
「じゃあ、すぐそこで動画観てるから。俺がいるから、大丈夫だよ」
そう言って俺の頭を撫でて、聖凪さんは脱衣所を出た。トン、と音がして、扉の外にいるのが分かる。
「……ありがとうございます」
どこまで親切で優しい人なんだろう。
こんなにお世話になってて、俺はこれから先、聖凪さん無しで生きてくことが出来るんだろうか……。
◇◇◇
……いや、出来ない。
翌週のある日、早速聖凪さん無しでは生きていけないことを実感した。
いや、先週、廊下の電球が切れた時から分かっていた。なんなら地元にいた頃から知っていた。
俺が怖いのは、幽霊だけじゃなかったんだ……。
「ひぃっ!!」
天を裂くような轟音を響かせて、雷が落ちた。多分、近くだ。
頭から布団をかぶって、イヤホンをして、ラテン系の明るい音楽を聴いているけど、雷の音とビリビリするような衝撃は消えない。
「ひっ……!」
次の雷が落ちた途端、煌々と付けていた部屋の明かりがすべて消えた。
「えっ……停電っ……?」
そっと布団から目元だけを出す。辺りは真っ暗だった。
その時、カタリ、と音がした。
「!?」
……違う、気がしただけだ。イヤホンをしてるから、小さな音は聞こえない。雷ほどの大きな音じゃないと聞こえないはずだ。
でも、何かが近づいて来る気がする。
……違う、何もいない。だって聖凪さんは、友達との飲み会で遅くなると言っていた。
聖凪さん……傘持って行ってるかな?
こんな大雨だし、さすがにタクシー使うかな?
自然とそんな心配をしていると、ふわっ……と布団が持ち上がった。
「――ッ!!」
声にならない悲鳴を上げて、必死に布団を掴む。どうして布団が? 風なんて吹かない。そもそもが布団を持ち上げるほどの風って何だよ。
トン、と体に何かが当たる。いや、きっと気のせいだ。でもベッドのそばには何かが落ちてくるような棚もない。
「ひっ……」
思わず悲鳴を上げると、トントン、と動きが変わった。まるで、俺を宥めるような……宥める?
イヤホンを外して、そっと布団から目元だけを出す。辺りは暗いけど、白いライトが見えた。
「明良、俺だよ」
「っ……せな、さん……?」
「出ておいで」
持っていた光るものをベッド横のローテーブルに置いて、俺に向かって手を広げた。
「聖凪さんっ……」
たまらずに飛びついた。聖凪さんは俺を抱きとめて、ぎゅっと抱き締めてくれた。そしてまたトントンと背中を叩いてくれる。
「ブレーカーは落ちてないから、停電みたい。前にもあったけど、長くても一時間くらいで復旧したよ」
「そうなんですね……」
体温に触れて落ち着いた俺を、聖凪さんはベッドに座らせてくれた。聖凪さんもベッドの縁に座って、手を繋いでくれる。
ふと見ると、さっき聖凪さんが持っていた白いものは、懐中電灯だったらしい。そういえば、停電に備えて部屋とリビングと玄関に置いていると言っていた。停電が長引くとスマホのライトだけだと困るからと。
俺も貰って棚に置いてたのに、あまりの恐怖にそのことを忘れていた。
復旧したら、ベッドの傍に置こう。……ベッドにいても布団に飛び込んでしまったから、枕の下に入れてた方がいいかもしれない。
飲み会のはずなのに、聖凪さんからはお酒のにおいがしない。もしかして、雨の予報だったから、いつでも帰れるように飲まないでいてくれたのかな……さすがに自意識過剰過ぎるかもしれないけど、そうじゃないかと思えた。
でも、ごめんなさいも、ありがとうも、聖凪さんに気を遣わせてしまう気がする。
聖凪さんは、好きで世話を焼いてるからと言ってくれている。もしかしたら、ただ素直に頼った方がいいのかもしれない。だから、聖凪さんにぎゅっと抱きついた。
「こんなに暗いのに、聖凪さんがいると怖くないです」
「それは良かったよ」
聖凪さんは俺の頭を撫でて、嬉しそうな声を出した。
お兄さんがいるとは聞いてたけど、弟か妹が欲しかったのかな? それとも、前に言ってたみたいに犬かな?
どっちにしろ、聖凪さんは可愛がるのが好きな性格みたいだ。もう一緒に住んで三ヶ月も経つのに、気づかなかった。
「母鳥に包まれる、雛みたい……」
抱きついてるとぽかぽかして温かくて、なんだかふわふわする。
母鳥……聖凪さんは、母鳥みたいだ。
だから雛の俺は、聖凪さんの後をついて回る。
だって、聖凪さんのそばは、絶対的に安全な場所だから。
聖凪さんがいないと駄目でも仕方ないんだ。
「せな、さん……」
どこか遠くで、小さく笑う声が聞こえる。髪を撫でられる感覚がして、おやすみ、と優しい声がした。
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