子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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エピローグ 極悪上司ととうこ~京塚side

1.透子との出会い

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「んでよぅ。
寝るか、普通?
ここで」

膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てている、彼女の頬をつつく。

「ふにゃぁ……」

寝返りを打った彼女が、上を向いた。
本当に幸せそうな顔で寝ていて、見ているこっちすら温かくなってくる。

「まあ、今日は疲れただろうしな……」

ゆっくりと髪を撫でてやったら、彼女が小さくふふっと笑う。
そういうのがたまらなく――愛おしい。
でもアイツは、こんな俺を許してくれるんだろうか。



アイツ――妻の透子と出会ったのは、大学生のときだった。

「そんないつも眉間に深ーい皺を刻んでて疲れないの、君は」

ゼミで俺の隣に座り、眉間をつついてきたのが透子だった。

「あ゛?
俺は別に、好き好んで……」

「知ってるけどさ。
ほら、ちょっとは笑ってみなさいよ?
そしたら楽しいことだって」

「おいこら、ヤメロ!」

むにっ、と両手で俺の頬を摘まみ、彼女は無理矢理、上げた。

「うんうん。
笑った方が可愛いぞ」

満足げに笑い、彼女が手を離す。
その笑顔に――心臓が大きく、どくんと鼓動した。

「……バカか。
俺が笑ったって、なんの得にもならん」

赤くなっているであろう顔を見られてなくて逸らす。
なのに。

「えー。
私は君が笑っているところが見られたら、凄く嬉しいけどな。
それだけじゃダメなの?」

頬杖をついて彼女は、ニヤニヤと俺を見ている。

――変な奴。

それが、彼女に対して持った、俺の第一印象だった。



それからも透子は、俺にかまい続けた。

「大介ー!」

遠くで俺を見つけた透子が、手を振りながら駆けてくる。
それだけで周りの人間は引いていたが、さらに。

「ついでに図書館の本、返しておいてよ」

容赦なく、俺に渡される数冊の本。
途端に周囲がざわついた。
でも彼女は、全く気にしていない。

「じゃあ、頼んだわねー」

いいともなんとも言っていないのに、透子はまた手を振りながら走り去っていった。

「……元気な奴」

ふふっ、とつい、口をついて笑いが漏れる。

「なんなんですかね、あの人。
京塚さんにこんなこと」

その男だけじゃなく、ほとんどが不快そうに眉を寄せ、透子が駆けていった方向を見た。
それがなぜか、癇に障る。

「いんだよ、別に」

そいつらを振り切るように、勢いよく歩きだす。

「あの、どちらへ!?」

「あ゛?
図書館に決まってんだろーが」

追ってくる声を無視して、先へと進む。
俺の周りには常に人がいたが、名前を覚えている奴すらひとりもいない。

それだけ――興味がないから。

アイツらは俺が、京塚製薬の御曹司ってだけの理由で、周りに群がっていた。
だから、興味がない。
どうでもいい。
俺が興味があるのは――透子、ただひとり。

京塚製薬グループCEOのひとり息子である俺は、父の、祖父の期待を一身に背負って生きていた。
それを重荷に思ったことはないが、その道でしか生きていけない自分に諦めていた。

「なんで諦めなきゃいけないの?
世界はこんなに広くて、楽しいことがいっぱいなのに。
なんだって選び放題よ?」

透子は今日も、俺の隣に座って笑っている。

透子といると楽。
透子といると楽しい。

そんなことに気づき、次第に取り巻きの奴らを無視して、透子と一緒にいることが多くなった。

「とう……」

透子を見つけ、声をかけようとしたけれど、その前にいる男が見えて、止まる。

「じゃ、考えておいて」

俺に気づいたそいつはちらっとだけ見て、去っていった。

「……誰だよ、アイツ」

知っていた、明るくて可愛い透子を、周りのヤローが放っておかないこと。

「同じサークルの人」

すっ、と透子が目をそらし、腹の中でなにかが爆発した。

「……!」

瞬間、無理矢理、透子の唇に自分の唇を押しつけていた。
遠くではざわざわと人の気配がする。
けれどここはたったふたりの世界かのようにしん、と静まりかえり、荒い吐息だけが響く。

「……」

唇が離れ、少しの間、見つめあう。
と、透子がふっ、と僅かに唇を緩め、カッと顔が熱を持った。

「……取られるとでも、思ったの?」

「……思った。
透子を誰にも、渡したくねぇ」

こんな顔を見られたくなくて、視線を逸らす。

「じゃあ私も、大介を独占したいって思ってるから、おあいこね」

透子の腕が俺の首に回る。
そのまま抱き寄せ、今度は透子の方から唇が重なった。

その夜のことはきっと、忘れない。
互いに朝まで貪りあった、あの熱い夜のことは。
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