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エピローグ 極悪上司ととうこ~京塚side
2.透子との結婚
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大学を卒業した俺は、敷かれていたレールを放棄してやった。
「ま、まあ。
世間勉強だと思えば……」
そう言いながらも父の口端はピクピクと痙攣している。
「ありがとうございます」
あたまを下げながら、心の中ではあっかんべーしてやった。
父は数年自由にさせたのち、連れ戻して跡を継がせればいいと思っているようだが、そうはいくもんか。
就職したのは、また父が倒れそうな、小さなシステム開発の会社だった。
そこの社長も俺と同じように親の敷いたレールを蹴った御曹司で、その繋がりで知り合ったという経緯もある。
もっとも、仲介してくれた透子の口添えも大きいが。
「すっごい目付き悪いし、いっつも眉間に深ーい皺刻んで、『殺すぞ、ごらぁっ!』みたいな顔してるのに、中身はすっごくいい人なのよ」
けらけら透子は笑っていたが、……こいつの中で俺ってそういう奴なんだ、と少し、落ち込みもした。
でもそのおかげで、就職できた。
就職してすぐ、覚えることが多くてバタバタしているときに、父から見合いをしろと命令がきた。
数年の自由の代わりに結婚相手を決めろ、ということらしい。
自分の会社に有利になる、相手を。
しかしながら、俺は。
「これにサインしてくれ」
呼びだされたコーヒーショップで、目の前に置かれたそれを、透子がまじまじと見る。
「本気、なの?」
「こんなの、冗談で言う奴がいるのかよ。
いいからさっさと、サインしろ」
書くものが必要だったな、と透子の方へペンを滑らせた。
「私が断るとか考えなかったの?」
「は?
そんなの、考えるだけ無駄だろ」
「相変わらず面白いね、君は」
ケラケラと笑いながら、透子はそれ――婚姻届を埋めていく。
「ほい、できた」
記入が終わった書類を確認し、残っているコーヒーを一気に飲み干す。
「んじゃ、役所行くぞ」
「はいはい。
善は急げ、ですか」
笑いながら透子も立ち上がる。
その足で役所へ行って、婚姻届を提出した。
「結婚指環は近いうちに買いに行こう。
それで、ふたりで暮らす家を探さないとな。
透子の両親にも挨拶に行かないとな。
俺の親には会う必要がないから」
透子の手が指を絡め、俺の手を握ってくる。
「そうだねー。
君とならきっと、毎日退屈しないだろうから、楽しみだよ」
役所からふたり、歩いたあの時間はとても幸せなものだった。
見合いは、した。
が、はじまってすぐに透子が妻だと記載された戸籍を出したら、あっという間に両親は真っ青になった。
「……これは、どういうことですかね?」
かろうじて怒りを抑えているのが丸わかりの声を、相手の父親が絞り出す。
「えっ、あっ、これはなにかの間違いで……」
この期におよんでもなお、取り繕おうとする両親が、滑稽に見えた。
「間違いもなにも、正式な書類だけどな。
こんな愉快な公文書偽造とか誰がするかよ」
「大介!」
「大介さん!」
はん、と馬鹿にして笑ってやったら、両親の、ヒステリックな声が飛ぶ。
「こんな屈辱的なことは初めてです!
帰るぞ!」
相手は不快なのを隠さないまま、帰っていった。
「じゃあ、そういうことで」
用もなくなったので、俺も立ち上がる。
「貴様、なにを考えているんだ、いったい!?」
けれど逃がさないように立ち上がった父親に、胸ぐらを掴まれた。
「なにって?
俺はもう、あんたたちの道具じゃねぇってことだけど?
お父さん」
その手をぱっと振り払い、俺よりも低い位置にある父の顔を思いっきり冷たく見下ろしてやる。
父は初めて、俺に対して怯えた顔をしていた、が。
「か、勘当だ!
お前なんてもう、私の子供でもなんでもない!!」
負け犬の遠吠え、なのか、父が叫ぶ。
「ありがたいこって。
清々するわ」
顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている父と、憎しみの目で俺を睨みつける母を残して部屋を出た。
それからは両親とは、家とは一切、関わっていない。
「ま、まあ。
世間勉強だと思えば……」
そう言いながらも父の口端はピクピクと痙攣している。
「ありがとうございます」
あたまを下げながら、心の中ではあっかんべーしてやった。
父は数年自由にさせたのち、連れ戻して跡を継がせればいいと思っているようだが、そうはいくもんか。
就職したのは、また父が倒れそうな、小さなシステム開発の会社だった。
そこの社長も俺と同じように親の敷いたレールを蹴った御曹司で、その繋がりで知り合ったという経緯もある。
もっとも、仲介してくれた透子の口添えも大きいが。
「すっごい目付き悪いし、いっつも眉間に深ーい皺刻んで、『殺すぞ、ごらぁっ!』みたいな顔してるのに、中身はすっごくいい人なのよ」
けらけら透子は笑っていたが、……こいつの中で俺ってそういう奴なんだ、と少し、落ち込みもした。
でもそのおかげで、就職できた。
就職してすぐ、覚えることが多くてバタバタしているときに、父から見合いをしろと命令がきた。
数年の自由の代わりに結婚相手を決めろ、ということらしい。
自分の会社に有利になる、相手を。
しかしながら、俺は。
「これにサインしてくれ」
呼びだされたコーヒーショップで、目の前に置かれたそれを、透子がまじまじと見る。
「本気、なの?」
「こんなの、冗談で言う奴がいるのかよ。
いいからさっさと、サインしろ」
書くものが必要だったな、と透子の方へペンを滑らせた。
「私が断るとか考えなかったの?」
「は?
そんなの、考えるだけ無駄だろ」
「相変わらず面白いね、君は」
ケラケラと笑いながら、透子はそれ――婚姻届を埋めていく。
「ほい、できた」
記入が終わった書類を確認し、残っているコーヒーを一気に飲み干す。
「んじゃ、役所行くぞ」
「はいはい。
善は急げ、ですか」
笑いながら透子も立ち上がる。
その足で役所へ行って、婚姻届を提出した。
「結婚指環は近いうちに買いに行こう。
それで、ふたりで暮らす家を探さないとな。
透子の両親にも挨拶に行かないとな。
俺の親には会う必要がないから」
透子の手が指を絡め、俺の手を握ってくる。
「そうだねー。
君とならきっと、毎日退屈しないだろうから、楽しみだよ」
役所からふたり、歩いたあの時間はとても幸せなものだった。
見合いは、した。
が、はじまってすぐに透子が妻だと記載された戸籍を出したら、あっという間に両親は真っ青になった。
「……これは、どういうことですかね?」
かろうじて怒りを抑えているのが丸わかりの声を、相手の父親が絞り出す。
「えっ、あっ、これはなにかの間違いで……」
この期におよんでもなお、取り繕おうとする両親が、滑稽に見えた。
「間違いもなにも、正式な書類だけどな。
こんな愉快な公文書偽造とか誰がするかよ」
「大介!」
「大介さん!」
はん、と馬鹿にして笑ってやったら、両親の、ヒステリックな声が飛ぶ。
「こんな屈辱的なことは初めてです!
帰るぞ!」
相手は不快なのを隠さないまま、帰っていった。
「じゃあ、そういうことで」
用もなくなったので、俺も立ち上がる。
「貴様、なにを考えているんだ、いったい!?」
けれど逃がさないように立ち上がった父親に、胸ぐらを掴まれた。
「なにって?
俺はもう、あんたたちの道具じゃねぇってことだけど?
お父さん」
その手をぱっと振り払い、俺よりも低い位置にある父の顔を思いっきり冷たく見下ろしてやる。
父は初めて、俺に対して怯えた顔をしていた、が。
「か、勘当だ!
お前なんてもう、私の子供でもなんでもない!!」
負け犬の遠吠え、なのか、父が叫ぶ。
「ありがたいこって。
清々するわ」
顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている父と、憎しみの目で俺を睨みつける母を残して部屋を出た。
それからは両親とは、家とは一切、関わっていない。
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