契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第5話 これって軟禁?

2.朋香の日常

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「じゃあ、行ってくるよ」

「……いってらっしゃい」

ちゅっ、野々村が見ているというのに尚一郎は口付けしてくる。
朋香としては恥ずかしいのでやめて欲しいのだが、尚一郎はやめるつもりがないらしい。

はぁーっ、尚一郎が出て行って日課のため息を落とすと、背後に立っていた野々村にびくりと肩を跳ねさせてしまう。

「今日はお花のお稽古でございます」

「はい、すぐに行きます」

どきどき、どきどき。

早い心臓の鼓動。

気配を殺し、いつの間にか後ろに無表情で立っている野々村には、いつまでたっても慣れない。

 
今日はお花だが、お稽古ごとはその日によって違う。

お花、お茶、マナーに社交ダンス、押部家の歴史、なんてものまである。

尚一郎としては最小限、朋香が本邸で恥をかかない程度でいいと思っていたようだが、お願いして徹底的にやってもらうことにした。

別に恥をかきたくないとか、ましてや尚一郎のためではない。
このあいだの祖父母の態度が、腹に据えかねていたから。

非の打ち所がない押部の奥様を演じて、悔しがらせたい。
そのためにはどんな努力も惜しまないと誓う朋香だった。


 
お稽古は午前中のみで、昼食を食べたあとは自由時間だが……はっきりいって暇だ。

なにかすることがあればいいのだろうが、家事の一切は野々村をはじめ、使用人がやってしまう。

ちなみに、野々村と運転手兼雑用係の高橋、料理長の大村は住み込みで、あとは通いだ。

「連ドラの続き気になる……。
まんが読みたい……」

携帯は名義変更するときに買い換えた。
クレジットカードは解約。

有料アプリでドラマが追えることはわかっているが、契約を結んでいいのか、尚一郎に尋ねづらい。

「実家も一度、様子見に行きたい……」

ぼーっと見ているスクリーンの中では、少年が少女に淡い恋心を告白していた。

少しは暇つぶしにならないかと行った図書室、そこに並んでいたのはドイツ語の本と、お堅い文学小説の数々。
シアタールームに来てみると、今度は古典映画ばかりが並んでいた。

やることのない朋香は諦めて、比較的ましかと思える映画を見て時間を潰している。

「外出したい……。
これって体のいい軟禁だよね……」

先日、ガレージを覗いたら、出ている仕事用のアウディのほかに、このあいだ本邸に行ったときのベンツともう一台、ポルシェが停めてあった。
車を借りて出かけることも考えていたが、左ハンドルの、しかもあんな車を運転する勇気はない。

歩いて……とも考えなかった訳じゃないが、敷地の森を出るまでに徒歩で十五分、そこから街までさらに十五分と聞いて諦めた。

第一、朋香にはクレジットカードはおろか現金すら持たされてないのだ。

「尚一郎さんにお願いしてみるか……。
キスのひとつでもしたら、機嫌よく、うんって云ってくれないかな……」

……はぁーっ、朋香の悩みは尽きない。
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