32 / 129
第5話 これって軟禁?
3.お願い
しおりを挟む
夕食後、いつものように膝の上に座らされ、タブレットを見ている尚一郎を、ついちらちらと窺ってしまう。
「ん?
朋香、どうかしたのかい?」
タブレットを置くと、尚一郎がちゅっと額に口付けを落とした。
「あー、あのですね」
「ん?」
レンズの向こうの碧い瞳が、不思議そうに自分を見ている。
いままでの尚一郎からいって、お願いをして怒られることはないと思う。
……聞き入れられるかどうかは別だが。
「その、……外出したいです」
「いまからかい?
そうだな、夜のドライブもいいかもね。
の……」
「そうじゃなくて!」
野々村を呼びかけた尚一郎を慌てて止める。
「そうじゃなくて。
その……」
云い澱んでいる朋香に、尚一郎はなぜか楽しそうに、ふふっと笑った。
「なんだい?
朋香からのおねだりなんて初めてだからね。
なんでも聞いてあげるよ」
うっとりと目を細めた尚一郎が、くるくると朋香の毛先を弄ぶ。
心を落ち着けるように一度小さく深呼吸をすると、朋香は口を開いた。
「ひとりで外出したいです。
家の様子も見に行きたいですし、たまにはひとりでショッピングなんか行きたいです。
それで、あの……」
金の無心をするようで云いづらい。
契約婚とはいえ一応夫婦で、尚一郎に養われている立場としては、おかしくないことなのだが。
「すっかり失念していたよ!
そうだよね、家のことは気になるよね」
大げさに驚く尚一郎に、思わず身体がびくっと震えた。
「朋香専用の車を買おう。
あと、運転手と……そうだな、秘書、この場合は執事か?
僕がいない時間に朋香の世話を任せられる人間を雇わなくちゃね」
「えっと……」
なんだが、大変なことになってきたと思う。
車は申し訳ないが用意してもらおうとは思っていたが、運転手とか秘書とか。
朋香ひとりが里帰りしたりするだけで必要なんだろうか。
「その、運転はできますので、車だけ用意していただいたいたら」
「それじゃあ、支払いが困るだろ。
朋香にはお金を気にしないでなんでも買ってもらいたいし」
「は?」
待て待て待て。
よく考えろ。
これは、お財布はその、秘書なり執事なりが持つから、値段は気にしないでバンバン買い物していいということですか?
それはそれで、……困る。
尚一郎との経済観念の違いに、朋香は軽く頭痛がしてきた。
「あの。
たまには息抜きに、ひとりで出かけたいんです。
秘書とか運転手とかつけないで。
……ダメ、ですか?」
自分でもないわー、とは思うが、上目使いでわざとらしく目をうるうるさせ、胸元に拳に握った両手を揃えて見つめると、尚一郎は右手で口元を隠してふぃっと目を逸らした。
……もしかして、効いてる?
なら、もう一押し。
「……ダメ、なら仕方ないですね」
ふぅっ、小さく息を吐いて悲しそうに目を伏せてみせた……瞬間。
「朋香!」
「ぐえっ」
いきなり、尚一郎から内蔵が出るんじゃないかという勢いで抱きしめられた。
「ダメじゃないよ!
そうだよね、いままでとまるっきり違う生活だから、なかなか慣れないよね。
たまには息抜きしたいよね。
僕もここで暮らし始めた頃は同じだったらわかるよ。
気づかなくてごめんね」
「あの、えっと」
ちゅっ、ちゅっ、口付けの雨が顔中に落ち続ける。
いつもなら嫌がるところだが、今日は自由を勝ち取るために我慢我慢。
「いいよ、たまには遊びに行っておいで。
……どうせ携帯にGPS付けてあるから、どこにいるかなんてすぐにわかるし」
「え?」
「ごめんよ、朋香。
気づかなくてほんとにごめんね。
早速、車のカタログを取り寄せよう」
なんとなく不穏な言葉を聞いた気がするが、続く口付けにまた誤魔化されてしまった。
「ん?
朋香、どうかしたのかい?」
タブレットを置くと、尚一郎がちゅっと額に口付けを落とした。
「あー、あのですね」
「ん?」
レンズの向こうの碧い瞳が、不思議そうに自分を見ている。
いままでの尚一郎からいって、お願いをして怒られることはないと思う。
……聞き入れられるかどうかは別だが。
「その、……外出したいです」
「いまからかい?
そうだな、夜のドライブもいいかもね。
の……」
「そうじゃなくて!」
野々村を呼びかけた尚一郎を慌てて止める。
「そうじゃなくて。
その……」
云い澱んでいる朋香に、尚一郎はなぜか楽しそうに、ふふっと笑った。
「なんだい?
朋香からのおねだりなんて初めてだからね。
なんでも聞いてあげるよ」
うっとりと目を細めた尚一郎が、くるくると朋香の毛先を弄ぶ。
心を落ち着けるように一度小さく深呼吸をすると、朋香は口を開いた。
「ひとりで外出したいです。
家の様子も見に行きたいですし、たまにはひとりでショッピングなんか行きたいです。
それで、あの……」
金の無心をするようで云いづらい。
契約婚とはいえ一応夫婦で、尚一郎に養われている立場としては、おかしくないことなのだが。
「すっかり失念していたよ!
そうだよね、家のことは気になるよね」
大げさに驚く尚一郎に、思わず身体がびくっと震えた。
「朋香専用の車を買おう。
あと、運転手と……そうだな、秘書、この場合は執事か?
僕がいない時間に朋香の世話を任せられる人間を雇わなくちゃね」
「えっと……」
なんだが、大変なことになってきたと思う。
車は申し訳ないが用意してもらおうとは思っていたが、運転手とか秘書とか。
朋香ひとりが里帰りしたりするだけで必要なんだろうか。
「その、運転はできますので、車だけ用意していただいたいたら」
「それじゃあ、支払いが困るだろ。
朋香にはお金を気にしないでなんでも買ってもらいたいし」
「は?」
待て待て待て。
よく考えろ。
これは、お財布はその、秘書なり執事なりが持つから、値段は気にしないでバンバン買い物していいということですか?
それはそれで、……困る。
尚一郎との経済観念の違いに、朋香は軽く頭痛がしてきた。
「あの。
たまには息抜きに、ひとりで出かけたいんです。
秘書とか運転手とかつけないで。
……ダメ、ですか?」
自分でもないわー、とは思うが、上目使いでわざとらしく目をうるうるさせ、胸元に拳に握った両手を揃えて見つめると、尚一郎は右手で口元を隠してふぃっと目を逸らした。
……もしかして、効いてる?
なら、もう一押し。
「……ダメ、なら仕方ないですね」
ふぅっ、小さく息を吐いて悲しそうに目を伏せてみせた……瞬間。
「朋香!」
「ぐえっ」
いきなり、尚一郎から内蔵が出るんじゃないかという勢いで抱きしめられた。
「ダメじゃないよ!
そうだよね、いままでとまるっきり違う生活だから、なかなか慣れないよね。
たまには息抜きしたいよね。
僕もここで暮らし始めた頃は同じだったらわかるよ。
気づかなくてごめんね」
「あの、えっと」
ちゅっ、ちゅっ、口付けの雨が顔中に落ち続ける。
いつもなら嫌がるところだが、今日は自由を勝ち取るために我慢我慢。
「いいよ、たまには遊びに行っておいで。
……どうせ携帯にGPS付けてあるから、どこにいるかなんてすぐにわかるし」
「え?」
「ごめんよ、朋香。
気づかなくてほんとにごめんね。
早速、車のカタログを取り寄せよう」
なんとなく不穏な言葉を聞いた気がするが、続く口付けにまた誤魔化されてしまった。
11
あなたにおすすめの小説
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
思い出のチョコレートエッグ
ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。
慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。
秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。
主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。
* ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。
* 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。
* 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。
ワイルド・プロポーズ
藤谷 郁
恋愛
北見瑤子。もうすぐ30歳。
総合ショッピングセンター『ウイステリア』財務部経理課主任。
生真面目で細かくて、その上、女の魅力ゼロ。男いらずの独身主義者と噂される枯れ女に、ある日突然見合い話が舞い込んだ。
私は決して独身主義者ではない。ただ、怖いだけ――
見合い写真を開くと、理想どおりの男性が微笑んでいた。
ドキドキしながら、紳士で穏やかで優しそうな彼、嶺倉京史に会いに行くが…
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる