61 / 129
第9話 婚約者ってなんですか?
5.ひとりで帰って
しおりを挟む
……ここで騒いでいても近所迷惑だから、とりあえず中に入りなさい。
明夫にそう促されて家に入る。
茶の間でだらしない格好でテレビを観ていた洋太は、突然現れた朋香と尚一郎に慌てていた。
「メシは食ったのか」
「……」
ふて腐れて黙っている朋香に、明夫は苦笑いを浮かべた。
「寿司でも取るか」
「いえ、お義父さん、すぐにおいとましますので……!」
「腹が減ってるとまともな話もできないだろう?」
余裕たっぷりに笑う明夫に、尚一郎は浮かせた腰を元に戻した。
頼んだ寿司がくるまで、ずっと黙っていた。
明夫はなにも聞かないし、洋太はなにか云いたげにダイニングの椅子に座ってお茶をすすっている。
尚一郎もちらちらと朋香を窺うばかりでなにも云わない。
そのうち届いた寿司をもそもそと食べる。
支払いは尚一郎がすると云ったが、きっぱりと断られていた。
「それで。
離婚するとか云っていたが、なにがあった?」
お茶を飲んで一息つくと、明夫が口を開いた。
「……尚一郎さんの婚約者が訪ねてきた」
「だから。
元、だって。
婚約は解消した」
尚一郎も否定しているし、信じたかった。
でも、あの侑岐の傲慢な態度に、反発したくなる。
「朋香。
尚一郎君の立場だったら、婚約者くらい過去にいたって、不思議じゃないだろう?」
諭すように云われて、明夫も尚一郎の味方なのだと悟った。
たまにゴルフやなんかに誘われ、お義父さん、お義父さんと本当の父親のように慕う尚一郎を、明夫もいまでは本当の息子のように可愛がっているのは知っている。
明夫だけじゃない。
あんなに反発していた洋太ですら最近は、尚にぃなどと呼んで兄のように慕っているくらいだ。
「わかってるよ、それくらい。
でも尚一郎さん、私と結婚したんだから関係ない、って云ってくれなかった……」
俯いて見える膝の上に、水滴がぽたぽた落ちてくる。
過去に婚約者や恋人が何人いようと関係ない。
ただ、尚一郎に、いまは自分だけだときっぱり云って欲しかった。
そうすれば、自分の立場が揺らぐことはなかったのだ。
「それに、すぐ追ってきてくれなかった。
私の心配してくれたのはロッテだけ」
「だからこうやって迎えに」
「私は侑岐さんなんて放って、すぐに追いかけてきて欲しかったんです!」
泣く朋香に尚一郎はおろおろとしている。
ことの成り行きを見守っていた洋太は、つまらない夫婦喧嘩と判断したようで、さっさと自分の部屋に帰ってしまった。
「尚一郎君。
今日はとりあえず、帰ってくれないか」
「お騒がせして申し訳ありませんでした。
……帰ろう、朋香」
深々とあたまを下げ、朋香の手を取った尚一郎だったが、次の瞬間、固まってしまう。
「帰るのは君ひとりでだ」
「え?」
尚一郎も朋香も、思わずまじまじと明夫の顔を見ていた。
「確かに、朋香も子供っぽいヤキモチを妬いているんだと思う。
けれど、尚一郎君は朋香の立場をよく考えたのか?」
「それは……」
云いかけて、尚一郎はなにかに気付いたのか、はっとした顔をした。
明夫が静かに頷くとさっきまでとは違い、引き締まった表情で頷き返す。
「申し訳ありませんでした。
しばらく、朋香をお任せします。
よろしくお願いいたします」
尚一郎は深々と再びあたまを下げると、朋香の頬にふれようと出しかけた手をぐっと堪え、立ち上がった。
「十分反省してから迎えに来るから。
そのときは許して欲しい」
「……」
朋香はふて腐れて俯いたまま、目すら合わせない。
そんな朋香を責めることもなく、尚一郎は若園家をあとにした。
明夫にそう促されて家に入る。
茶の間でだらしない格好でテレビを観ていた洋太は、突然現れた朋香と尚一郎に慌てていた。
「メシは食ったのか」
「……」
ふて腐れて黙っている朋香に、明夫は苦笑いを浮かべた。
「寿司でも取るか」
「いえ、お義父さん、すぐにおいとましますので……!」
「腹が減ってるとまともな話もできないだろう?」
余裕たっぷりに笑う明夫に、尚一郎は浮かせた腰を元に戻した。
頼んだ寿司がくるまで、ずっと黙っていた。
明夫はなにも聞かないし、洋太はなにか云いたげにダイニングの椅子に座ってお茶をすすっている。
尚一郎もちらちらと朋香を窺うばかりでなにも云わない。
そのうち届いた寿司をもそもそと食べる。
支払いは尚一郎がすると云ったが、きっぱりと断られていた。
「それで。
離婚するとか云っていたが、なにがあった?」
お茶を飲んで一息つくと、明夫が口を開いた。
「……尚一郎さんの婚約者が訪ねてきた」
「だから。
元、だって。
婚約は解消した」
尚一郎も否定しているし、信じたかった。
でも、あの侑岐の傲慢な態度に、反発したくなる。
「朋香。
尚一郎君の立場だったら、婚約者くらい過去にいたって、不思議じゃないだろう?」
諭すように云われて、明夫も尚一郎の味方なのだと悟った。
たまにゴルフやなんかに誘われ、お義父さん、お義父さんと本当の父親のように慕う尚一郎を、明夫もいまでは本当の息子のように可愛がっているのは知っている。
明夫だけじゃない。
あんなに反発していた洋太ですら最近は、尚にぃなどと呼んで兄のように慕っているくらいだ。
「わかってるよ、それくらい。
でも尚一郎さん、私と結婚したんだから関係ない、って云ってくれなかった……」
俯いて見える膝の上に、水滴がぽたぽた落ちてくる。
過去に婚約者や恋人が何人いようと関係ない。
ただ、尚一郎に、いまは自分だけだときっぱり云って欲しかった。
そうすれば、自分の立場が揺らぐことはなかったのだ。
「それに、すぐ追ってきてくれなかった。
私の心配してくれたのはロッテだけ」
「だからこうやって迎えに」
「私は侑岐さんなんて放って、すぐに追いかけてきて欲しかったんです!」
泣く朋香に尚一郎はおろおろとしている。
ことの成り行きを見守っていた洋太は、つまらない夫婦喧嘩と判断したようで、さっさと自分の部屋に帰ってしまった。
「尚一郎君。
今日はとりあえず、帰ってくれないか」
「お騒がせして申し訳ありませんでした。
……帰ろう、朋香」
深々とあたまを下げ、朋香の手を取った尚一郎だったが、次の瞬間、固まってしまう。
「帰るのは君ひとりでだ」
「え?」
尚一郎も朋香も、思わずまじまじと明夫の顔を見ていた。
「確かに、朋香も子供っぽいヤキモチを妬いているんだと思う。
けれど、尚一郎君は朋香の立場をよく考えたのか?」
「それは……」
云いかけて、尚一郎はなにかに気付いたのか、はっとした顔をした。
明夫が静かに頷くとさっきまでとは違い、引き締まった表情で頷き返す。
「申し訳ありませんでした。
しばらく、朋香をお任せします。
よろしくお願いいたします」
尚一郎は深々と再びあたまを下げると、朋香の頬にふれようと出しかけた手をぐっと堪え、立ち上がった。
「十分反省してから迎えに来るから。
そのときは許して欲しい」
「……」
朋香はふて腐れて俯いたまま、目すら合わせない。
そんな朋香を責めることもなく、尚一郎は若園家をあとにした。
1
あなたにおすすめの小説
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。
ねーさん
恋愛
「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。
卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。
親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって───
〈注〉
このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった
九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる