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第9話 婚約者ってなんですか?
4.実家に帰らせていただきます
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飛び出したもののどこに行っていいのかわからない。
外に向かう道をとぼとぼ歩いていると、後ろに気配を感じた。
「尚一郎さん!?」
追ってきてくれたのかと期待して振り返ったのに、そこには誰もいない。
「くーん」
小さな鳴き声がして、さらには手に湿った鼻を押しつけられて視線を落とすと、尻尾を力なく振っているロッテがいた。
「ロッテは私を、心配してくれるんだ」
「くーん」
慰めるようにスリスリとあたまを擦り付けられると、ぽろりと涙が落ちた。
「尚一郎さんなんてだいっきらい」
言葉とは裏腹に、涙はぽろぽろ落ちていく。
声を殺してロッテに抱きついて泣いた。
「さて。
これからどうしようか、ロッテ」
「ワン!」
「あっ、くすぐったいって!」
涙を拭うかのようにロッテにぺろぺろと顔を舐められると、少しだけ元気が出た気がした。
ロッテをお供に一本道を屋敷の外へと向かって歩く。
監視カメラの場所も通ったので朋香が敷地外に出たのはわかっているはずなのに、やはり尚一郎は追ってこない。
一般道に出ると、朋香はロッテの前にしゃがみ込んだ。
「ロッテ。
ここまで着いてきてくれてありがとう。
一緒に来て欲しいけど、無理だから。
おうちに帰ってくれる?」
「ワフ?」
なに云ってんの、私はずっと朋香について行くわ、そんな顔でロッテに見られて、思わずぎゅっと抱きついていた。
「ロッテ、ほんとにありがとう。
ロッテだけは私の味方だね。
でも、私は大丈夫だから、おうちに帰って?」
そっと、屋敷の方へロッテを押すと、不安そうに振り返られた。
「大丈夫だから。
ありがとう」
「くーん」
二、三歩進むとまた、振り返って小さく鳴く。
笑顔を作って手を振ると、まだしぶしぶのようではあったが、ロッテは屋敷の方へと戻っていった。
……さて。
ロッテが見えなくなると、ばしんと一回、両手で頬を叩いて気合いを入れる。
……とりあえず、いま、自分にできることをしよう。
さらに歩いて大通りまで出る。
毎日、ロッテと三十分の散歩をこなしているので、難しいことではなかった。
大通りではタクシーを拾った。
無一文でカードすら持ち合わせてないが、行き先は実家。
着いて事情を話せば、明夫が払ってくれるはず。
これからの方針がとりあえず決まってほっと息をつくと、気が緩んだのかまた涙が出てきそうになって慌てて目尻を拭う。
朋香が雪也と浮気したときはあんなに怒っていたのに、自分は婚約者にデレデレして。
結局、自分との結婚はやはりただの契約結婚でしかないのだろうか。
最近、尚一郎を本気で好きになり始めていただけに、ショックは大きい。
実家の前まで来ると、見慣れたベンツが停まっている。
先回りされることを予想してなかったわけではないが、むっとした。
タクシーを停めると同時にベンツから尚一郎が降りてくる。
どうしようか迷っていると、コンコンと窓ガラスを叩かれた。
「朋香。
僕が悪かったから。
降りてきて」
「……嫌です」
「とーもーかー」
はぁっ、あきれたように小さくため息を落とされると、ますます意固地になった。
悪いのは尚一郎で自分ではないはずだ。
「お客さん、降りるんですか、降りないんですか」
迷惑そうなタクシードライバーになにも返すことができなくて黙っていると、尚一郎は運転席に回って窓を開けさせた。
「運賃はいくらかい?
僕が払うから」
告げられた運賃プラスアルファを渡し、尚一郎が領収書を受け取ると、後部座席のドアが自動で開けられた。
「ほら。
朋香、降りておいで」
「……やだ」
はぁっ、再びため息を落とした尚一郎は後部座席に乗り込むと、無理矢理、朋香を引きずり降ろして肩の上に担いでしまう。
「やだ!
降ろして、降ろしてって!
絶対に帰らないんだから!」
手足をばたつかせて暴れてみたところで尚一郎は全く堪えてない。
犯罪を心配してか、心配そうに見ていたタクシードライバーと目が合うと、尚一郎はぱちんとウィンクした。
「ちょっと妻と喧嘩中でね」
それだけでタクシードライバーは納得したのか、ばたんとドアを閉めると去って行ってしまった。
「降ろして!
帰らない!
もう離婚するんだから!」
「はいはい、帰ってからゆっくり話をしよう」
「なんの騒ぎだ?
え?
朋香と、……尚一郎君?」
とうとう、家の中から明夫が出てきた。
そりゃ、表でこれだけ騒いでいれば気付くだろう。
「お義父さん、お久しぶりです」
暴れる朋香を肩に担ぎ上げたまま、尚一郎はばつが悪そうに笑った。
外に向かう道をとぼとぼ歩いていると、後ろに気配を感じた。
「尚一郎さん!?」
追ってきてくれたのかと期待して振り返ったのに、そこには誰もいない。
「くーん」
小さな鳴き声がして、さらには手に湿った鼻を押しつけられて視線を落とすと、尻尾を力なく振っているロッテがいた。
「ロッテは私を、心配してくれるんだ」
「くーん」
慰めるようにスリスリとあたまを擦り付けられると、ぽろりと涙が落ちた。
「尚一郎さんなんてだいっきらい」
言葉とは裏腹に、涙はぽろぽろ落ちていく。
声を殺してロッテに抱きついて泣いた。
「さて。
これからどうしようか、ロッテ」
「ワン!」
「あっ、くすぐったいって!」
涙を拭うかのようにロッテにぺろぺろと顔を舐められると、少しだけ元気が出た気がした。
ロッテをお供に一本道を屋敷の外へと向かって歩く。
監視カメラの場所も通ったので朋香が敷地外に出たのはわかっているはずなのに、やはり尚一郎は追ってこない。
一般道に出ると、朋香はロッテの前にしゃがみ込んだ。
「ロッテ。
ここまで着いてきてくれてありがとう。
一緒に来て欲しいけど、無理だから。
おうちに帰ってくれる?」
「ワフ?」
なに云ってんの、私はずっと朋香について行くわ、そんな顔でロッテに見られて、思わずぎゅっと抱きついていた。
「ロッテ、ほんとにありがとう。
ロッテだけは私の味方だね。
でも、私は大丈夫だから、おうちに帰って?」
そっと、屋敷の方へロッテを押すと、不安そうに振り返られた。
「大丈夫だから。
ありがとう」
「くーん」
二、三歩進むとまた、振り返って小さく鳴く。
笑顔を作って手を振ると、まだしぶしぶのようではあったが、ロッテは屋敷の方へと戻っていった。
……さて。
ロッテが見えなくなると、ばしんと一回、両手で頬を叩いて気合いを入れる。
……とりあえず、いま、自分にできることをしよう。
さらに歩いて大通りまで出る。
毎日、ロッテと三十分の散歩をこなしているので、難しいことではなかった。
大通りではタクシーを拾った。
無一文でカードすら持ち合わせてないが、行き先は実家。
着いて事情を話せば、明夫が払ってくれるはず。
これからの方針がとりあえず決まってほっと息をつくと、気が緩んだのかまた涙が出てきそうになって慌てて目尻を拭う。
朋香が雪也と浮気したときはあんなに怒っていたのに、自分は婚約者にデレデレして。
結局、自分との結婚はやはりただの契約結婚でしかないのだろうか。
最近、尚一郎を本気で好きになり始めていただけに、ショックは大きい。
実家の前まで来ると、見慣れたベンツが停まっている。
先回りされることを予想してなかったわけではないが、むっとした。
タクシーを停めると同時にベンツから尚一郎が降りてくる。
どうしようか迷っていると、コンコンと窓ガラスを叩かれた。
「朋香。
僕が悪かったから。
降りてきて」
「……嫌です」
「とーもーかー」
はぁっ、あきれたように小さくため息を落とされると、ますます意固地になった。
悪いのは尚一郎で自分ではないはずだ。
「お客さん、降りるんですか、降りないんですか」
迷惑そうなタクシードライバーになにも返すことができなくて黙っていると、尚一郎は運転席に回って窓を開けさせた。
「運賃はいくらかい?
僕が払うから」
告げられた運賃プラスアルファを渡し、尚一郎が領収書を受け取ると、後部座席のドアが自動で開けられた。
「ほら。
朋香、降りておいで」
「……やだ」
はぁっ、再びため息を落とした尚一郎は後部座席に乗り込むと、無理矢理、朋香を引きずり降ろして肩の上に担いでしまう。
「やだ!
降ろして、降ろしてって!
絶対に帰らないんだから!」
手足をばたつかせて暴れてみたところで尚一郎は全く堪えてない。
犯罪を心配してか、心配そうに見ていたタクシードライバーと目が合うと、尚一郎はぱちんとウィンクした。
「ちょっと妻と喧嘩中でね」
それだけでタクシードライバーは納得したのか、ばたんとドアを閉めると去って行ってしまった。
「降ろして!
帰らない!
もう離婚するんだから!」
「はいはい、帰ってからゆっくり話をしよう」
「なんの騒ぎだ?
え?
朋香と、……尚一郎君?」
とうとう、家の中から明夫が出てきた。
そりゃ、表でこれだけ騒いでいれば気付くだろう。
「お義父さん、お久しぶりです」
暴れる朋香を肩に担ぎ上げたまま、尚一郎はばつが悪そうに笑った。
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