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第9話 婚約者ってなんですか?
5.ひとりで帰って
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……ここで騒いでいても近所迷惑だから、とりあえず中に入りなさい。
明夫にそう促されて家に入る。
茶の間でだらしない格好でテレビを観ていた洋太は、突然現れた朋香と尚一郎に慌てていた。
「メシは食ったのか」
「……」
ふて腐れて黙っている朋香に、明夫は苦笑いを浮かべた。
「寿司でも取るか」
「いえ、お義父さん、すぐにおいとましますので……!」
「腹が減ってるとまともな話もできないだろう?」
余裕たっぷりに笑う明夫に、尚一郎は浮かせた腰を元に戻した。
頼んだ寿司がくるまで、ずっと黙っていた。
明夫はなにも聞かないし、洋太はなにか云いたげにダイニングの椅子に座ってお茶をすすっている。
尚一郎もちらちらと朋香を窺うばかりでなにも云わない。
そのうち届いた寿司をもそもそと食べる。
支払いは尚一郎がすると云ったが、きっぱりと断られていた。
「それで。
離婚するとか云っていたが、なにがあった?」
お茶を飲んで一息つくと、明夫が口を開いた。
「……尚一郎さんの婚約者が訪ねてきた」
「だから。
元、だって。
婚約は解消した」
尚一郎も否定しているし、信じたかった。
でも、あの侑岐の傲慢な態度に、反発したくなる。
「朋香。
尚一郎君の立場だったら、婚約者くらい過去にいたって、不思議じゃないだろう?」
諭すように云われて、明夫も尚一郎の味方なのだと悟った。
たまにゴルフやなんかに誘われ、お義父さん、お義父さんと本当の父親のように慕う尚一郎を、明夫もいまでは本当の息子のように可愛がっているのは知っている。
明夫だけじゃない。
あんなに反発していた洋太ですら最近は、尚にぃなどと呼んで兄のように慕っているくらいだ。
「わかってるよ、それくらい。
でも尚一郎さん、私と結婚したんだから関係ない、って云ってくれなかった……」
俯いて見える膝の上に、水滴がぽたぽた落ちてくる。
過去に婚約者や恋人が何人いようと関係ない。
ただ、尚一郎に、いまは自分だけだときっぱり云って欲しかった。
そうすれば、自分の立場が揺らぐことはなかったのだ。
「それに、すぐ追ってきてくれなかった。
私の心配してくれたのはロッテだけ」
「だからこうやって迎えに」
「私は侑岐さんなんて放って、すぐに追いかけてきて欲しかったんです!」
泣く朋香に尚一郎はおろおろとしている。
ことの成り行きを見守っていた洋太は、つまらない夫婦喧嘩と判断したようで、さっさと自分の部屋に帰ってしまった。
「尚一郎君。
今日はとりあえず、帰ってくれないか」
「お騒がせして申し訳ありませんでした。
……帰ろう、朋香」
深々とあたまを下げ、朋香の手を取った尚一郎だったが、次の瞬間、固まってしまう。
「帰るのは君ひとりでだ」
「え?」
尚一郎も朋香も、思わずまじまじと明夫の顔を見ていた。
「確かに、朋香も子供っぽいヤキモチを妬いているんだと思う。
けれど、尚一郎君は朋香の立場をよく考えたのか?」
「それは……」
云いかけて、尚一郎はなにかに気付いたのか、はっとした顔をした。
明夫が静かに頷くとさっきまでとは違い、引き締まった表情で頷き返す。
「申し訳ありませんでした。
しばらく、朋香をお任せします。
よろしくお願いいたします」
尚一郎は深々と再びあたまを下げると、朋香の頬にふれようと出しかけた手をぐっと堪え、立ち上がった。
「十分反省してから迎えに来るから。
そのときは許して欲しい」
「……」
朋香はふて腐れて俯いたまま、目すら合わせない。
そんな朋香を責めることもなく、尚一郎は若園家をあとにした。
明夫にそう促されて家に入る。
茶の間でだらしない格好でテレビを観ていた洋太は、突然現れた朋香と尚一郎に慌てていた。
「メシは食ったのか」
「……」
ふて腐れて黙っている朋香に、明夫は苦笑いを浮かべた。
「寿司でも取るか」
「いえ、お義父さん、すぐにおいとましますので……!」
「腹が減ってるとまともな話もできないだろう?」
余裕たっぷりに笑う明夫に、尚一郎は浮かせた腰を元に戻した。
頼んだ寿司がくるまで、ずっと黙っていた。
明夫はなにも聞かないし、洋太はなにか云いたげにダイニングの椅子に座ってお茶をすすっている。
尚一郎もちらちらと朋香を窺うばかりでなにも云わない。
そのうち届いた寿司をもそもそと食べる。
支払いは尚一郎がすると云ったが、きっぱりと断られていた。
「それで。
離婚するとか云っていたが、なにがあった?」
お茶を飲んで一息つくと、明夫が口を開いた。
「……尚一郎さんの婚約者が訪ねてきた」
「だから。
元、だって。
婚約は解消した」
尚一郎も否定しているし、信じたかった。
でも、あの侑岐の傲慢な態度に、反発したくなる。
「朋香。
尚一郎君の立場だったら、婚約者くらい過去にいたって、不思議じゃないだろう?」
諭すように云われて、明夫も尚一郎の味方なのだと悟った。
たまにゴルフやなんかに誘われ、お義父さん、お義父さんと本当の父親のように慕う尚一郎を、明夫もいまでは本当の息子のように可愛がっているのは知っている。
明夫だけじゃない。
あんなに反発していた洋太ですら最近は、尚にぃなどと呼んで兄のように慕っているくらいだ。
「わかってるよ、それくらい。
でも尚一郎さん、私と結婚したんだから関係ない、って云ってくれなかった……」
俯いて見える膝の上に、水滴がぽたぽた落ちてくる。
過去に婚約者や恋人が何人いようと関係ない。
ただ、尚一郎に、いまは自分だけだときっぱり云って欲しかった。
そうすれば、自分の立場が揺らぐことはなかったのだ。
「それに、すぐ追ってきてくれなかった。
私の心配してくれたのはロッテだけ」
「だからこうやって迎えに」
「私は侑岐さんなんて放って、すぐに追いかけてきて欲しかったんです!」
泣く朋香に尚一郎はおろおろとしている。
ことの成り行きを見守っていた洋太は、つまらない夫婦喧嘩と判断したようで、さっさと自分の部屋に帰ってしまった。
「尚一郎君。
今日はとりあえず、帰ってくれないか」
「お騒がせして申し訳ありませんでした。
……帰ろう、朋香」
深々とあたまを下げ、朋香の手を取った尚一郎だったが、次の瞬間、固まってしまう。
「帰るのは君ひとりでだ」
「え?」
尚一郎も朋香も、思わずまじまじと明夫の顔を見ていた。
「確かに、朋香も子供っぽいヤキモチを妬いているんだと思う。
けれど、尚一郎君は朋香の立場をよく考えたのか?」
「それは……」
云いかけて、尚一郎はなにかに気付いたのか、はっとした顔をした。
明夫が静かに頷くとさっきまでとは違い、引き締まった表情で頷き返す。
「申し訳ありませんでした。
しばらく、朋香をお任せします。
よろしくお願いいたします」
尚一郎は深々と再びあたまを下げると、朋香の頬にふれようと出しかけた手をぐっと堪え、立ち上がった。
「十分反省してから迎えに来るから。
そのときは許して欲しい」
「……」
朋香はふて腐れて俯いたまま、目すら合わせない。
そんな朋香を責めることもなく、尚一郎は若園家をあとにした。
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