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第10話 私の帰る場所
1.信頼
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目覚めるとまだ夜明け前でため息が出そうになる。
ベッドに入ってもなんとなく落ち着かず、ぐっすり眠れなかった。
つい隣に……尚一郎を探してしまう。
なにも当たらず空振りした手に、何度目覚めたことだろう。
もう少し眠れないかと目を閉じてみる。
けれど結局眠れないまま起き出すと、台所で明夫が朝食を作っていた。
「眠れたか」
「あ、……うん」
なんとなく誤魔化すと、苦笑いで明夫は再び鍋に向かった。
自分の家のはずなのに、どことなく落ち着かない。
そういえば、明夫が料理をしているところなど、はじめて見る気がする。
「そのうちおまえはいなくなるんだとは思っていたが、まさかあんなに急だとは思ってもなかった。
工場の奥さん連中や、尚一郎君が寄越してくれた家政婦さんがいなかったら、酷い暮らしをしていただろうな」
「……うん」
きれいに片付けられた家の中。
週二回、尚一郎の依頼で来ている家政婦がきっと、片付けているのだろう。
冷蔵庫を開けると奥さん連中の差し入れなのか、タッパがいくつも入ってた。
「……おはよ」
朝食の準備ができる頃、シャツの下から手を突っ込んで、腹をボリボリ掻きながら洋太が起きてきた。
それが懐かしく感じ、ついつい苦笑いしてしまう。
「……おはよう」
ふぁーぁ、でかいあくびをしながら、洋太が洗面所に消えていく。
味噌汁をよそい始めた明夫に、慌てて箸を準備すると、変わらず以前の場所に入っていて、安心した。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
テーブルの上に並んだのは、味噌汁にご飯、それに目玉焼きとひじき。
ひじきは冷蔵庫のタッパから出していた。
「……美味しい」
「そうか」
味噌汁を飲むと、久しぶりの和食の朝食だからか身体にしみた。
食事がすむと、明夫も洋太も仕事に出かけていった。
ひとり取り残されてどうしていいのかわからない。
自分の部屋のベッドに寝ころぶと、妙に狭く感じる。
前はそんなふうに感じたことはなかった。
いつの間にか、尚一郎の屋敷での生活が、当たり前になっていた。
……私も云い過ぎだったよね。
一晩たつと、だいぶ冷静になった。
昨日はあたまに血が昇ってかっかしてたから、尚一郎が侑岐にまとわりつかれてでれでれしているように見えていたが、よく思い起こすとあきらかに尚一郎は困惑していた。
もしかしたらなにか事情があって、あまり強く云えないのかもしれない。
それに。
朋香が実家に帰ったと知れば、これ幸いと達之助が侑岐との結婚話を強引に進めてくるかもしれない。
そう気付くと、いてもたってもいられなくなってそわそわしていると、明夫が帰ってきていた。
「朋香、昼メシは……」
「お父さん、私、帰るから!
お金、貸して!」
焦る朋香に、明夫の口からはぁーっと大きなため息が落ちる。
「まあ落ち着け」
「……うん」
渋々、明夫に云われて茶の間に腰を下ろす。
台所でお茶を入れてくると、明夫がその前に座った。
「弁当買ってきたから、とりあえず食え。
朋香が好きなのり弁だ」
「……」
食べるともなんとも返事をしてないのに、明夫は割り箸を割って食べ始めるので、朋香も仕方なく箸を握る。
しばらくもそもそと食べていると、明夫が口を開いた。
「尚一郎君から連絡があった。
土曜日に迎えにくるそうだ」
土曜日といえば明後日。
悠長に待っていていいとは思えない。
「迎えに来てもらわなくても、これ食べたら帰るから」
「朋香」
箸を置くと明夫がじっと見つめてくる。
なんとなく怒られたような気がして、思わず座り直していた。
「尚一郎君が待っていて欲しいと云っているんだ。
信頼して待っていてやれ」
「……わかった」
……そうか、私は尚一郎さんを信頼してなかったんだ。
明夫の言葉に、自分の気持ちを気付かされた。
だから、侑岐にべたべたされる尚一郎を見て不安になった。
達之助に結婚の話を勝手に進められて、その通りにするんじゃないかなどと考えてしまった。
……これじゃ私、尚一郎さんの妻、失格だ。
ベッドに入ってもなんとなく落ち着かず、ぐっすり眠れなかった。
つい隣に……尚一郎を探してしまう。
なにも当たらず空振りした手に、何度目覚めたことだろう。
もう少し眠れないかと目を閉じてみる。
けれど結局眠れないまま起き出すと、台所で明夫が朝食を作っていた。
「眠れたか」
「あ、……うん」
なんとなく誤魔化すと、苦笑いで明夫は再び鍋に向かった。
自分の家のはずなのに、どことなく落ち着かない。
そういえば、明夫が料理をしているところなど、はじめて見る気がする。
「そのうちおまえはいなくなるんだとは思っていたが、まさかあんなに急だとは思ってもなかった。
工場の奥さん連中や、尚一郎君が寄越してくれた家政婦さんがいなかったら、酷い暮らしをしていただろうな」
「……うん」
きれいに片付けられた家の中。
週二回、尚一郎の依頼で来ている家政婦がきっと、片付けているのだろう。
冷蔵庫を開けると奥さん連中の差し入れなのか、タッパがいくつも入ってた。
「……おはよ」
朝食の準備ができる頃、シャツの下から手を突っ込んで、腹をボリボリ掻きながら洋太が起きてきた。
それが懐かしく感じ、ついつい苦笑いしてしまう。
「……おはよう」
ふぁーぁ、でかいあくびをしながら、洋太が洗面所に消えていく。
味噌汁をよそい始めた明夫に、慌てて箸を準備すると、変わらず以前の場所に入っていて、安心した。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
テーブルの上に並んだのは、味噌汁にご飯、それに目玉焼きとひじき。
ひじきは冷蔵庫のタッパから出していた。
「……美味しい」
「そうか」
味噌汁を飲むと、久しぶりの和食の朝食だからか身体にしみた。
食事がすむと、明夫も洋太も仕事に出かけていった。
ひとり取り残されてどうしていいのかわからない。
自分の部屋のベッドに寝ころぶと、妙に狭く感じる。
前はそんなふうに感じたことはなかった。
いつの間にか、尚一郎の屋敷での生活が、当たり前になっていた。
……私も云い過ぎだったよね。
一晩たつと、だいぶ冷静になった。
昨日はあたまに血が昇ってかっかしてたから、尚一郎が侑岐にまとわりつかれてでれでれしているように見えていたが、よく思い起こすとあきらかに尚一郎は困惑していた。
もしかしたらなにか事情があって、あまり強く云えないのかもしれない。
それに。
朋香が実家に帰ったと知れば、これ幸いと達之助が侑岐との結婚話を強引に進めてくるかもしれない。
そう気付くと、いてもたってもいられなくなってそわそわしていると、明夫が帰ってきていた。
「朋香、昼メシは……」
「お父さん、私、帰るから!
お金、貸して!」
焦る朋香に、明夫の口からはぁーっと大きなため息が落ちる。
「まあ落ち着け」
「……うん」
渋々、明夫に云われて茶の間に腰を下ろす。
台所でお茶を入れてくると、明夫がその前に座った。
「弁当買ってきたから、とりあえず食え。
朋香が好きなのり弁だ」
「……」
食べるともなんとも返事をしてないのに、明夫は割り箸を割って食べ始めるので、朋香も仕方なく箸を握る。
しばらくもそもそと食べていると、明夫が口を開いた。
「尚一郎君から連絡があった。
土曜日に迎えにくるそうだ」
土曜日といえば明後日。
悠長に待っていていいとは思えない。
「迎えに来てもらわなくても、これ食べたら帰るから」
「朋香」
箸を置くと明夫がじっと見つめてくる。
なんとなく怒られたような気がして、思わず座り直していた。
「尚一郎君が待っていて欲しいと云っているんだ。
信頼して待っていてやれ」
「……わかった」
……そうか、私は尚一郎さんを信頼してなかったんだ。
明夫の言葉に、自分の気持ちを気付かされた。
だから、侑岐にべたべたされる尚一郎を見て不安になった。
達之助に結婚の話を勝手に進められて、その通りにするんじゃないかなどと考えてしまった。
……これじゃ私、尚一郎さんの妻、失格だ。
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