契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第10話 私の帰る場所

2.母の記憶

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明夫が午後の仕事に戻ってから、家族のアルバムを広げてみた。
そこには、母の和子が幸せそうに笑っている。
和子が見ている先にいるのは、ほとんど明夫だ。

和子は本当に明夫のことが好きで、朋香と洋太の前でものろけていた。
あまりにのろけるものだから、一度聞いてみたことがある。

明夫が浮気するとか考えないのかって。

「そんな無駄なこと、考えたことない。
だってお父さんが愛してるのは、母さんだけだもの」

豪快に笑い飛ばす和子に、のろけもここまでくると凄いな、と高校生の朋香はは半ば呆れていた。

でも、いまならわかる。

和子はそんな考えすら思い浮かばないほど、明夫を信頼し、愛していたのだ。

「お母さんを見習わないとね」

スタートが契約結婚だっただけに、尚一郎を朋香が全面的に信頼できないのは仕方ないのかもしれない。
 
けれど、一緒に過ごすうちに、いろいろなことを知った。
優しいことも、本当は淋しがっていることも。
達之助から朋香を守ろうとしてくれていることも。

尚一郎が好きだ。
侑岐にべたべたされる尚一郎に、腹が立つほどに。

いつか。

……いつか、和子と明夫のような夫婦になりたい。

 
夜は、明夫が洋太とともに行きつけの焼鳥屋へ連れてきてくれた。

「押部の奥様じゃ、なかなかこういう店には来れないだろ」

苦笑いの明夫に苦笑いで返す。
すぐに出てきたビールで乾杯。

「最初は不安だったが、今回のことで安心した」

「え?」

ビールをゴクゴクと一気に半分まで開け、ぷはーと息を吐いた明夫に首を傾げてしまう。
夫婦喧嘩して実家に帰ってきているのに、安心したはないだろう。

「朋香は尚一郎君のところに“帰る”って云ってただろ?
行く、じゃなく」

「あ……」

確かに云った、帰ると。

「もう朋香にとって、尚一郎君のところが自分の居場所になってるんだなーって」

「そう、だね」

熱くなった顔を誤魔化すようにビールジョッキを口に運ぶ。

……そうか。
私にとって、もうあそこが自分の家なんだ。

 
久しぶりに食べる焼き鳥は美味しかった。

洋太と昔のように莫迦話をしながら、……ここに、尚一郎さんがいたら。

そんなことを朋香は考えていた。
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