契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第11話 Kaffee trinken

2.いつでも帰っておいで

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そのまま、明夫たちと待ち合わせのレストランに行った。
尚恭の誘いを断ったのは、先約があったからというのもある。

「先日はお騒がせして申し訳ありませんでした」

「いや、いいんだ、別に。
もうすっかり仲直りしたようだし」

「……うん」

苦笑いの明夫に、思わず左手薬指の指環を隠してしまう。
まるで、物に釣られたようで恥ずかしくなったからだ。
洋太は我関せずと、無言でメニューを睨んでいる。

「例の元婚約者の件は片付けましたし、朋香には改めて、永遠の愛を誓いましたから大丈夫です。
……ねえ、朋香」

「……うん」

レンズの奥の目を細め、うっとりと見つめられると頬に熱が一気に上がっていく。
すっかり俯いてしまった朋香に尚一郎が小さくふふっと笑って、さらに顔が熱くなった。

「あーもー、熱くてやってらんねー。
尚にぃ、シャンパン頼んでいい?」

「シャンパンでもワインでも。
なんでも好きな物を頼んでいいよ」

「やりぃ」

おかしそうに笑う尚一郎に大喜びで洋太は店員を呼んで注文を始めた。

「……尚一郎さん。
その、すみません、弟が」

……ちょっとは遠慮しなさいよ。

心の中で洋太に悪態をつきつつ、そっと尚一郎の袖を引いて見上げると、すぅーっと視線を逸らされた。

「別にいいよ。
僕は一人っ子だからね。
弟ができて嬉しいんだ。
……それから」

「それから?」

尚一郎の顔が寄ってくる。
朋香の耳元までくると、そっと囁かれた。
 
「そんな可愛い顔されたら、いますぐKuss(キス)したくなっちゃうんだけど」
ちゅっ、耳の先にふれて離れた尚一郎の唇に、一気に身体中を熱が駆け回った。

完全に俯いて黙ってしまった朋香に、尚一郎は楽しそうにくすくすと笑っている。

そんなふたりに昭夫は目のやり場に困って花瓶の花を見つめ、洋太はやってられないとシャンパンをあおった。
慣れないフランス料理に昭夫は四苦八苦していたようだが、それ以外は和やかに食事は終わった。

「いつでも帰ってきなさい。
ひとりででも、ふたりででも。
ただし、今回みたいに喧嘩して、後先考えず飛び出してくるのは勘弁してくれ」

「……はい」

困ったように笑う明夫に、穴があったら入りたい。
財布も携帯も持たず、考えないしに家を飛び出すなど。

今回は何事もなく実家に帰り着いたからよかったものの、もしなにかあったらと想像すると、怖い。

「俺は大歓迎。
だって、姉ちゃんのメシ、うまいもん」

「……洋太」

「ごめん」

明夫にたしなめられ、うなだれる洋太につい、朋香も尚一郎も笑っていた。

「今度はちゃんと、連絡して帰るから。
もちろん、おみやげもいっぱいでね」
笑ってタクシーで帰る明夫たちを見送り、帰途につく。

「でも、残念だったね。
本当は押部の家を出るから、お義父さんの工場で一緒に働きたいって云うつもりだったのに」

心底残念そうな尚一郎は、どこまでが冗談なのかわからない。

「……本当に残念だ」

淋しそうに呟く尚一郎の、手を握ってそっと肩に寄りかかった。

「大丈夫ですよ、きっと」

そう云ったものの、なにが大丈夫かなどわからない。
けれどいまは、ただそう云うことしかできなかった。
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