19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第2章 旅行は突然に

4. そう、決めてきたんだから

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食事は部屋食で、会席料理だった。
一品一品、コース料理のように運ばれてくる。

「やっとこれで、しばらくは暇になるな」

「そうですね」

年末の仕事の忙しさは堪えたが、私としてはなにも考えなくていいから都合がよかったけど。

「帰りが遅いとお前、大変だろ。
通勤に一時間以上かかるとかさ。
ほんと、襲われなくてよかったな」

心配そうに眼鏡の下の眉が寄る。

そういえば食事に行って遅くなった日は必ず、駅から家までのタクシー代を渡してくれた。

「ええまあ、なんとか。
かなり遅くなった日は父に駅まで迎えにきてもらいましたし」

「親御さんも心配だよな。
……そうだ、笹岡。
お前、引っ越ししろ」

「はい……?」

いい考えだとばかりにうんうんとひとり、頷いている片桐課長がなにを考えているのかさっぱりわからない。
どうして私が引っ越しするなどという結論が出てくる?

「会社の近くに引っ越せばいろいろ便利だろ。
うん、そうしろ」

「は、はぁ……」

なんとなーく嫌な予感がしながらグラスの梅酒を口に運ぶ。
ここの梅酒はさらっとしていて口当たりがよく、お酒なんて信じられないくらい飲みやすい。

「あ、すみません。
梅酒のお代わりいただけますか」

「飲み過ぎじゃないのか」

ちょうど料理を運んできた仲居に頼むと、また片桐課長が心配そうに眉を寄せた。

「そう、ですかね……?」

確かに飲み過ぎな気はする。
けれど少しでも酔ってこの後のことを忘れていたい。

食事の後片付けが終わって仲居が下り、ふたりっきりになる。
どくん、どくんと心臓は自己主張を続け、あたまの中はまとまらない考えがぐるぐると回る。

「こっちにこい」

「……はい」

ベッドに座る片桐課長にそろそろと近づく。

……片桐課長と付き合ってるんじゃないわけで。
そして私は片桐課長が好きってわけじゃなくて。
しかも片桐課長は好きな人がいるとかそういえば言っていたし。
どう考えてもまた同じことをしようとしているわけで。

一歩、一歩と進むごとにとりとめのない考えが浮かんでくる。

しかし、いまならまだ拒める、わかっているのに足は止まらない。

おそるおそる片桐課長の隣に腰を下ろす。
レンズの奥で熱を孕んだ瞳を、じっと見つめ返した。

「……笹岡」

聞いたことがない声で片桐課長が私を呼ぶ。
上質なチョコレートのように甘く滑らかなその声は耳に入ってくると、私をとろとろに溶かしてしまいそうだった。

そっと両手が私の顔を挟み、ゆっくりと傾きながら片桐課長の顔が近づいてくる。
眼鏡の向こうで閉じられた右目尻に並んだふたつの黒子が見える。

唇が重なって私もゆっくりと瞼を閉じた。
ちろりと唇を舐められたものの、身体は固まっている。
応えない私にれたのか……片桐課長の親指が顎にかかり、強引に唇を開かせた。
すぐにぬるりと熱いそれが入ってきて私を翻弄する。

ベッドの上に置かれた手はきつく布団を掴んでいた。

「俺は笹岡が」

片桐課長がなにか言っている。
けれど目の前がぐるぐる回って、彼が何重にも見えた。

「――、だ」

声はぐわんぐわんと私の中で反響して、なにを言っているのか聞こえない。
こうして私はみっともなく、酔いつぶれて寝てしまった――。



誰かが私の髪を撫でる。

「ちょっとからかってみただけなのに、関根にヤキモチ妬いてくれるとか、もう……」

ゆったりとしたその手の動きは酷く心地いい。

「でも来てくれたってことは、笹岡も俺が好きってことでいいんだよな」

そんなことあるわけないじゃないですが、反論したいのに声にならない。
そのまま極上の眠りへと落ちていった……。


「んー……」

目を開けると知らない天井だった。
「ここ、どこだっけ……」

時間を確認しようと枕元の携帯を探しながら、次第に記憶が戻ってくる。

「目、覚めたのか」

「ひゃぁっ!」

片桐課長の声でいっぺんに目が覚めた。
私が起きたのに気づいたからか、うつ伏せで読んでいた本をぱたんと閉じた。

「水、飲むだろ」

「……はい」

ベッドから出てペタペタと素足で片桐課長は歩いていく。
冷蔵庫からペットボトルの水を取りだし、戻ってくると私に渡してくれた。

「その。
……さっきはすみませんでした」

「いや。
ちょっと飲み過ぎだったな」


ふっと唇を緩ませて片桐課長が笑い、胸がきゅんと締め付けられる。
けれどそれを忘れるようにペットボトルを傾けた。

――ゴーン。

「除夜の鐘、ですか」

「ああ、近くに寺があるんだ」

窓辺に行った片桐課長の後を追う。
窓の外は積もった雪がガス灯に照らされて、とても幻想的だった。

「いまはこうやって笹岡とふたりっきりで年越しができるってだけで十分かな」

「え」

手を引っ張られたかと思ったら、いきなりぎゅっと抱きしめられていた。

「来年は――」

ぼそぼそと小さな声で呟かれた言葉はなにを言っているのか聞き取れない。


「片桐課長?
いま、なんて言ったんですか」

「ん?
あ、除夜の鐘が終わってるぞ。
もう年越したんじゃないか」

なんでもないかのように私から離れ、ベッドに行って携帯を手に戻ってくる。

「ほら、もう三分も過ぎてる。
あけましておめでとう、笹岡」

「……おめでとうございます」

なんだかごまかされた気がしますが……。
でもいつものことだし、聞いても教えてもらえないので忘れることにする。

「今年もよろしくな」

「……よろしくお願いします」

ニヤリと上がった片桐課長の口端に――悪い予感しかしなかった。
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