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第3章 同棲は突然に
1. 目覚ましは必要ない
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チロリロリン、携帯の通知音で目が覚める。
「あと五分……」
私の声が聞こえたかのように少ししてチロリロリンとまた、携帯が通知音を立てた。
「……起きますよ」
寝起きでぼーっとしたあたまで携帯を手に取ると、【おはよう】と笑っている眼鏡男子のスタンプがふたつ、並んでいる。
「おはようございます、……と」
もそもそと起き上がり、可愛いうさぎのスタンプを送り返す。
【二度寝すんなよ】
すぐに表示されたメッセージにむーっと唇を尖らせた。
「誰かさんが二度寝させてくれないじゃないですか」
んーっと思いっきり背伸びをしてベッドを出る。
携帯を買い替えてから、目覚ましは必要なくなった。
毎朝、片桐課長が起こしてくれるから。
旅行はあの後あれ以上のことはなく、つつがなく終了……はしなかった。
「ああそうだ。
お前、ついでに携帯買い替えろ」
「……はい?」
少し早くいつもの駅には帰り着いたものの、そのまま有無を言わさず家電量販店に連行された。
私の返事なんか待たずに売り場に行き、片桐課長は勝手に携帯を選んでいる。
「あの、いまの携帯で十分なので」
「不便なの、俺が」
……知りませんよ、そんなこと。
「やっぱりPiPhoneがいいか。
俺も使ってるし。
ついでに俺も新しいのに機種変するか」
桃マークのロゴのコーナーでぶつぶつ言っている片桐課長を、どうしていいのかわからなくてただ横に立って見ていた。
少しして店員と二言三言話して、一緒に片桐課長がどこかに行こうとしてもまだ、私はその場に立っていた。
「なにやってる。
手続きするぞ」
「あ、はい」
まだちょっと、自分の置かれている状況が理解できていない。
どうして携帯を買い替えることになって、それを片桐課長が選んでいるんだろう?
「色は何色がいい?」
「……じゃあゴールドで」
「わかった」
あとはひたすら、店員に言われるがままに書類を埋めていった。
片桐課長とは使っているキャリアが一緒で、機種変とプラン変更で済んだのが不幸中の幸い……と言えるかどうか。
こうして私は不本意ながら再びスマホを手にし、その日から片桐課長のNYAIN攻撃に遭っている。
こんなことになるならはっきりと、機種変なんてしないって言えばよかったとか後悔したってもう遅い。
電車の中でも通知音を切ってある携帯は断続的に震えている。
無視を決め込み、会社で制服に着替えた後、やっとメッセージを確認した。
【朝食なに食った?
俺はパンとコーヒー。
毎朝味噌汁作ってくれる、嫁が欲しい】
【今日、合同会議だっけ。奥川部長、すぐに昔話はじめるからまいるよな】
【あ、明日、予定ないしメシに行こう。
だったら会議、我慢できる】
【そろそろ俺も出る。
じゃあ会社で】
画像とスタンプいっぱいの画面は、ラブラブな恋人同士のようだが……私と片桐課長は付き合っていないのだ。
なのにスマホに変えた日から毎日毎日、これ。
あの人はもしかして、好きな人と私と送る相手を間違っていないだろうか。
少しだけ考えて、画面に指を走らせる。
フリック入力しろって言われているけど、どうしてもいままでの癖でキーを連打してしまう。
【食事の件、了解いたしました】
【会議は大変だと思いますが、頑張ってください】
フレーフレーと応援するうさぎのスタンプを貼り付けながら、私も結構、片桐課長に慣らされてきているなと、少し怖くなった。
メッセージを送り、既読になったかなんて確認しないでロッカーに放り込む。
職場に持ち込み禁止ではないが、手元に置いておくとしょっちゅう入ってくるNYAINが鬱陶しいから。
営業部に行くとすでに片桐課長は仕事をしていた。
眼鏡の奥から真剣にパソコンの画面を見つめているのは、こう、……格好いいとは思う。
私の視線に気づいたのか、目尻を少しだけ下げて片桐課長が笑った。
瞬間、ぱっと顔を逸らしてしまう。
いつも思うけど、あの顔は反則だ。
心臓は勝手に拍数を上げ、顔が熱を持つ。
――と同時に。
あの笑顔が私だけの物ものだったらいいのに、などと考えて胸がきゅーっと切なくなった。
翌日はいつものように、十九時に駅前待ち合わせ。
久しぶりにこうやって食事に行くのに、うきうきしている自分を慌てて否定する。
「笹岡!」
私を見つけた片桐課長が嬉しそうに笑う。
笑い返しながらもこの人はこんな顔で笑うのに、どうしてなにも言ってくれないのだろうと、胸の中にずんと重い鉛が詰まる。
「今日はどこに行くんですか?」
「着いてのお楽しみだな」
やっぱり片桐課長は自分のペースでどんどん歩いていく。
よくこれで女性から人気があるよね、……なんて考えてはダメですか?
今日はすき焼きのお店だった。
「俺はこっちの割り下使った奴じゃなくて、いわゆる関西式っていうかそっちの方が好きなんだが、笹岡はどうだ?」
「関西式は食べたことがないからわからないですね」
目の前で店員さんが作ってくれているのは関西式の方だ。
お肉を焼いて砂糖、醤油、酒と直接鍋に入れていく。
「そうか。
俺は福岡出身でこっちの方が馴染みがあるから、笹岡も好きになってくれるといいな」
「……はぁ」
この謎の食事会がいつまで続くのかわからない。
けれど私が片桐課長の好みにあわせる必要があるほど、長く続くとは思えなかった。
……きっと、またすき焼きとかないだろうし。
食べ頃になったお肉を玉子にくぐらせて口に運ぶ。
二度とこの味に出会えないんだと思うと、なぜか少し淋しくなった。
「あ、土曜日、出掛けるからな」
「ああそうですか」
急に箸を止め、思い出したかのように片桐課長は言った。
しかし、なんでそんなことをわざわざ報告されなきゃいけないのかわからない。
「昼前に迎えに行くから」
「……はい?」
行儀が悪いことだとはわかっているが、つい箸を咥えたまま片桐課長の顔を見てしまう。
「迎えにってどこに、誰を?」
「お前のうちにお前を迎えに」
……はぁーっ、と心の中で毎度のため息をついた。
また私の都合なんておかまいないしに、勝手に決定ですか。
もし用事があったりしたらどうするつもりだったんだろう。
「わかりました」
この人になにを言ったって無駄なのだ。
なら、素直に従っておく方が楽でいい。
「あと五分……」
私の声が聞こえたかのように少ししてチロリロリンとまた、携帯が通知音を立てた。
「……起きますよ」
寝起きでぼーっとしたあたまで携帯を手に取ると、【おはよう】と笑っている眼鏡男子のスタンプがふたつ、並んでいる。
「おはようございます、……と」
もそもそと起き上がり、可愛いうさぎのスタンプを送り返す。
【二度寝すんなよ】
すぐに表示されたメッセージにむーっと唇を尖らせた。
「誰かさんが二度寝させてくれないじゃないですか」
んーっと思いっきり背伸びをしてベッドを出る。
携帯を買い替えてから、目覚ましは必要なくなった。
毎朝、片桐課長が起こしてくれるから。
旅行はあの後あれ以上のことはなく、つつがなく終了……はしなかった。
「ああそうだ。
お前、ついでに携帯買い替えろ」
「……はい?」
少し早くいつもの駅には帰り着いたものの、そのまま有無を言わさず家電量販店に連行された。
私の返事なんか待たずに売り場に行き、片桐課長は勝手に携帯を選んでいる。
「あの、いまの携帯で十分なので」
「不便なの、俺が」
……知りませんよ、そんなこと。
「やっぱりPiPhoneがいいか。
俺も使ってるし。
ついでに俺も新しいのに機種変するか」
桃マークのロゴのコーナーでぶつぶつ言っている片桐課長を、どうしていいのかわからなくてただ横に立って見ていた。
少しして店員と二言三言話して、一緒に片桐課長がどこかに行こうとしてもまだ、私はその場に立っていた。
「なにやってる。
手続きするぞ」
「あ、はい」
まだちょっと、自分の置かれている状況が理解できていない。
どうして携帯を買い替えることになって、それを片桐課長が選んでいるんだろう?
「色は何色がいい?」
「……じゃあゴールドで」
「わかった」
あとはひたすら、店員に言われるがままに書類を埋めていった。
片桐課長とは使っているキャリアが一緒で、機種変とプラン変更で済んだのが不幸中の幸い……と言えるかどうか。
こうして私は不本意ながら再びスマホを手にし、その日から片桐課長のNYAIN攻撃に遭っている。
こんなことになるならはっきりと、機種変なんてしないって言えばよかったとか後悔したってもう遅い。
電車の中でも通知音を切ってある携帯は断続的に震えている。
無視を決め込み、会社で制服に着替えた後、やっとメッセージを確認した。
【朝食なに食った?
俺はパンとコーヒー。
毎朝味噌汁作ってくれる、嫁が欲しい】
【今日、合同会議だっけ。奥川部長、すぐに昔話はじめるからまいるよな】
【あ、明日、予定ないしメシに行こう。
だったら会議、我慢できる】
【そろそろ俺も出る。
じゃあ会社で】
画像とスタンプいっぱいの画面は、ラブラブな恋人同士のようだが……私と片桐課長は付き合っていないのだ。
なのにスマホに変えた日から毎日毎日、これ。
あの人はもしかして、好きな人と私と送る相手を間違っていないだろうか。
少しだけ考えて、画面に指を走らせる。
フリック入力しろって言われているけど、どうしてもいままでの癖でキーを連打してしまう。
【食事の件、了解いたしました】
【会議は大変だと思いますが、頑張ってください】
フレーフレーと応援するうさぎのスタンプを貼り付けながら、私も結構、片桐課長に慣らされてきているなと、少し怖くなった。
メッセージを送り、既読になったかなんて確認しないでロッカーに放り込む。
職場に持ち込み禁止ではないが、手元に置いておくとしょっちゅう入ってくるNYAINが鬱陶しいから。
営業部に行くとすでに片桐課長は仕事をしていた。
眼鏡の奥から真剣にパソコンの画面を見つめているのは、こう、……格好いいとは思う。
私の視線に気づいたのか、目尻を少しだけ下げて片桐課長が笑った。
瞬間、ぱっと顔を逸らしてしまう。
いつも思うけど、あの顔は反則だ。
心臓は勝手に拍数を上げ、顔が熱を持つ。
――と同時に。
あの笑顔が私だけの物ものだったらいいのに、などと考えて胸がきゅーっと切なくなった。
翌日はいつものように、十九時に駅前待ち合わせ。
久しぶりにこうやって食事に行くのに、うきうきしている自分を慌てて否定する。
「笹岡!」
私を見つけた片桐課長が嬉しそうに笑う。
笑い返しながらもこの人はこんな顔で笑うのに、どうしてなにも言ってくれないのだろうと、胸の中にずんと重い鉛が詰まる。
「今日はどこに行くんですか?」
「着いてのお楽しみだな」
やっぱり片桐課長は自分のペースでどんどん歩いていく。
よくこれで女性から人気があるよね、……なんて考えてはダメですか?
今日はすき焼きのお店だった。
「俺はこっちの割り下使った奴じゃなくて、いわゆる関西式っていうかそっちの方が好きなんだが、笹岡はどうだ?」
「関西式は食べたことがないからわからないですね」
目の前で店員さんが作ってくれているのは関西式の方だ。
お肉を焼いて砂糖、醤油、酒と直接鍋に入れていく。
「そうか。
俺は福岡出身でこっちの方が馴染みがあるから、笹岡も好きになってくれるといいな」
「……はぁ」
この謎の食事会がいつまで続くのかわからない。
けれど私が片桐課長の好みにあわせる必要があるほど、長く続くとは思えなかった。
……きっと、またすき焼きとかないだろうし。
食べ頃になったお肉を玉子にくぐらせて口に運ぶ。
二度とこの味に出会えないんだと思うと、なぜか少し淋しくなった。
「あ、土曜日、出掛けるからな」
「ああそうですか」
急に箸を止め、思い出したかのように片桐課長は言った。
しかし、なんでそんなことをわざわざ報告されなきゃいけないのかわからない。
「昼前に迎えに行くから」
「……はい?」
行儀が悪いことだとはわかっているが、つい箸を咥えたまま片桐課長の顔を見てしまう。
「迎えにってどこに、誰を?」
「お前のうちにお前を迎えに」
……はぁーっ、と心の中で毎度のため息をついた。
また私の都合なんておかまいないしに、勝手に決定ですか。
もし用事があったりしたらどうするつもりだったんだろう。
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