19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
22 / 37
第4章 公表は突然に

6. 本人だけがわかっていない

しおりを挟む
トレイを片付け、会社を連れ出された。
向かいのビルにある、コーヒーチェーン店に入る。

「なんにする?」

気づいたときにはレジ前で、慌てて目についた、期間限定紅茶のフラッペを頼んだ。

「悪かったな」

トレイの上には私の頼んだフラッペに、コーヒーとサンドイッチ。

「いえ……」

悪いのは片桐課長じゃない、川辺さんだ。
彼が詫びる必要はどこにもない。

――いや、一緒に食堂で昼食をとらせようとしたからああなったわけで、あるといえばあるか。

「ああいう面倒臭いのがいるから、迂闊に行動できないんだよな」

困ったように片桐課長は笑っているが、いままでもそれで困ったことがあったんだろうか。

「でもやっぱりこそこそするのは性にあわんし、これでよかったんだと思う。
笹岡にはしばらく、ああいう嫌な思いをさせると思うけど。
なんかあったらすぐに言え?
俺が黙らせてやるから」

「はぁ……」

黙らせるって、さっきのように?
それはただ、火に油を注ぐだけだ。

けれど言ったところで理解してもらえそうにない。
気が晴れたのか、片桐課長はガツガツとサンドイッチを食べている。
そんな彼を見ながら飲んだ、クリームたっぷりのフラッペは甘ったるく、さっきの川辺さんの声を思い出して胸焼けがしそうだった。


お昼休みが終わって会社に戻ると、さらに視線が痛かった。

「片桐課長。
笹岡さんと一緒に住んでるって本当ですか」

さりげなくコーヒーを出しながら妹尾さんは聞いているが……お昼の、社食での一件を聞いていないんだろうか。

「ああ、一緒に住んでるが。
それがなにか?」

片桐課長は完璧な笑みを浮かべていたが、完全に作り物のそれは反対に怖い。

「あ、いえ、なんでもないです……」

結局、妹尾さんはそれ以上なにも言えず、すごすごと引き下がっていった。
片桐課長がいる間はなにもなかったものの、外回りに出た途端。

「笹岡さん。
データ上の在庫と実物があわないの。
調べて」

「……はい」

妹尾さんから突きつけられた、分厚いファイル。
一品だけかと思ったら、ずらっと商品名が並んでいる。

「あの、いつまでに……」

「今日中」

「……はい」

じろっと睨まれ、なにも言い返せなかった。
そんな自分の性格が嫌になる。


「チョコソースは、と」

倉庫はひんやりとしていて、寒い。
慌ただしく働いている、倉庫勤務の人たちの邪魔にならないように、棚を確認して回る。

「なんだ、ちゃんとあるし」

足りない分は探せばすぐに見つかった。
もしくはラズベリーソースとブルーベリーソースがテレコになっていたりした。

「これからもこんな嫌がらせが続くんだよね……」

気が重くてたまらない。
それじゃなくてもいままでも、さんざん仕事を押しつけられてきたのに。

「もう、やだ……」

俯いて見える地面に、ぽたぽたと滴が落ちてきて慌てて顔を拭う。

泣き言は言いたくない。
言ったらそれだけ、弱くなる。

だからあのときも、歯を食いしばって強がった。

半分も終わらないうちに、終業の音楽が流れ出す。
今日は外食して帰るから十九時に待ち合わせだと言われたが、終わりそうにない。

「一回戻って片桐課長に連絡入れた方がいいよね……」

はぁーっと陰気なため息をつき、くるりと後ろを振り返ったところで誰かにぶつかった。

「すみません!」

急いで一歩下がろうとするが、なぜががっちりホールドされていて下がれない。

「あの……」

「ん?」

私を包む少し甘くてセクシーな匂いは、よく知った匂いだと気づいた。

「なに、やってるんですか」

「んー、笹岡が泣きそうな顔、してたから」

「してませんよ」

「そうか?」

彼は私をぱっと離し、顔を確認するかのように腰を屈めた。

「ほんとだ、泣いてない」

にぱっと笑われるとなんだか気が抜けて、さっきまでの重たい気持ちが軽くなっていた。

「なにやってるんだ?
在庫の確認?」

私の手からリストを奪い、彼――片桐課長はぱらぱらと捲っている。

「さっさと終わらせて帰るぞ」

「あの、三課の片桐課長に二課の仕事を手伝わせるわけにはいかないので」

慌てて、ずんずん歩いていく片桐課長を追いかける。
が、いきなり止まるもんだからその背中に鼻をぶつけてしまった。

「俺を誰だと思ってる?」

くるりと振り返り、片桐課長は顔をぐいっと私に近づけてくる。
右目下にふたつ並んだ黒子が、はっきり見えるほどに。

「……片桐課長」

「営業三課の課長で、営業部長代理、だ。
部長代理が営業部の仕事をしてなにが悪い?」

「悪くない、……です」

……たぶん。

「ならさっさと終わらせるぞ」

私の返事に満足げに頷き、片桐課長は顔を離した。

「それにしてもこの片付けられていない棚はなんだ!?」

片桐課長の怒りはもっともだ。
営業が得意先から持って帰った返品などを、場所を確認せずに適当に置いていくから。
倉庫からも度々、苦情が来ている。

「高来はいったい、なにをやってるんだ!?」

高来課長は口を酸っぱくして何度も注意をしているが、誰ひとりとして聞く様子がない。
ときどき、あまりの苦情に高来課長自ら棚の整理をしているほどだ。

「一度俺から、言った方がいいな」

はい、ぜひそうしてください。
俺様片桐課長――部長代理からだったら、聞くかもしれないので。

「片桐課長」

「なんだ?」

在庫を確認しながらだから、視線はあわせない。

「私、マンションを出ようと思います」

「はぁっ!?」

片桐課長は手を止めこっちを凝視しているが、気づかないフリで商品の数を数える。

「昼間の件か」

すぐに片桐課長も、前を向いて在庫確認を再開した。

「私の意思です」

いまの生活はまるで、片桐課長の愛人かなにかになったかのようだ。
そういうのは嫌だし、それに。
はっきり愛人だとか名前のついた関係ならばまだいいが、この名前のない曖昧な関係を続けていくのは不安だった。

「俺は認めないからな」

「片桐課長が認めなくても。
私は出ていきますので」

「俺は絶対に認めない」

――ガンッ!

目の前の棚が震え、肩がびくんと跳ねる。
強引に後ろを向かされた。
見上げるとレンズの奥で、黒い石炭のような瞳が燃えていた。

「俺は絶対に、笹岡を手放さない」

噛みつくみたいに唇が重なる。
乱暴で余裕のないキスに、手は手近な棚を痛いくらい掴んでいた。
唇が角度を変えた隙に呼吸しようとするが、それよりも早く再び片桐課長の唇が私の口を塞ぐ。

「……わかったか」

わかったかって、なにが?
あたまは酸欠でくらくらし、背中が棚を滑ってその場にぺたりと座り込んでいた。

「もう少しで終わるから、そのまま休んでいたらいい」

なにも言う気になれずに、膝を抱えてうずくまる。

――バサッ。

肩の上にジャンパーを掛けられ、顔を上げた。
視線はあったが、ぷいっと逸らされる。

「……風邪をひかれたら困る」

片桐課長が使っている香水の匂いがふんわりと香るジャンパーは、温かかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ドS王子の意外な真相!?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……その日私は。 見てしまったんです。 あの、ドS王子の課長の、意外な姿を……。

○と□~丸い課長と四角い私~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。 会社員。 職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。 水と油。 まあ、そんな感じ。 けれどそんな私たちには秘密があるのです……。 ****** 6話完結。 毎日21時更新。

濃厚接触、したい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
とうとう我が社でもテレワークがはじまったのはいいんだけど。 いつも無表情、きっと表情筋を前世に忘れてきた課長が。 課長がー!! このギャップ萌え、どうしてくれよう……? ****** 2020/04/30 公開 ****** 表紙画像 Photo by Henry & Co. on Unsplash

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

チョコレートは澤田

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「食えば?」 突然、目の前に差し出された板チョコに驚いた。 同僚にきつく当たられ、つらくてトイレで泣いて出てきたところ。 戸惑ってる私を無視して、黒縁眼鏡の男、澤田さんは私にさらに板チョコを押しつけた。 ……この日から。 私が泣くといつも、澤田さんは板チョコを差し出してくる。 彼は一体、なにがしたいんだろう……?

昨日、彼を振りました。

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「三峰が、好きだ」 四つ年上の同僚、荒木さんに告白された。 でも、いままでの関係でいたかった私は彼を――振ってしまった。 なのに、翌日。 眼鏡をかけてきた荒木さんに胸がきゅんと音を立てる。 いやいや、相手は昨日、振った相手なんですが――!! 三峰未來 24歳 会社員 恋愛はちょっぴり苦手。 恋愛未満の関係に甘えていたいタイプ × 荒木尚尊 28歳 会社員 面倒見のいい男 嫌われるくらいなら、恋人になれなくてもいい? 昨日振った人を好きになるとかあるのかな……?

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...