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第4章 公表は突然に
7. どうして私の言うことを聞いてくれないんですか
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すぐに仕事は終わった。
食事をして帰る約束だったけれど、なんだか疲れてお弁当にしてもらった。
食後、片桐課長はコーヒーを淹れてくれた。
「さっきの話だが。
不満があるなら言えばいい。
事と次第では改善してやる」
どうして上から目線でこんなにえらそうなんだろう。
カチンときていままでの不満を全部ぶちまけてやろうと思ったが、特にないことに気づいた。
家事は進んでやってくれる。
私が女の子の日できついときなんて、寝ていていいって言ってくれたうえに会社も休みにしてくれた。
生活費は例の、常に五万円入っている魔法の財布がある。
外出しても一緒にいるときは絶対、私にお金を払わせない。
住んでいるマンションはコンシェルジュの大貫さんがそれこそ、家の電球交換までやってくれる。
大貫さんはコンシェルジュというよりも、マンション全体で雇っている執事に近い。
だから本当に快適で、できれば出ていきたくないっていうのが本音。
なんで私はこんなに、楽な生活をさせてもらえているのか不思議になってくる。
片桐課長の奥さんでもなければ、恋人でもないのに。
とにかく、そういう生活なので、不満があるとすれば。
「なんで片桐課長は私の話をちゃんと聞いてくれないんですか」
私が毅然として言い放つと、片桐課長はうっと言葉を詰まらせた。
「それは」
「それは?」
「……俺の勝手」
お決まりの台詞を吐き、ふぃっと私から視線を逸らす。
「だから!
それが嫌なんですって!」
「ああもう、うるさいな!」
いきなり後ろあたまに回った手が私を抱き寄せ、強引に唇が重なる。
「……!」
またごまかされたくなくて、どんどんと胸を叩く。
けれど片桐課長は両手で私のあたまを掴み、離してくれない。
「……おとなしくなったか」
長い口付けのせいで酸欠になったのか、あたまがぼーっとする。
「うるさい奴らは俺が黙らせてやるから、笹岡は気にしなくていい」
……だから、それが嫌なんですよ。
口を開きかけたら、いきなり抱き上げられた。
「なに、するんですか!?」
「うるさい」
ジタバタ暴れたって、全然効いていない。
そのままベッドの上に落とされた。
「言うこと聞かない悪い子にはお仕置きだって言ったよな」
シュル、とネクタイを緩め、片桐課長は不敵に右の口端をつり上げた。
翌朝、目覚めたときには、片桐課長の姿はない。
「朝……」
さんざん、昨晩啼かされた喉がひりつく。
片桐課長は私を、限界を超えてもさらに責め続けた。
「そろそろ起きないと遅刻するぞ」
「……」
ベッドからもそもそと出ようとしていたところに顔を出した片桐課長を無言で睨むが、さっさとリビングへと戻っていった。
シャワーを浴びようと浴室に行くと、すでに浴槽に湯が張ってある。
しかも、大好きなラベンダーのバスソルトが入れてあった。
「こんなことしたって」
口ではそう言いながらも、にやける顔を止められない。
風呂から上がり着替えを済ませる。
ダイニングのテーブルの上にはすでに朝食が準備してあり、なぜか中華粥だった。
「いただきます」
優しいお粥がほっこりと身体に染みていく。
そのせいで昨晩のことは許していた。
今日も片桐課長と一緒に出勤した。
――出勤、させられた。
「また後でな」
先にエレベーターを降りる私に手を振るの、ほんとやめてほしい。
更衣室では針の筵に座っているかのようだった。
四方八方から針の視線が飛んでくる。
片桐課長が人気があるのは知っていたが、ここまでだとは思わなかった。
「笹岡さん、仕入れ先に納品日、間違って伝えちゃったの。
どうにかして」
「……はい」
妹尾さんにファイルを突きつけられ、引きつった笑顔で受け取る。
画面を開きつつ仕入れ先に電話を入れようと受話器を取った途端。
「笹岡さん、コピー機、紙詰まっちゃった。
直しといて」
「……はい?」
平然と言ってのける三好さんに、唇の端ががピクピクと痙攣する。
……それくらい、自分でできますよね。
心の中で突っ込んだって、口には出せない自分が悲しい。
とりあえずコピー機をなんとしようと席を立とうとしたら、中山さんが寄ってくる。
「笹岡さん、シュレッダー、ゴミが溢れてるみたい。
使えないから掃除しといて」
「……はい」
もうすでに、笑顔を保つのが限界に近づいている。
……ご自分でされたらどうですか。
思いっきり、中山さんに向かってあっかんべーしてやる。
――ただし、心の中で。
きっと面と向かってできたらすっとするんだろうな。
さっさとコピー機のトラブルを解決し、シュレッダーを使える状態にし、仕入れ先にお詫びとお願いの電話……。
やる順番を考えながら今度こそ席を立とうとすると、こっちに寺坂さんが向かってきて嫌な予感しかしない。
「笹岡さん」
「……はい」
寺坂さんの赤い唇がにっこりと三日月型になる。
「発注間違えて、十個でいい玉子豆腐が百個きたの。
どうにかして」
「は、……はい」
よりにもよって、賞味期限の短い玉子豆腐でそのミスするー!?
返品はできないのでどこか引き取ってくださる先を営業社員に相談しないと……。
立て続けに起こるトラブルが、ただの厄日だったのならいい。
でも片桐課長絡みの嫌がらせな気がしてならない。
ようやく席を立つと、高来課長がコピー機のところでごそごそしていた。
「あ、笹岡さん、大変そうだったから……」
笑って高来課長がごまかし、一気に気が抜けた。
「ありがとうございます」
課長自らコピー機のトラブル解消しているというのに、誰もかまわない二課の人間はやっぱりおかしい。
「シュレッダーの掃除も僕がやっとくよ」
「い、いえ!
高来課長にそんなこと、させるわけにはいかないので」
「いいよー。
僕いま、暇だからね」
高来課長はほやほや笑っているが、暇なはずがない。
彼だって部下の尻拭いに忙しいはずなのだ。
「でも……」
「いいから、いいから。
それより、解決できそう?」
コピー機が正常に動きはじめたのを確認し、立ち上がった高来課長は私を見下ろした。
「玉子豆腐が難敵ですね……」
「玉子豆腐ねー。
それは僕に任せといてー」
ひらひらと手を振りながら裏口に消えていく高来課長へあたまを下げる。
二課の人間からは軽んじられている高来課長だけれど、ほんとは凄く、できた人だと私は思っている。
食事をして帰る約束だったけれど、なんだか疲れてお弁当にしてもらった。
食後、片桐課長はコーヒーを淹れてくれた。
「さっきの話だが。
不満があるなら言えばいい。
事と次第では改善してやる」
どうして上から目線でこんなにえらそうなんだろう。
カチンときていままでの不満を全部ぶちまけてやろうと思ったが、特にないことに気づいた。
家事は進んでやってくれる。
私が女の子の日できついときなんて、寝ていていいって言ってくれたうえに会社も休みにしてくれた。
生活費は例の、常に五万円入っている魔法の財布がある。
外出しても一緒にいるときは絶対、私にお金を払わせない。
住んでいるマンションはコンシェルジュの大貫さんがそれこそ、家の電球交換までやってくれる。
大貫さんはコンシェルジュというよりも、マンション全体で雇っている執事に近い。
だから本当に快適で、できれば出ていきたくないっていうのが本音。
なんで私はこんなに、楽な生活をさせてもらえているのか不思議になってくる。
片桐課長の奥さんでもなければ、恋人でもないのに。
とにかく、そういう生活なので、不満があるとすれば。
「なんで片桐課長は私の話をちゃんと聞いてくれないんですか」
私が毅然として言い放つと、片桐課長はうっと言葉を詰まらせた。
「それは」
「それは?」
「……俺の勝手」
お決まりの台詞を吐き、ふぃっと私から視線を逸らす。
「だから!
それが嫌なんですって!」
「ああもう、うるさいな!」
いきなり後ろあたまに回った手が私を抱き寄せ、強引に唇が重なる。
「……!」
またごまかされたくなくて、どんどんと胸を叩く。
けれど片桐課長は両手で私のあたまを掴み、離してくれない。
「……おとなしくなったか」
長い口付けのせいで酸欠になったのか、あたまがぼーっとする。
「うるさい奴らは俺が黙らせてやるから、笹岡は気にしなくていい」
……だから、それが嫌なんですよ。
口を開きかけたら、いきなり抱き上げられた。
「なに、するんですか!?」
「うるさい」
ジタバタ暴れたって、全然効いていない。
そのままベッドの上に落とされた。
「言うこと聞かない悪い子にはお仕置きだって言ったよな」
シュル、とネクタイを緩め、片桐課長は不敵に右の口端をつり上げた。
翌朝、目覚めたときには、片桐課長の姿はない。
「朝……」
さんざん、昨晩啼かされた喉がひりつく。
片桐課長は私を、限界を超えてもさらに責め続けた。
「そろそろ起きないと遅刻するぞ」
「……」
ベッドからもそもそと出ようとしていたところに顔を出した片桐課長を無言で睨むが、さっさとリビングへと戻っていった。
シャワーを浴びようと浴室に行くと、すでに浴槽に湯が張ってある。
しかも、大好きなラベンダーのバスソルトが入れてあった。
「こんなことしたって」
口ではそう言いながらも、にやける顔を止められない。
風呂から上がり着替えを済ませる。
ダイニングのテーブルの上にはすでに朝食が準備してあり、なぜか中華粥だった。
「いただきます」
優しいお粥がほっこりと身体に染みていく。
そのせいで昨晩のことは許していた。
今日も片桐課長と一緒に出勤した。
――出勤、させられた。
「また後でな」
先にエレベーターを降りる私に手を振るの、ほんとやめてほしい。
更衣室では針の筵に座っているかのようだった。
四方八方から針の視線が飛んでくる。
片桐課長が人気があるのは知っていたが、ここまでだとは思わなかった。
「笹岡さん、仕入れ先に納品日、間違って伝えちゃったの。
どうにかして」
「……はい」
妹尾さんにファイルを突きつけられ、引きつった笑顔で受け取る。
画面を開きつつ仕入れ先に電話を入れようと受話器を取った途端。
「笹岡さん、コピー機、紙詰まっちゃった。
直しといて」
「……はい?」
平然と言ってのける三好さんに、唇の端ががピクピクと痙攣する。
……それくらい、自分でできますよね。
心の中で突っ込んだって、口には出せない自分が悲しい。
とりあえずコピー機をなんとしようと席を立とうとしたら、中山さんが寄ってくる。
「笹岡さん、シュレッダー、ゴミが溢れてるみたい。
使えないから掃除しといて」
「……はい」
もうすでに、笑顔を保つのが限界に近づいている。
……ご自分でされたらどうですか。
思いっきり、中山さんに向かってあっかんべーしてやる。
――ただし、心の中で。
きっと面と向かってできたらすっとするんだろうな。
さっさとコピー機のトラブルを解決し、シュレッダーを使える状態にし、仕入れ先にお詫びとお願いの電話……。
やる順番を考えながら今度こそ席を立とうとすると、こっちに寺坂さんが向かってきて嫌な予感しかしない。
「笹岡さん」
「……はい」
寺坂さんの赤い唇がにっこりと三日月型になる。
「発注間違えて、十個でいい玉子豆腐が百個きたの。
どうにかして」
「は、……はい」
よりにもよって、賞味期限の短い玉子豆腐でそのミスするー!?
返品はできないのでどこか引き取ってくださる先を営業社員に相談しないと……。
立て続けに起こるトラブルが、ただの厄日だったのならいい。
でも片桐課長絡みの嫌がらせな気がしてならない。
ようやく席を立つと、高来課長がコピー機のところでごそごそしていた。
「あ、笹岡さん、大変そうだったから……」
笑って高来課長がごまかし、一気に気が抜けた。
「ありがとうございます」
課長自らコピー機のトラブル解消しているというのに、誰もかまわない二課の人間はやっぱりおかしい。
「シュレッダーの掃除も僕がやっとくよ」
「い、いえ!
高来課長にそんなこと、させるわけにはいかないので」
「いいよー。
僕いま、暇だからね」
高来課長はほやほや笑っているが、暇なはずがない。
彼だって部下の尻拭いに忙しいはずなのだ。
「でも……」
「いいから、いいから。
それより、解決できそう?」
コピー機が正常に動きはじめたのを確認し、立ち上がった高来課長は私を見下ろした。
「玉子豆腐が難敵ですね……」
「玉子豆腐ねー。
それは僕に任せといてー」
ひらひらと手を振りながら裏口に消えていく高来課長へあたまを下げる。
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