19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第4章 公表は突然に

8. 火に油を注ぐとはこのこと

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玉子豆腐の件は高来課長が片桐課長に相談したらしく、三課の取引先が引き取ってくださることになった。

「物はどこにあるんだ?」

「あ、はい!
倉庫に」

作業着ジャンパーを着込んだ片桐課長を倉庫に案内する。
彼と一緒に社内を歩いていると視線が、特に女性からの視線が集中した。

……うっ、離れて歩きたい。

などという希望が通るはずもなく。

「どうかしたのか?」

「……いえ」

不思議そうに片桐課長の首が少しだけ傾く。
この人はこの状況になにも思わないんだろうか。

「ああ」

いきなり片桐課長が立ち止まるものだから、その背中にぶつかりそうになった。
軽く握った拳を顎にあてて彼は納得するかのように頷いている。
くるりと振り返ったかと思ったら、その両手が私の肩にのる。
なにをするのかと見つめると、顔が近づいてちゅっとキスされた。
瞬間、それまであったひそひそとした声が途絶える。

「……!」

お腹の中でマグマが煮えたぎり、固く握った拳がぶるぶると震える。
きっと睨みつけると、片桐課長は素知らぬ顔で視線を逸らした。

「さっさとしろ」

自分から足を止めたというのにまたくるりと前を向き、私を無視してどんどん歩いていく。

「なんであんなことするんですか!?」

すぐに人のいない、社屋と倉庫を繋ぐ通路へと出た。
人目もないので気にせずに片桐課長に食ってかかる。

「ああしとけばお前にとやかく言ってくる奴もいなくなるだろ」

「は?」

涼しい顔でそんなことを片桐課長は言ってのけ、あたまが痛くなってくる。

これは、男女間の認識の違いという奴なのだろうか。
それとも、片桐課長だから?

あんなことをこれ見よがしに人前ですれば、ますます私へと風当たりが酷くなるというのに。

「だから!」

「だから?」

振り返った片桐課長が、高圧的に私を見下ろす。
上がってきた手が顎に触れそうになり、一歩、後ろに下がった。

「なんで逃げるんだ?」

右の口端だけを上げ、意地悪く笑う。
心臓は破裂しそうなほどばくばくと激しく鼓動していたし、暑くもないのに脇に汗をかいてくる。

「その、あの、……やっぱりなんでもない、です」

昨日の晩のことがよみがえる。
また限界を超えるほどお仕置きされるのは御免被りたい。

「なら、いい」

満足げに頷いて倉庫へと歩いていく片桐課長の後を、慌てて追った。


――私の予想通り、嫌がらせは悪化した。

「……」

くすくすと意地の悪い笑い声と共に鼻先で閉まったエレベターのドアを無言で見つめる。
すぐに怪訝そうに私を見ながら男性社員がボタンを押し、我に返って段ボール箱を抱え直す。

……大人げない。

やってくる私を見つけ、閉まるボタンを押したのは川辺さんだった。

この間のことで懲りていないのだろうか。
それとも、片桐課長に直接あたっても無駄だから、私に嫌がらせして楽しんでいる?

……こんなことしてたらますます嫌われるだけなのに。

川辺さんは私と片桐課長が付き合っていると思っているのだろうが、実際はそうじゃない。
確かに私は片桐課長が好きだがこの気持ちは伝えたことがないし、片桐課長も好きに私を振りまわすばかりでなにを考えているのかさっぱりわからない。

一番下、地下一階でエレベーターを降りて資料室へと向かう。

抱えている段ボールの中身は妹尾さんが資料室へと戻さず、溜め込んでいた資料だ。
他の部からいつまでたっても返却されないととうとう苦情がきて、私に押しつけられた。

「これくらい、自分でやってよね……」

薄暗い資料室に虚しく声が響く。
地下の資料室はどこかジメジメしていて、私は苦手だった。
社内では密会に使っている人もいるって話だけれど。
資料を戻して席に戻ると、大量に付箋が貼ってある。

【コピー用紙切れた。
予備取ってきて】

【プリンターのトナー、なくなりそう。
交換お願い】

【荒田主任の出張、新幹線取っといて】

【倉庫からみかん缶の実物と伝票の数があわないって連絡来た。
確認しといて】

「……はぁーっ」

ため息が漏れる。
そうじゃなきゃいいと思った私の希望に反し、片桐課長のお陰でどうも仕事が増えたようだ。
独身女性たちはまだわかるが、既婚の中山さんまで一緒となると、苦笑いしかできない。

「笹岡さん、僕、手伝おうか?」

「いえ、大丈夫です」

心配顔の高来課長に笑顔で返す。
それでなくても気の強い二課の女性にギャンギャン言われ、課長になってからというもの胃薬が手放せない、高来課長に苦労をかけさせるわけにはいかない。



「疲れてるのか」

家で晩ごはんを食べながら、片桐課長の眉が眼鏡の下で心配そうに寄る。

「いえ……」

私が曖昧に笑ってごまかすと、片桐課長はとうとう箸を置いてしまった。

「疲れているなら無理にメシを作らなくていい。
外食でも弁当でも俺はかまわないから」

「……はい」

「うん」

頷いて再び箸を取り、片桐課長は食事を再開した。
どうして、こんなにこの人が私を心配してくれるのか、私にはわからない。

今日は片付けを片桐課長がしてくれた。
淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ぼーっとネット小説の文字を追う。

「また読んでんのか」

ひょいっと、片桐課長から携帯を奪われた。
いつぞやの小説ごっこが思い出される。
あんなことがなければ、こんなふうになっていなかった。

「ふーん、こういうのも好みなのか」

携帯をテーブルの上に置き、片桐課長は軽々と私を膝の上にのせた。

「よしよし。
俺の前では強がんなくていいからな。
弱いお前も俺は好きだから」

「なんですか、それ」

これはただの小説ごっこで、片桐課長の本心じゃないとわかっている。
でも弱っている私は、縋りたくなった。

「ん?
俺は笹岡の全部が好きだ。
なかなか人に嫌だって言えないとこも、なのに俺にはよく怒ってくるとこも。
一生懸命頑張ってるとこも好きだが、ときどき心配になってくる。
俺の前では無理をしないでほしい」

とん、とんとあやすように私の背中を叩く片桐課長の手は優しくて、このところ張り詰めていた気が緩んでくる。
「どうせまた、小説の真似で冗談なんですよね……」

声が次第に涙声になっていく。
顔を見られたくなくて、抱きついた。

「……そうだな」

ぽつりと呟いたっきり、片桐課長は黙ってしまった。
私をきつく抱きしめる腕が痛い。
思いっきり身体を押して離れると、片桐課長は腕を緩めてくれた。

「少しは気分転換になったか」

そっと、片桐課長の手が私の涙を拭う。
目を細めて笑う顔がどうしてか淋しそうで、心臓がきゅーっと切なくなった。

「そうですね」

ちゅっとキスをして片桐課長は私を膝の上から下ろした。

「困ったことはなんでも言え。
ひとりで抱え込む必要はない」

私のあたまをぽんぽんし、書斎に消えていった片桐課長はもしかしたら、いまの私の状況を知っているのかもしれない。
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