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第4章 公表は突然に
9. それは自分自身、だ
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嫌がらせはそれからも続き、――半月後。
――どさっ。
こけた弾みで抱えていた書類がその場に散らばった。
「さっさと片付けてくれるぅ?
邪魔なんだけどぉ」
立ち上がろうとする私を、川辺さんが腕組みをして高圧的に見下ろした。
……あなたが足を引っかけた癖に。
唇を噛み締め、黙々と書類を拾い集めながら、ふつふつと腹の底が沸騰してくる。
だいたい、私に嫌がらせをして、片桐課長を手に入れようとする方が間違っているのだ。
不満があるのなら正々堂々、立ち向かってくればいい。
「……告白する勇気もないくせに」
「はぁ?」
下からじろりと川辺さんを睨みつける。
彼女は怪訝そうな顔で私を見つめた。
「私にあたんないで、片桐課長にきちんと告白でもしたらどうですか?
ああ、相手にしてもらえる自信がないから、私に嫌がらせするしかないんですね。
そんな人、きっと片桐課長だって願い下げですよ」
立ち上がり、私より背の高い川辺さんを思いっきり見下してやる。
川辺さんは気圧され気味に少しだけ胸をのけぞらせたがすぐに姿勢を正し、顔を赤く染めた。
「あんたなんかになにがわかるって……!」
振り上げられた手を毅然として睨む。
振り下ろされる手に目を閉じたが、いつまでたっても痛みはやってこない。
代わりに聞こえてきたのは。
「確かに願い下げだな」
おそるおそる目を開ける。
そこでは片桐課長が川辺さんの手を掴み、冷ややかな目で見下ろしていた。
「えっ、あっ」
みるみるうちに川辺さんは血の気を失っていく。
そんな彼女の手をぱっと離し、片桐課長は腰を屈めて散らばっている書類を拾い集めはじめた。
「大丈夫か」
「あっ、ありがとう、ござい、……ます」
手渡された書類を受け取った。
川辺さんはまだ、青い顔で立ち尽くしている。
「前に言ったよな、お前みたいに顔だけであたまのない女は嫌いだって。
俺に好かれる努力もしないで、笹岡に嫌がらせして喜んでるような奴は最低で軽蔑する」
川辺さんに対して言っているはずなのに、なぜか周りの女性たちがばつが悪そうに俯いた。
「それに悪いが俺は、正々堂々とやらないで影でこそこそやる奴が大っ嫌いなんだ」
片桐課長が見渡すと、辺りはしんと静まりかえった。
「わ、私は!」
ぽつぽつと仕事に戻りかけていた人の足が、川辺さんの声で止まる。
「片桐課長に振り向いてほしくて、ダイエットとかメイクとか、コンタクトだってほんとは苦手なのに頑張って……」
だんだん、川辺さんの声が鼻声になっていく。
「だから、私は……」
とうとう川辺さんは、悔しそうにぽろぽろと泣きだした。
「……努力する方向が間違ってんだよ」
はぁっと小さくため息をつき、片桐課長は川辺さんへと向かっていく。
「頑張ったのは認めてやる。
けどな、やっぱり人間、中身だろ」
ふて腐れたように片桐課長は川辺さんのあたまをぽんぽんした。
顔を上げた彼女は晴れやかな顔をしていて……これでよかったのかな。
「いい加減お前ら、さっさと仕事に戻れ」
ぱん!とひとつ片桐課長が手を叩いた途端、みんな我に返ったかのように仕事に戻っていく。
私も仕事に戻ろうとしたけれど。
「笹岡は家に帰ったらお仕置きな」
「ひぃっ」
ぼそっと耳もとで囁かれた声に顔を上げると、片桐課長が右の口端だけをニヤリとつり上げた。
片桐課長より先に家に帰り、ビクビクしながら夕飯の支度をする。
「ただいまー」
「お、おかえりな……!?」
いきなりがばっと抱きつかれたうえに、私のあたまの上にのせた顎をぐりぐりと擦りつけられた。
「な、なにするんですか!?」
「んー、今日の笹岡は勇ましくて格好良かったなーって」
私から離れ、片桐課長はよしよしとまるで子供を褒めるみたいに私のあたまを撫でた。
そういうのはちょっと、ムッとする。
「ご褒美のケーキ」
「……ありがとうございます」
唇を尖らせたままケーキの箱を受け取ったら、また片桐課長は私のあたまを撫でまわした。
隣で眠る片桐課長の顔を見ていると、心臓がきゅんと切なく締まる。
結局、きっぱり言ったのは格好良かったが、相談しなかった悪い子には罰だって、今日もさんざん啼かされた。
それはいい――いや、よくない。
まあそれは置いておいて。
――告白する勇気もない癖に。
自分の言った言葉がブーメランになって戻ってきて、胸にぐさりと刺さる。
片桐課長に告白する勇気がないのは私自身だ。
こんなに甘やかされているのに、好きな人の代わりで身体だけが目的、なんて言われたら立ち直れない。
でも。
――でも。
ちゃんと私の気持ちを伝えよう。
それで、ダメだったときはここを出ていけばいい。
「樹馬さん」
そっと、額に落ちる髪を払う。
片桐課長はぐっすり眠っていて起きる気配はない。
「私の気持ち、聞いてくれますよね」
どんな結末が待っていても。
私は絶対に後悔しない。
――どさっ。
こけた弾みで抱えていた書類がその場に散らばった。
「さっさと片付けてくれるぅ?
邪魔なんだけどぉ」
立ち上がろうとする私を、川辺さんが腕組みをして高圧的に見下ろした。
……あなたが足を引っかけた癖に。
唇を噛み締め、黙々と書類を拾い集めながら、ふつふつと腹の底が沸騰してくる。
だいたい、私に嫌がらせをして、片桐課長を手に入れようとする方が間違っているのだ。
不満があるのなら正々堂々、立ち向かってくればいい。
「……告白する勇気もないくせに」
「はぁ?」
下からじろりと川辺さんを睨みつける。
彼女は怪訝そうな顔で私を見つめた。
「私にあたんないで、片桐課長にきちんと告白でもしたらどうですか?
ああ、相手にしてもらえる自信がないから、私に嫌がらせするしかないんですね。
そんな人、きっと片桐課長だって願い下げですよ」
立ち上がり、私より背の高い川辺さんを思いっきり見下してやる。
川辺さんは気圧され気味に少しだけ胸をのけぞらせたがすぐに姿勢を正し、顔を赤く染めた。
「あんたなんかになにがわかるって……!」
振り上げられた手を毅然として睨む。
振り下ろされる手に目を閉じたが、いつまでたっても痛みはやってこない。
代わりに聞こえてきたのは。
「確かに願い下げだな」
おそるおそる目を開ける。
そこでは片桐課長が川辺さんの手を掴み、冷ややかな目で見下ろしていた。
「えっ、あっ」
みるみるうちに川辺さんは血の気を失っていく。
そんな彼女の手をぱっと離し、片桐課長は腰を屈めて散らばっている書類を拾い集めはじめた。
「大丈夫か」
「あっ、ありがとう、ござい、……ます」
手渡された書類を受け取った。
川辺さんはまだ、青い顔で立ち尽くしている。
「前に言ったよな、お前みたいに顔だけであたまのない女は嫌いだって。
俺に好かれる努力もしないで、笹岡に嫌がらせして喜んでるような奴は最低で軽蔑する」
川辺さんに対して言っているはずなのに、なぜか周りの女性たちがばつが悪そうに俯いた。
「それに悪いが俺は、正々堂々とやらないで影でこそこそやる奴が大っ嫌いなんだ」
片桐課長が見渡すと、辺りはしんと静まりかえった。
「わ、私は!」
ぽつぽつと仕事に戻りかけていた人の足が、川辺さんの声で止まる。
「片桐課長に振り向いてほしくて、ダイエットとかメイクとか、コンタクトだってほんとは苦手なのに頑張って……」
だんだん、川辺さんの声が鼻声になっていく。
「だから、私は……」
とうとう川辺さんは、悔しそうにぽろぽろと泣きだした。
「……努力する方向が間違ってんだよ」
はぁっと小さくため息をつき、片桐課長は川辺さんへと向かっていく。
「頑張ったのは認めてやる。
けどな、やっぱり人間、中身だろ」
ふて腐れたように片桐課長は川辺さんのあたまをぽんぽんした。
顔を上げた彼女は晴れやかな顔をしていて……これでよかったのかな。
「いい加減お前ら、さっさと仕事に戻れ」
ぱん!とひとつ片桐課長が手を叩いた途端、みんな我に返ったかのように仕事に戻っていく。
私も仕事に戻ろうとしたけれど。
「笹岡は家に帰ったらお仕置きな」
「ひぃっ」
ぼそっと耳もとで囁かれた声に顔を上げると、片桐課長が右の口端だけをニヤリとつり上げた。
片桐課長より先に家に帰り、ビクビクしながら夕飯の支度をする。
「ただいまー」
「お、おかえりな……!?」
いきなりがばっと抱きつかれたうえに、私のあたまの上にのせた顎をぐりぐりと擦りつけられた。
「な、なにするんですか!?」
「んー、今日の笹岡は勇ましくて格好良かったなーって」
私から離れ、片桐課長はよしよしとまるで子供を褒めるみたいに私のあたまを撫でた。
そういうのはちょっと、ムッとする。
「ご褒美のケーキ」
「……ありがとうございます」
唇を尖らせたままケーキの箱を受け取ったら、また片桐課長は私のあたまを撫でまわした。
隣で眠る片桐課長の顔を見ていると、心臓がきゅんと切なく締まる。
結局、きっぱり言ったのは格好良かったが、相談しなかった悪い子には罰だって、今日もさんざん啼かされた。
それはいい――いや、よくない。
まあそれは置いておいて。
――告白する勇気もない癖に。
自分の言った言葉がブーメランになって戻ってきて、胸にぐさりと刺さる。
片桐課長に告白する勇気がないのは私自身だ。
こんなに甘やかされているのに、好きな人の代わりで身体だけが目的、なんて言われたら立ち直れない。
でも。
――でも。
ちゃんと私の気持ちを伝えよう。
それで、ダメだったときはここを出ていけばいい。
「樹馬さん」
そっと、額に落ちる髪を払う。
片桐課長はぐっすり眠っていて起きる気配はない。
「私の気持ち、聞いてくれますよね」
どんな結末が待っていても。
私は絶対に後悔しない。
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