19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 結婚は突然に

3. 俺様片桐様の真実

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お昼休みがはじまる少し前、片桐課長は姿を消していた。
まさか、本当に帰ったんだろうか。

「笹岡さん、ちょっといい?」

「はい」

高来課長に呼ばれて机に行く。
ちょいちょいとさらに手招きするから顔を近づける。

「片桐さん、ちょっと仕事になんないから会議室に隔離してる。
悪いけど、行ってやってくれる?」

「わかりました」

内緒話でもするかのように小さな声で話す。
私が頷くと高来課長も顔を離して小さく頷いた。

昨日、高来課長に呼ばれた会議室に行く。
そこでは椅子に座った片桐課長がぼーっと宙を見ていた。

「片桐課長?」

「ん?
ああ、笹岡か」

弱々しく笑う顔には全く覇気がない。
らしくなさすぎて戸惑ってしまう。

「その、私は」

「俺、結婚するんだ」

「……は?」

この間みたいに、私になにも言わせないかのように台詞を被せてくる。
さらには突然の宣言で、間抜けにも片桐課長の顔を見つめていた。

……私に嫌われてめそめそ泣いているとかいう話はどこいったの?

「俺、笹岡に嫌われてるだろ。
だったらもう、社長の娘と結婚するしかない」

ちょっと待って。
どうして私に嫌われたら社長の娘と結婚するしかなくなるの?
全くもって意味がわからない。

「見合い、断るつもりだったけど、奥川部長にはこのまま話を進めてくださいって頼んだ。
笹岡は俺が嫌いみたいだから、これでよかったんだと思う」

ぼそぼそと俯いて話している片桐課長が、やっぱりなにを言っているのか理解できない。

断るつもりだった?
私は片桐課長が嫌い?

「すみません、一度話を整理していいですか」

「整理もなにも、笹岡と結婚できないから、俺は社長の娘と結婚するってだけだ」

不機嫌そうに片桐課長がふぃっと視線を逸らす。
弱っていてもやっぱり俺様なんだと感心しつつ、いま言ったことが引っかかっていた。

「その。
私と結婚するつもりだったんですか」

「当たり前だろ。
あの日、見合いはちゃんと断ってその後、プロポーズしようと思っていろいろ準備していた。
ご両親にも先に報告したのに」

ああ、だからあの日、両親の態度がおかしかったのだ。
片桐課長からプロポーズの予定を聞いていたから。

視線を逸らしたまま片桐課長はちっともこっちを見ない。
でも、眼鏡の弦のかかっている耳が、赤くなっているのに気づいてしまった。

「でも、付き合ってもないじゃないですか」

「はぁ?」

不機嫌そうに片桐課長が眉をひそめる。

意地悪な質問だとは思う。
だって私はもう、彼の気持ちに気づいているのだから。

「俺はちゃんと言ったぞ」

「いつ」

「年末、旅行に行ったとき。
俺はちゃんと、お前に自分の気持ちを伝えた」

……はい?
思い出せ、思い出せ、思い出せ……。

そういえば酔いつぶれて記憶が途切れる前、なにか言っていたような気がする。

「それに一緒に暮らすようになってからも何度か」

……んん?
あ、人が眠いときに限ってなんか、言っていたような……。

「私がまともに意識があるときに言ってくれないとわからないですよ……」

うん、それで告白したなんて言われても、困る。

「じゃあ反対に聞くけどさ、なんでお前は俺と一緒に暮らしてたんだ?
お前は好きでもない男と同棲するのか?」

片桐課長の言うことはもっともだけれど。

「だってあれは樹馬さんが強引に押し切ったじゃないですか。
それに、出ていくって言っても許してくれなかったし」

「それは……」

決まり悪そうに視線を逸らし、片桐課長は床を見つめている。
一応、罪悪感はあったんだ。

「……でもさ」

顔を上げ、レンズの向こうから片桐課長が睨んでくる。

「笹岡は好きでもない男に抱かれるような女なわけ?」

「うっ」

そこを突かれると、痛い。
旅行のときはまだ、気になるくらいの存在だったし。
自分の気持ちに気づいたのは、初めて抱かれた後。

「俺は好きな女しか抱けないけどな」

格好良く言い切ったくせに、また私から顔を背ける。
しかも、こっち側に見えている耳は赤くなっているし。

「で、でも、私は一度だって、樹馬さんが好きだとか言ってないじゃないですが。
そもそも、言おうとしたら遮られるし。
それに、樹馬さんは好きな人がいるって言っていたから、きっと私はその人の代わりなんだろう、って」

「ちょっと待て。
なんで俺の好きな人がお前じゃないなんてなるんだ?」

振り向いた片桐課長の、眼鏡の奥の目が、意外そうに一回大きくまばたきする。

「だってはっきり聞いたこと、ないですから」

「うっ」

片桐課長はまた顔を逸らしてこっちを見ない。
わかっている、言いたいけれど面と向かってはっきり言えないんだって。
でもだからこそ、ちゃんと彼の口から聞きたい。

「言外に言ってるだろ」

「鈍いのでわかりません」

「だから俺はー、……いい加減、察しろ」

壁を見つめたまま、不機嫌そうに頬杖をつく。
でもやっぱり耳は真っ赤だし、きれいに髪が切り揃えられた首筋も真っ赤になっている。

もしかして、俺様なのは照れ隠し?

そう気づくと片桐課長が可愛くなってきた。

「ちゃんと言ってくれなきゃわかりません」

「……だから、俺は……笹岡が……好きだ」

自信なさげにぼそぼそ告白するらしくない姿に、いつもさんざん振りまわされているだけにもっと意地悪したくなった。

「えー、はっきり言ってくれなきゃ聞こえませーん」

「だから!
俺は笹岡が好きだ……!」

逆ギレ気味にこちらを見た片桐課長のネクタイを掴む。
彼はなにが起こっているのか理解できないのか、ぽかんとと私を見ていた。
掴んだネクタイを引き寄せ、顔を近づけるとその唇に自分の唇を押しつけた。

「……その、返事は」

「察してください」

ネクタイをぱっと離し、いまだに呆然としている片桐課長へ、いつもの彼を真似て右の口端をつり上げて笑ってみせる。

「あ、ああ」

片桐課長は指先まで真っ赤に染め、とうとうフリーズしてしまった。



その後。
片桐課長は社長のお嬢さんとの結婚話を正式にお断りした。

いや、断ったのはいい。
けれど、その理由に私と結婚するからだと言うのはどうかと思う。
お陰で、あっという間に社内に広まってしまった。
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