19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 結婚は突然に

4. 私の可愛い人

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「笹岡さん、今日納品のバター、十キロ必要なのに一キロしか発注してなかったの。
どうにかならない?」

いつものように寺坂さんが無理難題を押しつけてきて、にっこりと笑い返す。

「いつもいつも、そんなに簡単に解決できると思ってるんですか」

「え……」

思いもしない私の反論に、寺坂さんは若干、背中をのけぞらせた。

「お客様にご迷惑かけるわけにはいかないので、今日はなんとかしますけど。
新入社員でもしないようなミス、今後はしないように気をつけていただけますか」

「……う、うん」

まだ呆然と立っている寺坂さんを無視してパソコンに向かう。
同じバターを子会社のスーパーで取り扱っているはずだから、在庫を確認して……。

「……ぷっ。
あはっ、あははははっ」

突然、凄い勢いの笑い声が響き渡り、フロアがシーンと静まりかえった。

「やるな、笹岡!」

笑い声の方向を見ると、ゲラゲラ笑っている片桐課長に肩をばしばし叩かれ、高来課長が情けない顔をしている。

「言っておくが俺は、これまでの奥川部長と違ってビシビシいくからな。
覚悟しとけよ」

目尻に溜まった涙を拭って真顔で言った片桐課長に、二課のほとんどの人間が顔から血の気を失っていた。

今日はその後、仕事を押しつけられたりすることなく過ごした。

いままでさっさと、こうしておけばよかったのだ。
そうすれば片桐課長が私を心配することなんてなかったし、高来課長がしょっちゅう胃薬のお世話になることもなかった。

でも、嫌だって言えない私にはできなくて。

しかし私は学習したのだ。

思っていることはもっとはっきり、伝えていこうって。
そうすれば片桐課長のことだって、こんなに拗らせて長引くことはなかったのだ。

「ただいまー」

「おかえり……うわっ」

帰ってきた途端、片桐課長――樹馬さんに抱きつかれた。
そのうえ、私のあたまの上に顎をぐりぐり擦りつけてくる。

「今日の笹岡は格好良かったなー」

「……そうですか」

あれ、はちょっと意地悪だったかな、ってあとで反省した。
でもついつい、口から出てしまったのだ。
なんだかこう、最近、ついつい意地悪なことを言いたくなるのは、樹馬さんのせいじゃないのかと思ったりもする。

今日は夕飯の片付けを樹馬さんがご褒美だってしてくれたので、ソファーに座って携帯で小説を読む。

「笹岡」

じろっと睨むと、樹馬さんはびくんと身体を震わせた。

「は、花重」

「なんですか」

人には自分を名前で呼ばせたがった癖に、自分は照れて呼ばない。
そういうところが意外でもあり可愛くもある。

「また読んでるのか」

はぁっと小さくため息をつき、樹馬さんはあきれたように笑った。

「だって、面白いですから」

唇を尖らせたら、携帯を奪われた。
スクロールさせながらじっと画面を見つめ、そのうちテーブルの上に携帯を置く。

「花重」

親指を軽く添え、私の顎を軽く持ち上げる。
眼鏡の向こうから真剣な瞳が私を見ている。

「俺という男がいながら、他の男にうつつを抜かすとはどういうことだ?」

すーっと眼鏡の奥の目が細められ、心臓は暴発しそうなほどばくばくと速く鼓動した。

「そんな悪い子には……」

言葉を切り、樹馬さんの手が離れる。
妖艶に光る瞳からは視線を逸らせない。

「どれだけ俺が愛しているか、その身体にたっぷりと教え込まないといけないようだな」

耳もとで、甘い重低音で囁いて離れる。
見上げるとレンズ越しに視線があって、じっと見つめあった。

「……」

「……」

「……その」

先に無言に耐えられなくなったのは樹馬さんだった。

「なにか言ってくれないと、……困る」

かーっと顔を真っ赤に染め上げ、樹馬さんは顔を覆い隠してしまった。

「だって、面白いんですもん」

小説ごっこにかこつけて、樹馬さんが自分の気持ちを言っているのはもう理解している。
そうじゃないと照れて、うまく言えないから。

樹馬さんの隣に座り直し、甘えるように肩に寄りかかる。

「私が好きなのは樹馬さんだけですよ。
樹馬さん以上に可愛い人なんていないですし」

「可愛い……」

樹馬さんはなんだか、複雑そうだ。

「そういえば晩ごはんの前、書斎にこもってなにしてたんですか?
もしかしてお仕事、忙しいんですか?」

つい先日、奥川部長の退職が決まり、樹馬さんには部長昇進の内示が降りた。
同時に私にも営業企画部への異動の辞令が。

結婚するから仕方ないんだけど、樹馬さんは優秀な笹岡を異動させるなんて営業部の損失だ! とかなんとか駄々をこねた……らしい。

らしいというのは高来課長からこっそり教えてもらったから。

そんなに笹岡さんと離れたくないほど愛してるんだね、なんて笑われて、恥ずかしすぎて持っていたファイルで思わず彼をばしばし叩いてしまっていた。

それでも僕としても笹岡さんがいなくなるのは困るんだけどねと淋しそう言われると、それだけ高評価してくれていた上司たちが嬉しい。

もちろん、私も引き継ぎでバタバタしていたけれど、樹馬さんはそれ以上に忙しそうだから。

「結婚式、先延ばしにしてもいいんですよ。
樹馬さんが過労で倒れられたりしたら困ります」

「笹岡は優しいな」

樹馬さんの手が、指を絡めて私の手を握る。
けれど握られた私の左手にはまだ、指環は嵌まっていない。

一応、プロポーズもしたんだし、いいだろって婚約指環はくれなかった。
どうしても欲しいわけじゃないからいいけれど、やはり淋しい。

「いや、仕事の方はもう、落ち着きそうだ。
さっきは、その、……なんでもない」

「もしかして、なにか隠し事してますか」

「俺の勝手だろ」

ふぃっと視線を逸らして樹馬さんは黙ってしまった。
なにを隠しているのかひじょーに気になるが、さっきさんざん照れさせたので、今日は追求しないでおく。
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