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第二章 目指せ玉の輿
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結局、朝こっそり逃げだしてきたマンション……正確にはレジデンスにまた戻ってきた。
社長の部屋は四階建て低層レジデンスの最上階角部屋だ。
「俺は風呂入るけど一緒に入るか?」
「入りません!」
さも普通なように言われたが、かぶせ気味に力一杯断って、ソファーにあったクッションを掴んで投げつける。
しかしそれは危なげなく彼にキャッチされた。
「そうか。
ここは別棟に大浴場があるから、案内してやろうと思ったんだけどな」
「大浴場……」
その言葉にぴくりと身体が反応する。
「だ、男女は別ですか?」
「当たり前だろ」
ならば、行きたい。
しかし、あんな紛らわしい言い方はしなくていいと思う。
「じゃあ行きます!
あ、でも、着替えが……」
なにも聞かされないまま半ば強制的にここへ連行されたのでなにも持ってきていない。
「ちょっと待ってろ」
寝室に社長が消えていき、少ししてなにやら抱えて戻ってきた。
「まず、部屋着だろ」
ピンク色のスウェット上下が腕の上に置かれる。
「あと下着。
ブラはナイトブラにしたけどよかったよな?
あ、新品だからな」
「は……い?」
部屋着は元カノが置いていったのかもしれないが、下着の意味がわからない。
女性ものの下着、しかも新品を常備しているなんて、それだけ社長の家には女性が泊まりに来るんだろうか。
けれど私が社長付の秘書になったこの一年、そういう女性の影はなかった。
それに、本命がいるとは言っていたし。
あ、でも、好きでもない私と婚約するくらいだから、そうでもない……?
「化粧品は浴場に置いてあるはずだし、ここにもあるから必要なら出す」
「あ、えっと。
十分、です。
ありがとう、ございます……」
とりあえず今晩の服問題は解決したので、深く考えないようにしよう。
レジデンスを出て向かいの建物に大浴場はあった。
取り囲むように建っている、三棟のレジデンスの共用施設だそうだ。
さらにここには、プール付きのジムまで完備されているそうだ。
さすが、セレブの住居は違う。
「はぁー、生き返る……」
広い浴槽で手足を思いっきり伸ばす。
中にはスーパー銭湯並みにジェットバスやサウナまであった。
といっても私は、テレビでしか見たことがない。
浴場には身体を洗っている人がひとりとジェットバスにひとりしかいない。
もしかしたらサウナの中にもいるかもしれないが。
閑散としていて大丈夫か心配になってくるが、これで商売しているわけじゃないからいいのか。
それに、人が少なくてゆっくりできるのは非常にいい。
「なんか怒濤の一日だったな……」
目が覚めたら下着姿で、まさかの御子神社長と同じベッド。
さらに鍵を忘れていくなんて失態を犯して貧乏がバレ、彼の嘘婚約者になるなんて誰が思う?
それにしても御子神社長は謎だ。
どこぞのご令嬢と思っていた私がド貧乏、しかも本性はまったくお嬢様じゃないのを知って、幻滅しないんだろうか。
それこそ彼だって、バレたら逆ギレしてくる人間もいるかもとか言っていたじゃないか。
なのにどうも、楽しんでいる節があるし。
女性遍歴も謎だ。
心に決めた人間がいるから見合いも寄ってくる女も鬱陶しいと言っていたわりに、部屋にはしょっちゅう女性が来ているとしか思えないものが常備してある。
あの人は一途なのか、それとも遊び人なのか。
それすらも恋愛経験のない私にはわからない。
「ま、いいけどね」
身体もほぐれ、お風呂から上がる。
どっちだろうと私は、今までのイメージを崩さないために彼の婚約者のフリをするだけだ。
あとはお金のために目指せ、玉の輿。
借りた服を着たらサイズぴったりだった。
服はまだわかるが、ブラのサイズまであっているってどうなっているんだろ。
置いてあるアメニティを借りてお肌の手入れもする。
浴室にあったシャンプーなどもこれも、高級ブランドのもので驚いてしまう。
着替えて出たら先に帰っていればいいのに、御子神社長が待っていた。
彼が着ているスウェットが私のものとペアに見えるが……スルーしておこう。
「すみません、おまたせして」
「いや、いい。
俺が勝手に待っていただけだ」
なぜか照れくさそうに人差し指でぽりぽりと頬を掻き、彼が歩きだす。
そのまま一緒に部屋まで戻った。
「そうだ。
今日は鰻を家族にまでごちそうしていただき、ありがとうございました。
おみやげまで持たせていただいて申し訳ないです」
ソファーに座り、渡されたペットボトルの炭酸水を飲む。
「別にお礼を言われるようなことなにもしていない。
言っただろ、清子の家族はもう俺の家族だって」
私の隣でペットボトルを傾けながらさも当たり前のように御子神社長は言ってくるが、そうなんだろうか。
私たちはあくまでも仮初めの婚約関係なのに。
お風呂上がりのほてりも落ち着き、寝ることになった。
……のはいいが。
「なんで一緒のベッドなんですか?
これだけ広い部屋ならゲストルームとか絶対用意してますよね?」
案内されたのは今朝と同じ寝室でため息が出てしまう。
「ゲストルームはあるがしばらく使ってないから、きっと埃っぽいぞ。
なにもしないし、別に問題ないだろ?」
先にベッドに寝転び、ここに寝ろと御子神社長が隣をぽんぽんと叩く。
「えー」
「なんだ、その顔は。
そんなに俺と一緒に寝るのは嫌か」
そんなの、嫌に決まっている。
「埃っぽいゲストルームのほうがマシです。
キスの前科があるので信用できませんし」
「うっ」
私の指摘で社長が言葉を詰まらせる。
「絶対になにもしない。
ほら、こい」
「えっ!?」
強引に手を引っ張られ、強制的に社長の隣に寝らされる。
しかも動けないように、その大きな身体で包み込むように抱き締めてくる。
「離してください」
「ヤダ。
俺、抱き枕がないと眠れないんだ」
私の声は冷たかったが、社長にはまったく効いていない。
「私ではなく抱き枕を使えばいいのでは?」
「うるさい。
つべこべうるさいとキスして口を塞ぐぞ」
またキスされるのは嫌なので、口を噤んだ。
「おやすみ、清子」
「……おやすみなさい」
おとなしくしていたらそのうち、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
もそもそと身体を動かし、腕の中から抜け出る。
「……ほんと、なにがしたいんだろ」
とにかく今日は疲れている。
少し距離を取り、私も目を閉じた。
社長の部屋は四階建て低層レジデンスの最上階角部屋だ。
「俺は風呂入るけど一緒に入るか?」
「入りません!」
さも普通なように言われたが、かぶせ気味に力一杯断って、ソファーにあったクッションを掴んで投げつける。
しかしそれは危なげなく彼にキャッチされた。
「そうか。
ここは別棟に大浴場があるから、案内してやろうと思ったんだけどな」
「大浴場……」
その言葉にぴくりと身体が反応する。
「だ、男女は別ですか?」
「当たり前だろ」
ならば、行きたい。
しかし、あんな紛らわしい言い方はしなくていいと思う。
「じゃあ行きます!
あ、でも、着替えが……」
なにも聞かされないまま半ば強制的にここへ連行されたのでなにも持ってきていない。
「ちょっと待ってろ」
寝室に社長が消えていき、少ししてなにやら抱えて戻ってきた。
「まず、部屋着だろ」
ピンク色のスウェット上下が腕の上に置かれる。
「あと下着。
ブラはナイトブラにしたけどよかったよな?
あ、新品だからな」
「は……い?」
部屋着は元カノが置いていったのかもしれないが、下着の意味がわからない。
女性ものの下着、しかも新品を常備しているなんて、それだけ社長の家には女性が泊まりに来るんだろうか。
けれど私が社長付の秘書になったこの一年、そういう女性の影はなかった。
それに、本命がいるとは言っていたし。
あ、でも、好きでもない私と婚約するくらいだから、そうでもない……?
「化粧品は浴場に置いてあるはずだし、ここにもあるから必要なら出す」
「あ、えっと。
十分、です。
ありがとう、ございます……」
とりあえず今晩の服問題は解決したので、深く考えないようにしよう。
レジデンスを出て向かいの建物に大浴場はあった。
取り囲むように建っている、三棟のレジデンスの共用施設だそうだ。
さらにここには、プール付きのジムまで完備されているそうだ。
さすが、セレブの住居は違う。
「はぁー、生き返る……」
広い浴槽で手足を思いっきり伸ばす。
中にはスーパー銭湯並みにジェットバスやサウナまであった。
といっても私は、テレビでしか見たことがない。
浴場には身体を洗っている人がひとりとジェットバスにひとりしかいない。
もしかしたらサウナの中にもいるかもしれないが。
閑散としていて大丈夫か心配になってくるが、これで商売しているわけじゃないからいいのか。
それに、人が少なくてゆっくりできるのは非常にいい。
「なんか怒濤の一日だったな……」
目が覚めたら下着姿で、まさかの御子神社長と同じベッド。
さらに鍵を忘れていくなんて失態を犯して貧乏がバレ、彼の嘘婚約者になるなんて誰が思う?
それにしても御子神社長は謎だ。
どこぞのご令嬢と思っていた私がド貧乏、しかも本性はまったくお嬢様じゃないのを知って、幻滅しないんだろうか。
それこそ彼だって、バレたら逆ギレしてくる人間もいるかもとか言っていたじゃないか。
なのにどうも、楽しんでいる節があるし。
女性遍歴も謎だ。
心に決めた人間がいるから見合いも寄ってくる女も鬱陶しいと言っていたわりに、部屋にはしょっちゅう女性が来ているとしか思えないものが常備してある。
あの人は一途なのか、それとも遊び人なのか。
それすらも恋愛経験のない私にはわからない。
「ま、いいけどね」
身体もほぐれ、お風呂から上がる。
どっちだろうと私は、今までのイメージを崩さないために彼の婚約者のフリをするだけだ。
あとはお金のために目指せ、玉の輿。
借りた服を着たらサイズぴったりだった。
服はまだわかるが、ブラのサイズまであっているってどうなっているんだろ。
置いてあるアメニティを借りてお肌の手入れもする。
浴室にあったシャンプーなどもこれも、高級ブランドのもので驚いてしまう。
着替えて出たら先に帰っていればいいのに、御子神社長が待っていた。
彼が着ているスウェットが私のものとペアに見えるが……スルーしておこう。
「すみません、おまたせして」
「いや、いい。
俺が勝手に待っていただけだ」
なぜか照れくさそうに人差し指でぽりぽりと頬を掻き、彼が歩きだす。
そのまま一緒に部屋まで戻った。
「そうだ。
今日は鰻を家族にまでごちそうしていただき、ありがとうございました。
おみやげまで持たせていただいて申し訳ないです」
ソファーに座り、渡されたペットボトルの炭酸水を飲む。
「別にお礼を言われるようなことなにもしていない。
言っただろ、清子の家族はもう俺の家族だって」
私の隣でペットボトルを傾けながらさも当たり前のように御子神社長は言ってくるが、そうなんだろうか。
私たちはあくまでも仮初めの婚約関係なのに。
お風呂上がりのほてりも落ち着き、寝ることになった。
……のはいいが。
「なんで一緒のベッドなんですか?
これだけ広い部屋ならゲストルームとか絶対用意してますよね?」
案内されたのは今朝と同じ寝室でため息が出てしまう。
「ゲストルームはあるがしばらく使ってないから、きっと埃っぽいぞ。
なにもしないし、別に問題ないだろ?」
先にベッドに寝転び、ここに寝ろと御子神社長が隣をぽんぽんと叩く。
「えー」
「なんだ、その顔は。
そんなに俺と一緒に寝るのは嫌か」
そんなの、嫌に決まっている。
「埃っぽいゲストルームのほうがマシです。
キスの前科があるので信用できませんし」
「うっ」
私の指摘で社長が言葉を詰まらせる。
「絶対になにもしない。
ほら、こい」
「えっ!?」
強引に手を引っ張られ、強制的に社長の隣に寝らされる。
しかも動けないように、その大きな身体で包み込むように抱き締めてくる。
「離してください」
「ヤダ。
俺、抱き枕がないと眠れないんだ」
私の声は冷たかったが、社長にはまったく効いていない。
「私ではなく抱き枕を使えばいいのでは?」
「うるさい。
つべこべうるさいとキスして口を塞ぐぞ」
またキスされるのは嫌なので、口を噤んだ。
「おやすみ、清子」
「……おやすみなさい」
おとなしくしていたらそのうち、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
もそもそと身体を動かし、腕の中から抜け出る。
「……ほんと、なにがしたいんだろ」
とにかく今日は疲れている。
少し距離を取り、私も目を閉じた。
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