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第二章 目指せ玉の輿
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話が終わり、料理が出てくる。
「ねえ!
これほんとに、オレが全部食べていいの!?」
鰻のお重を前にして、真は大興奮だ。
「真、ちょっと静かにして。
……すみません、弟がうるさくて」
「いいよ、あれくらいの頃は俺もそうだった」
おかしそうに御子神社長からくすくすと笑われ、頬が熱くなっていく。
でもさっきの話の最中は静かにしていられるくらい、真は空気が読めるいい弟なのだ。
家族全員で鰻をいただく。
私はたまに御子神社長が連れていってくださるのでひさしぶりくらいの感じだが、弟たちは初めての鰻だ。
「……!」
ひとくち食べた途端、弟たちの顔がみるみる輝いていく。
「うっめー!」
次の瞬間、真の雄叫びが上がった。
お重を掴み、ガツガツと口の中へと掻き込んでいく。
健太はその感動を伝えたいが言葉にならないのか、社長とうな重の間に視線を何往復かさせた。
巧はひとくちずつ、噛みしめるように食べている。
「ママ、これすごく、美味しいね」
望もにこにこ笑いながら食べていて、今まで安い節約ごはんばかり食べさせてきた弟たちが不憫になってきた。
……お金があればこんな高級鰻は無理でも、もっといい食事がさせられるのに。
もし、私が御子神社長を本気にさせて本当に結婚すれば、家族の生活は楽になるんだろうか。
家族を幸せにするためなら、好きでもない人とだって結婚する。
急にこの仮初めの婚約関係に目標ができて、俄然やる気が出てきた。
「美味しかった……」
反芻しているのか、弟たちがうっとりとした顔になる。
「俺、今日の味を思い出に、一週間白飯だけでいける……」
健太ははぁっと感嘆のため息を吐き出したが、それはやめてください。
「そんなにうまかったのか?
じゃあ、また連れてきてやるよ」
「ありがとう、彪夏にぃ!」
上三人の弟が御子神社長を取り囲み、キラキラした目で見ている。
望に続き、食べ物に釣られて彼らも早くも社長に懐いたらしい。
現金な奴らめ。
おみやげに蒲焼きまで持たせてもらい、帰途に就く。
帰りはタクシー二台に分乗だ。
「これ。
残りはお菓子でも買ってくれ」
一台目に乗った上の弟たち三人に社長が一万円札を渡す。
「ほんとにいいの?」
「ああ」
「やったー!
彪夏にぃ、ありがとう!」
弟たちが大喜び過ぎて恥ずかしいが、我が家ではお菓子を買うのは一大イベントなので仕方ない。
「気をつけて帰れよ」
「はーい、おやすみなさーい!」
上機嫌な弟たちを乗せたタクシーが先に走りだす。
それを横目で見ながら真由さんたちが待っている後続のタクシーへと向かった。
「今日はありがとうございました。
それじゃあ……」
「清子はこっち」
「……へ?」
タクシーへ乗ろうとしたら後ろから身体に片腕がかかり、半ば抱き上げるように止められて変な声が出た。
「あの……」
「余りで望くんと美妃ちゃんにおもちゃを、母上も化粧品でも買ってください。
まあ、母上は今のままでも十分美しいですが」
困惑している私をよそに、社長が真由さんに一万円札を数枚握らせる。
「まあ」
スーツのイケメンに美しいなんて言われたうえにウィンクまでされ、真由さんは頬を赤らめている。
いまさらながら気づいたが、真由さんと御子神社長は同じ年なのだ。
これは家族内ダブル不倫の危機なのでは?
とはいえ私と社長はまだ結婚していないし、さらに婚約も嘘婚約だが。
「でもこんなにいただけないわ」
「いいんです。
清子さんの家族はもう私の家族ですから、これからは苦労をさせません」
返されたお札を社長がやんわりと押し戻す。
「じゃあ、お言葉に甘えていただくわ」
ありがたく真由さんはお札を胸に抱き締めた。
こんな施しなんて……と言いたいところだが、お金があれば生活が助かるのは確かだ。
それにもう、そんなプライドはとうに捨てた。
「はい。
今日はありがとうございました。
気をつけてお帰りください」
「こちらこそ、ありがとう」
「おにいちゃん、バイバーイ!」
「あっ……」
社長に促され、私を置いてタクシーが走りだす。
望がおじちゃんではなくおにいちゃんと社長と呼んでいたのは、上の兄たちがそう呼ぶ影響だろう。
……それはいい、が。
「なんで私は帰してもらえなかったのか、聞いてもいいですか?」
笑顔を作った口端がピキピキと引き攣る。
「ん?
清子は今晩、俺の家にお泊まり」
しかし私の怒りに気づいていないのか、さらりと言って社長は車を預けた駐車場へと歩くように促してきた。
「なんで御子神社長の家に泊まらないといけないんですかねー?」
私の声はドスが利いていたが、仕方ない。
「それが清子の地か?
おっかねぇな」
などと言いつつも彼はおかしそうに笑っている。
「そうですよ、これが私の本性です。
いつもは猫かぶっていいところのご令嬢を演じているんですよ。
幻滅しましたか?」
これで婚約はやっぱりやめるとか言ってくれたら、私としては万々歳だ。
……でも、喜んでくれた家族には心が痛むが。
あと、結婚まで持ち込んでお金の心配をなくす計画は、早くも頓挫で残念でもある。
「いや?
さらに清子の弱みを握られてラッキー、くらいにしか思ってない」
右頬だけを歪め、社長がニヤッと笑う。
それを見て腹立たしくはなったが、同時に諦めの境地にもなった。
私が多少、なにかやろうと彼にはまったく効かない。
それどころか面白がられている節もあるので、割り切ったほうが楽だ。
「それで。
どうして今晩、御子神社長の家に泊まらないといけないんですか?」
駐車場で車に乗り、私がシートベルトを締めたのを確認して社長は車を出した。
もし、婚約するんだから同居とかいう理由だったら断りしたい。
今日みたいに下の子供を預かるなんてしょっちゅうだし、健太と巧が大きくなったとはいえまだまだ真由さんだけでは手が足りないからよく手伝いにも行く。
住んでいるアパートが手狭になって社会人になって借りたあの部屋は、同じ大家さんだから安く貸してくれたのもあるが、実家から近いというのも決め手になった。
「ああ。
明日、俺の両親に会いに行くからな。
迎えに行くのも面倒だし、泊まればいいだろ」
「はぁ、そうですか」
面倒だとか意外と自己中な理由で安心した。
そういえば今日の社長は私を脅したり、面倒だから泊まれ言ったり、いつもの好青年ぶりからは想像できない。
もしかして社長も、これが地でいつもは演技しているんだろうか。
「ねえ!
これほんとに、オレが全部食べていいの!?」
鰻のお重を前にして、真は大興奮だ。
「真、ちょっと静かにして。
……すみません、弟がうるさくて」
「いいよ、あれくらいの頃は俺もそうだった」
おかしそうに御子神社長からくすくすと笑われ、頬が熱くなっていく。
でもさっきの話の最中は静かにしていられるくらい、真は空気が読めるいい弟なのだ。
家族全員で鰻をいただく。
私はたまに御子神社長が連れていってくださるのでひさしぶりくらいの感じだが、弟たちは初めての鰻だ。
「……!」
ひとくち食べた途端、弟たちの顔がみるみる輝いていく。
「うっめー!」
次の瞬間、真の雄叫びが上がった。
お重を掴み、ガツガツと口の中へと掻き込んでいく。
健太はその感動を伝えたいが言葉にならないのか、社長とうな重の間に視線を何往復かさせた。
巧はひとくちずつ、噛みしめるように食べている。
「ママ、これすごく、美味しいね」
望もにこにこ笑いながら食べていて、今まで安い節約ごはんばかり食べさせてきた弟たちが不憫になってきた。
……お金があればこんな高級鰻は無理でも、もっといい食事がさせられるのに。
もし、私が御子神社長を本気にさせて本当に結婚すれば、家族の生活は楽になるんだろうか。
家族を幸せにするためなら、好きでもない人とだって結婚する。
急にこの仮初めの婚約関係に目標ができて、俄然やる気が出てきた。
「美味しかった……」
反芻しているのか、弟たちがうっとりとした顔になる。
「俺、今日の味を思い出に、一週間白飯だけでいける……」
健太ははぁっと感嘆のため息を吐き出したが、それはやめてください。
「そんなにうまかったのか?
じゃあ、また連れてきてやるよ」
「ありがとう、彪夏にぃ!」
上三人の弟が御子神社長を取り囲み、キラキラした目で見ている。
望に続き、食べ物に釣られて彼らも早くも社長に懐いたらしい。
現金な奴らめ。
おみやげに蒲焼きまで持たせてもらい、帰途に就く。
帰りはタクシー二台に分乗だ。
「これ。
残りはお菓子でも買ってくれ」
一台目に乗った上の弟たち三人に社長が一万円札を渡す。
「ほんとにいいの?」
「ああ」
「やったー!
彪夏にぃ、ありがとう!」
弟たちが大喜び過ぎて恥ずかしいが、我が家ではお菓子を買うのは一大イベントなので仕方ない。
「気をつけて帰れよ」
「はーい、おやすみなさーい!」
上機嫌な弟たちを乗せたタクシーが先に走りだす。
それを横目で見ながら真由さんたちが待っている後続のタクシーへと向かった。
「今日はありがとうございました。
それじゃあ……」
「清子はこっち」
「……へ?」
タクシーへ乗ろうとしたら後ろから身体に片腕がかかり、半ば抱き上げるように止められて変な声が出た。
「あの……」
「余りで望くんと美妃ちゃんにおもちゃを、母上も化粧品でも買ってください。
まあ、母上は今のままでも十分美しいですが」
困惑している私をよそに、社長が真由さんに一万円札を数枚握らせる。
「まあ」
スーツのイケメンに美しいなんて言われたうえにウィンクまでされ、真由さんは頬を赤らめている。
いまさらながら気づいたが、真由さんと御子神社長は同じ年なのだ。
これは家族内ダブル不倫の危機なのでは?
とはいえ私と社長はまだ結婚していないし、さらに婚約も嘘婚約だが。
「でもこんなにいただけないわ」
「いいんです。
清子さんの家族はもう私の家族ですから、これからは苦労をさせません」
返されたお札を社長がやんわりと押し戻す。
「じゃあ、お言葉に甘えていただくわ」
ありがたく真由さんはお札を胸に抱き締めた。
こんな施しなんて……と言いたいところだが、お金があれば生活が助かるのは確かだ。
それにもう、そんなプライドはとうに捨てた。
「はい。
今日はありがとうございました。
気をつけてお帰りください」
「こちらこそ、ありがとう」
「おにいちゃん、バイバーイ!」
「あっ……」
社長に促され、私を置いてタクシーが走りだす。
望がおじちゃんではなくおにいちゃんと社長と呼んでいたのは、上の兄たちがそう呼ぶ影響だろう。
……それはいい、が。
「なんで私は帰してもらえなかったのか、聞いてもいいですか?」
笑顔を作った口端がピキピキと引き攣る。
「ん?
清子は今晩、俺の家にお泊まり」
しかし私の怒りに気づいていないのか、さらりと言って社長は車を預けた駐車場へと歩くように促してきた。
「なんで御子神社長の家に泊まらないといけないんですかねー?」
私の声はドスが利いていたが、仕方ない。
「それが清子の地か?
おっかねぇな」
などと言いつつも彼はおかしそうに笑っている。
「そうですよ、これが私の本性です。
いつもは猫かぶっていいところのご令嬢を演じているんですよ。
幻滅しましたか?」
これで婚約はやっぱりやめるとか言ってくれたら、私としては万々歳だ。
……でも、喜んでくれた家族には心が痛むが。
あと、結婚まで持ち込んでお金の心配をなくす計画は、早くも頓挫で残念でもある。
「いや?
さらに清子の弱みを握られてラッキー、くらいにしか思ってない」
右頬だけを歪め、社長がニヤッと笑う。
それを見て腹立たしくはなったが、同時に諦めの境地にもなった。
私が多少、なにかやろうと彼にはまったく効かない。
それどころか面白がられている節もあるので、割り切ったほうが楽だ。
「それで。
どうして今晩、御子神社長の家に泊まらないといけないんですか?」
駐車場で車に乗り、私がシートベルトを締めたのを確認して社長は車を出した。
もし、婚約するんだから同居とかいう理由だったら断りしたい。
今日みたいに下の子供を預かるなんてしょっちゅうだし、健太と巧が大きくなったとはいえまだまだ真由さんだけでは手が足りないからよく手伝いにも行く。
住んでいるアパートが手狭になって社会人になって借りたあの部屋は、同じ大家さんだから安く貸してくれたのもあるが、実家から近いというのも決め手になった。
「ああ。
明日、俺の両親に会いに行くからな。
迎えに行くのも面倒だし、泊まればいいだろ」
「はぁ、そうですか」
面倒だとか意外と自己中な理由で安心した。
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