清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第三章 ノブレス・オブリージュ

3-1

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次の日、御子神社長に連れられて彼の実家へ向かう。
その前に百貨店に寄って両親へ会う用の服を新調してくれた。
しかし、白襟の付いた、千鳥格子のマキシ丈Aラインワンピースは彼の趣味なんだろうか。
クラッシックでいかにも深窓のご令嬢感があるけれど、私の趣味ではない。

「そうだ。
〝御子神社長〟は禁止な」

「ハイ……?」

なんで禁止されなきゃいけないんだろうと考えて、すぐに気づいた。
結婚を考えるほどの仲なのに名字で、しかも役職呼びはないだろう。

「じゃあ、なんとお呼びすれば……?」

「彪夏だろ、やっぱり」

下がってもいない眼鏡を社長は上げた。

「えー」

「……なんで嫌そうなんだよ」

不服そうに社長が唇を尖らせる。
でも、名前呼びってなんか嫌なんだもん。

「〝御子神さん〟でいいんじゃないですか。
結婚しても名字呼びの夫婦だってありますし」

亡くなった母は父を祥平しょうへいさんと名前で呼んでいたが、父は母を旧姓である有村ありむらさんと呼んでいた記憶がある。
しかし真由さんは名前呼びなのでそこは謎だ。

「却下」

「はぁっ?
なんで却下なんですか」

半ばけんか腰に社長の顔を見る。

「俺が清子に彪夏って呼んでほしいからだ」

「はぁっ?」

どういう意図か探ろうとするが社長は涼しい顔で運転をしていて、なにもわからなかった。

「なんで名前で呼んでほしいんですか」

「それは……秘密だ」

社長は口をへの字に曲げてしまい、これ以上聞いても答えてくれそうにない。

「理由を教えてくれないなら、名前でなんて呼びませんよ」

「うっ」

社長は声を詰まらせているが、それはそうだよね?
微妙な沈黙が車内を支配する。
これは私が妥協するべきなんだろうか。
これでへそを曲げて貧乏をバラされたら困るもんね。

「あの」

「……A5ランク黒毛和牛」

「え?」

私が口を開くのと御子神社長が口を開いたのは同じタイミングだった。
おかげでよく聞き取れず、聞き返してしまう。

「今日、俺の両親に会ってくれるお礼に、A5ランクの黒毛和牛の肉をやろうと思ったんだけどな」

「それは何キロ、何キロですか!?」

黒毛和牛、しかもA5ランクに思わず食いついた。

「キロってお前、そんなに食べるのか?」

社長は驚いているが、ねぇ。

「健太と巧だけで軽く一キロは食べますよ。
でもいつもは安いおからとかでお腹を満たしているので、たまには美味しいお肉でいっぱいにしてあげたいじゃないですか」

うちには食べ盛りの高校男子がふたりもいるのだ。
なのに足りない分をおからで満たしているなんて可哀想すぎる。

「そうだな。
わかった、五キロ買ってやろう」

「やった。
ありがとうございます、……えっと。
彪夏、さん」

これくらいで簡単に名前呼びしている私はチョロいんだろうか。
いや、弟たちのためならチョロくていい。
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