清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第四章 家族にとっての私

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こんなに食べきれるんだろうかと思っていたお寿司は、あっというまになくなった。

「腹いっぱい……」

はぁっと健太が、ため息をつく。

「ひゅうがおにぃちゃん、ひこうきかいたよ!」

「おお、そうか」

彪夏さんは望を膝の上にのせ、彼が描く絵を見ている。

「上手いけど、赤にしないか?」

望の描いた飛行機は青色だ。

「なんで?」

不思議そうに望が彪夏さんの顔をのぞき込む。

「お兄ちゃんの会社の飛行機は赤だからな。
赤に塗ってくれると嬉しいな」

我がチェリーエアラインは〝チェリー〟の名と同じくチェリーレッドの機体を運用している。
彪夏さんも社長らしく、やはり他社よりも自社飛行機を描いてほしいようだ。

「あっ、そうだね!
おにいちゃんからもらったひこうき、あかだった!」

もらったキーホルダーを思い出したのか、赤のクレヨンを握って新たな飛行機を望が描きだす。
ふたりはまるで親子みたいで、微笑ましい。

「そうだ兄さん。
バイトの話、どうするんだよ?」

てきぱきとゴミをまとめおわり、巧は健太の隣に腰を下ろした。

「どうすっかなー。
金は欲しいけどあそこの店長、感じ悪いしなー」

嫌そうに健太が顔をしかめる。

「バイトって?」

高校生になったらバイトをするとは聞いていた。
しかし、勤務先は姉としては吟味したい。

「たまに行くコンビニあるじゃん?
あそこ、いつもバイト募集してるんだけどさ」

「それで応募してみようかな、と」

「ああ、あそこねー」

スーパーが閉まっている時間帯に、緊急事態で行くことがあるコンビニだとすぐにわかった。
お客にすら愛想笑いどころかむすっとしている店長は確かに、感じが悪い。
それに、常時バイト募集というのも気にかかった。

「時給はいくらになってた?」

彪夏さんが話に加わってくる。

「ええっと……」

巧から金額を聞いて、彪夏さんが厳しい顔になった。

「やめたほうがいい。
いつもバイトを募集しているってことはそれだけ、長続きしないってことだ。
しかも時給が最低賃金。
ろくなところじゃないと断言できる」

「そっか……」

がっくりとふたりの肩が落ちる。
早くお金を稼いで家計を楽にしたいというのは切実な思いだけに、そうなるだろう。

「ほ、ほら?
今でもカツカツだけどなんとかやっていけてるし?
それにお姉ちゃん、給料そこそこ増えたんだよ?
だからそんなに、焦って探さなくても」

「それじゃダメなんだよ!」

大きな声を出した健太が床を力任せに叩き、しんと静まり返った次の瞬間。

「ギャー!
ンギャー、ンギャー!」

驚いた美妃の泣き声が響き渡る。

「あらあら。
大丈夫よー」

真由さんは美妃を抱き上げ、あやしながら部屋を出ていった。

「けんたおにぃちゃん、おこってる……?」

望も怯えたように彪夏さんにしがみついている。

「あ……ごめん」

目の縁を赤く染め、ばつが悪そうに健太が目を逸らす。

「……清ねぇはもう結婚するんだし、いつまでも頼るわけにはいかねぇだろうがよ……」

巧も悔しそうに俯いていて、なんと声をかけていいのかわからなかった。
ここで下手に声をかけても、彼らをさらに意固地にさせるばかりだ。

「俺がバイト先を紹介してやろうか?」

今にも泣きだしそうな望の頭を撫でて宥めながら、彪夏さんが提案してくる。

「ほんとに!?」

これには即、健太も巧も食いついた。

「ああ。
系列の会社でいいなら紹介してやる」

「やったー!
……って、ちょっと待って。
それって彪夏さんの義弟って、特別扱いされたりしないか?
そういうのはちょっとヤダなー」

喜んだもの束の間、健太が真剣に悩みだす。

「僕は反対に、配慮されたいけどね。
勤務時間とか休みとか。
急に望と美妃を迎えに行かなきゃいけないときとかあるし。
配慮してくれるんだったら少しくらい、嫌味とは言われても平気」

反対に巧は、我が弟ながらしたたかだ。

「そうだな!
弟たちのためだったら少しくらい、我慢するか!」

吹っ切ったのか顔を上げた健太は、明るい顔になっていた。

「そういうわけで彪夏にぃ、よろしくお願いします!」

ふたり揃って勢いよく、彪夏さんに頭を下げる。

「任せておけ。
履歴書書けたら清子に預けてくれるか?」

「わかった」

本当に嬉しそうにふたりが頷く。
彪夏さんに任せておけば安心だと思うと同時に。
さっきの健太の言葉は、私はこの家族では異分子だと言われたような気がして淋しかった。
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