清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第四章 家族にとっての私

4-4

宝飾店を出たあとは、少し早いが彪夏さん行きつけの寿司屋で、約束どおりお寿司を買ってくれた。

「健太たち、絶対喜びます」

スーパーの半額お寿司でもお祭り騒ぎなのだ。
こんなの見たらまた、踊っちゃうかも。

「そうか。
健太たちが喜んでくれると俺も嬉しいんだよなー」

楽しそうに彪夏さんは笑っている。
それがいいなとちょっと思っていた。

「ただいまー」

「大トロ様がいらっしゃったぞ!」

「……は?」

ドアを開けると同時に健太と真が飛び出てきた。

「大トロ様!
大トロ様!」

真は受け取った寿司桶を御神輿よろしく頭上に捧げ持ち、部屋の中へと入っていく。

「ちょっと!
落とさないでよね!」

「すみません、兄と弟が」

さすがに今日は巧も苦笑いしている。

「いや、あそこまで喜んでもらえて、寿司も本望だろう」

彪夏さんは真面目な顔で頷いているが、お寿司にそんな感情があるんだろうか……?

「清ちゃん、彪夏さん、いらっしゃい」

今日は真由さんが台所に立っていた。
お寿司にあわせてお吸い物を作っていてくれたみたいだ。

「真由さん、私がやるよ」

「あらそう?」

彼女から鍋を引き継ぎ、お椀に注いでいく。
今日は巧の勉強机である折りたたみのテーブルも置いて、スペースを広げてあった。
おかげで部屋はさらに狭いが、襖を開ければ隣の部屋と続き間になるのだ。
問題はない。

「彪夏にぃも一緒に食べていってください!」

今日も健太が彪夏さんの肩を押し、無理矢理座らせていた。

「じゃあ、ごちそうになるよ」

笑いながら彪夏さんは座ったが、お寿司を買ったのは彼で私たちがごちそうになるほうですが?

「はいはい、持っていってー」

台所から各々、お椀を持っていかせる。
私も彪夏さんの分とふたつお椀を持っていき、彼の隣に座った。

「どうぞ」

「ありがとう」

ふと、こんな具がカイワレだけのお吸い物を彼に出していいのだろうかとか考えたが、知らないフリをしておこう。

ふたつの寿司桶の片方は、……大トロで埋め尽くされていた。

「えっと……彪夏さん?
いくらなんでもこれは……」

「そうか?
喜んでいるみたいだが?」

「彪夏にぃ!
これが大トロ?
大トロ?
オレ、初めて食べるー!」

「こら真、行儀悪い!」

真はテーブルに手をついてぴょんぴょん飛び跳ねている。

「すみません、弟が」

「いや、いい。
俺もあれくらいの頃はああだった」

「はぁ……?」

半ズボンを穿き、膝に絆創膏を貼ってはしゃぐ、子供の彪夏さんを想像しようとしたができなかった。
だっていいところの坊ちゃんで落ち着いているイメージしかないんだもの。

「じゃあ。
ありがたくお寿司をいただきます!」

「いただきます!」

勢いよく皆が手をあわせ、お寿司に箸を延ばす。
上三人はもちろん、大トロだ。
咀嚼する僅かなあいだ、静かになったかと思ったら。

「うっめー!」

例に漏れず真の雄叫びが上がる。

「えっ?
溶けた、溶けたよ?
ネタだけじゃなくご飯も溶けたよ?」

健太も興奮冷めやらぬ様子で、お寿司と彪夏さんのあいだに視線を何往復もさせた。

「これが本物の寿司……」

巧にいたっては感動して、目尻に涙すら浮かんでいた。

「大袈裟だよ。
望はなに、食べようか?」

いつものスーパーのお寿司とは様子が違い、望は戸惑っているようだ。
とはいえ、頼みづらくて言わなかったからたぶんわさび入っているし、そうなると望が食べられるのは限られちゃうな……。

「望のはこっちだ」

傍らに置いてあった小さなパックを、彪夏さんは望の前に置いた。

「サビ抜きにしてもらったから問題ないだろ」

照れくさそうに人差し指でぽりぽりと彪夏さんが頬を掻く。
望用もちゃんと、大トロ多めにしてあった。

「ありがとうございます!」

まさか、そんな気を遣ってくれるなんて思ってもいなかった。
彪夏さんって本当にいい人だな。

「望、ほら。
彪夏おにいちゃんがわさび抜きにしてくれたって」

「ありがとう、ひゅうがおにぃちゃん!」

「お、おう!」

望からキラキラ笑顔を向けられ、彪夏さんの顔はほのかに赤くなっていた。
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