清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第四章 家族にとっての私

4-6

歩いて帰れるというのに、彪夏さんはわざわざ送ってくれた。

「なあ。
ほんとに帰るのか」

「帰りますけど?」

五分もかからない距離とはいえ、ずっとこれを繰り返されるのはいい加減うんざりする。
さらに。

「やっぱり俺んちに住んだほうがいいと思うけど」

着いてシートベルトを外そうとしたら、手を押さえて阻止してきた。

「い、や、で、す!」

わざとひと文字ずつ区切って強調し、全力で拒否する。

「何度も言いますけど、私と彪夏さんは嘘の婚約者なんです。
愛とか恋とかない相手と理由もなく一緒に住むなんて、嫌に決まってます」

「愛とか恋とかって……。
意外と古風なのな、清子」

くすくすとおかしそうに笑われ、カッと頬が熱くなった。

「でも、間違ったことは言ってないはずです」

キッ、と力一杯睨みつけたら、ようやく彪夏さんは笑うのをやめた。

「そうだな。
だったら愛とか恋とかあれはいいんだろ?」

彪夏さんの手が私の顎にかかる。
ゆっくりと傾きながら近づいてくる顔を間抜けにもぼーっと見ていた。
あの、薄く形のいい唇が私の唇に触れ、離れる。

「清子のサードキス、いただき」

「えっ、あっ。
な、なにを……!」

みるみる全身が熱くなっていく。
彪夏さんの手がシートベルトを解除し、シュルシュルと巻き上がっていった。

「降りないのならこのまま連れて帰るぞ?」

「お、降りますよ!」

今にも彪夏さんはアクセルを踏みそうで、慌ててドアを開けて車から降りる。

「おやすみ、清子」

ひらひらと手を振りながら去っていく彪夏さんを、呆然と見送った。

「……なにが、したかったんだろ」

ふらふらと自分の部屋に入り、腰が抜けたかのようにぺたんと座り込んだ。

「彪夏さんと、キス……」

そっと、自分の唇に触れてみる。
もう三度目、それでも意識してしまうのは私がウブだから?
それに愛とか恋とかあればいいって、あの人は私を落とす気なんだろうか。
でも、心に決めた人がいると言っていたではないか。

「……ん?」

今、僅かに胸の奥がちくんと痛んだ気がしたけれど、なんだったんだろう……?
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