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第八章 この一時だけでも
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「清子。
さっきの……」
「はい。
すでに確認の連絡を入れてあります」
「上等」
先回りした私の答えを聞き、右の口端を上げて彪夏さんがニヤリと笑う。
「最近ますます、清子が一人前の秘書らしくなってきたな」
「……それはちょっと、失礼じゃないですか」
まるで今まで私は半人前だったような言い様だが、……まあ、実際はそうか。
嶋谷室長たちの支えがあって、どうにか失敗しないようにやってこられたに過ぎない。
「わるい。
でも、前よりも頼もしくなったのは確かだ」
彪夏さんに褒められて、頬が熱くなっていく。
最近、前よりももっと熱心に仕事に取り組むようになった。
――彪夏さんに女として好きになってもらえなくても、頼れる秘書として認められ、長く傍に置いてもらいたい。
そのために家に帰ってからもいろいろ勉強している。
その成果が少しは出ているのかな。
「グループ独自の奨学金設立の提案書を作るから、資料集め、頼むな」
「はい」
気分転換に淹れてきたコーヒーを受け取り、彪夏さんが口に運ぶ。
ウッサーランドへ行ったあと、弟たちと話しあって、彪夏さんには巧の大学進学資金を借りることで折り合いがついた。
それならきっと、この仮初めの婚約関係が終わったあとでも大丈夫だろうという期待もある。
『借りなくても出してやるって言ってるのに』
彪夏さんは借りると頑なな私たちに苦笑いしていたが。
巧のこの先の学費にとりあえずの目処がついたので、健太と巧はバイトを少し、減らしたようだ。
心配していただけに、よかった。
さらに彪夏さんは、我が家の問題だけで終わらなかった。
『家庭の事情で進学できないのは清子の家族だけじゃないもんな。
それを全部、俺個人じゃ救えないが、会社、それもグループでやればいろいろできるはずだ』
……と、本部に提案するべく、動いている。
「うちのグループに入社するなら返済不要とかいいよな。
それなら優秀な人材を早めに押さえられるし。
……ん?
待てよ。
就職活動もしなくていいから勉強に専念できて、さらにいいんじゃないか?」
ぽんぽんと出てくる案を、手帳に書き留めた。
あとから、さっきなんかいいこと言ったと思うけれど、覚えているか?
なんて聞かれるのだ。
「そういや、清子の学費はどうしたんだ?
清子、大卒だろ。
奨学金か?」
不思議そうに彪夏さんが聞いてくるが、その疑問はもっともだ。
巧の大学進学ですら危うかったくらいだもの。
「母が残してくれたお金があったんですよ、それで」
父が真由さんと再婚し、私が施設から家に戻ってきた頃、母が死んだときに入ってきた保険金が、手つかずで残っていた。
生活が切羽詰まるたびにあれを使おうと真由さんに提案したが、絶対にこのお金は将来必要になるからと彼女は頑として首を縦に振らなかった。
高校を卒業したら、働くつもりだった。
それを反対したのも真由さんだ。
『行けるんだったら大学へ行ったほうがいいわ。
就職の幅が広がるし、世界も広がる。
お金はちゃんと、取ってあるんだから』
私の選択の幅を狭めないために、真由さんが母の残してくれたお金を守ってくれたのだと知った。
あのときは本当に、真由さんに感謝した。
だからこそ、弟たちにできる限りのことをしようと誓ったのだ。
「そうか。
母上は清子の本当の母親も同然だな」
眼鏡の向こうで目尻を下げ、彪夏さんが微笑む。
「当たり前じゃないですか。
真由さんは私にとって、二人目の母親です」
それに、笑って返す。
生活の苦労はあったが、真由さんのおかげで施設を出たあとの私は淋しくなかった。
今の私があるのは、全部真由さんのおかげだ。
さっきの……」
「はい。
すでに確認の連絡を入れてあります」
「上等」
先回りした私の答えを聞き、右の口端を上げて彪夏さんがニヤリと笑う。
「最近ますます、清子が一人前の秘書らしくなってきたな」
「……それはちょっと、失礼じゃないですか」
まるで今まで私は半人前だったような言い様だが、……まあ、実際はそうか。
嶋谷室長たちの支えがあって、どうにか失敗しないようにやってこられたに過ぎない。
「わるい。
でも、前よりも頼もしくなったのは確かだ」
彪夏さんに褒められて、頬が熱くなっていく。
最近、前よりももっと熱心に仕事に取り組むようになった。
――彪夏さんに女として好きになってもらえなくても、頼れる秘書として認められ、長く傍に置いてもらいたい。
そのために家に帰ってからもいろいろ勉強している。
その成果が少しは出ているのかな。
「グループ独自の奨学金設立の提案書を作るから、資料集め、頼むな」
「はい」
気分転換に淹れてきたコーヒーを受け取り、彪夏さんが口に運ぶ。
ウッサーランドへ行ったあと、弟たちと話しあって、彪夏さんには巧の大学進学資金を借りることで折り合いがついた。
それならきっと、この仮初めの婚約関係が終わったあとでも大丈夫だろうという期待もある。
『借りなくても出してやるって言ってるのに』
彪夏さんは借りると頑なな私たちに苦笑いしていたが。
巧のこの先の学費にとりあえずの目処がついたので、健太と巧はバイトを少し、減らしたようだ。
心配していただけに、よかった。
さらに彪夏さんは、我が家の問題だけで終わらなかった。
『家庭の事情で進学できないのは清子の家族だけじゃないもんな。
それを全部、俺個人じゃ救えないが、会社、それもグループでやればいろいろできるはずだ』
……と、本部に提案するべく、動いている。
「うちのグループに入社するなら返済不要とかいいよな。
それなら優秀な人材を早めに押さえられるし。
……ん?
待てよ。
就職活動もしなくていいから勉強に専念できて、さらにいいんじゃないか?」
ぽんぽんと出てくる案を、手帳に書き留めた。
あとから、さっきなんかいいこと言ったと思うけれど、覚えているか?
なんて聞かれるのだ。
「そういや、清子の学費はどうしたんだ?
清子、大卒だろ。
奨学金か?」
不思議そうに彪夏さんが聞いてくるが、その疑問はもっともだ。
巧の大学進学ですら危うかったくらいだもの。
「母が残してくれたお金があったんですよ、それで」
父が真由さんと再婚し、私が施設から家に戻ってきた頃、母が死んだときに入ってきた保険金が、手つかずで残っていた。
生活が切羽詰まるたびにあれを使おうと真由さんに提案したが、絶対にこのお金は将来必要になるからと彼女は頑として首を縦に振らなかった。
高校を卒業したら、働くつもりだった。
それを反対したのも真由さんだ。
『行けるんだったら大学へ行ったほうがいいわ。
就職の幅が広がるし、世界も広がる。
お金はちゃんと、取ってあるんだから』
私の選択の幅を狭めないために、真由さんが母の残してくれたお金を守ってくれたのだと知った。
あのときは本当に、真由さんに感謝した。
だからこそ、弟たちにできる限りのことをしようと誓ったのだ。
「そうか。
母上は清子の本当の母親も同然だな」
眼鏡の向こうで目尻を下げ、彪夏さんが微笑む。
「当たり前じゃないですか。
真由さんは私にとって、二人目の母親です」
それに、笑って返す。
生活の苦労はあったが、真由さんのおかげで施設を出たあとの私は淋しくなかった。
今の私があるのは、全部真由さんのおかげだ。
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