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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される(新婚編)
最終話『青海波』
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気が重い、足が重い。
嬉しい出来事から、わずか十日後。義孝は重い足で自宅に帰った。
「おかえりなさいませ」
以前は走るように廊下を急いでいた花が、今は歩いている。
母になる喜びを、一歩一歩噛み締めている。
「ただいま、花さん。体調は?」
「はい。吐き気は、昨日だけで・・・早く気付け、って言っていたのかも知れません」
「はは、そうですね」
「はい。孝行な子です」
ふふ、と花が笑う。
「花さん。後で話があります、いいですか」
「はい」
花は頷く。
そして、ハッとする。
義孝の顔が、偽旗作戦のときと同じく、強張っていたからだ。
「・・・まさか」
奥の部屋に消える義孝を、花は不安な気持ちで見送った。
✜✜✜◇◇✜✜✜
「あの、何が」
食事を済ませ、風呂に入った。
「あの、義孝さ」
「艦艇が、完成しました」
「え」
花の顔がこわばる。
「来月、復員の送迎になります」
「え?」
花の顔から、血の気が引いてしまう。
「どこへ、向かわれるのですか?」
「・・・すみません」
言えないことを分かっていて、花は訊ねた。
「お戻りは?」
「・・・・行きと帰りでは、航路が違います。明確には」
ふ、と涙が浮かぶ。
「遠いんですね?」
「すみません」
「いえ、分かっています。お国の為に闘った方々を迎えに行くんですもの。仕方・・・ありません」
――――淋しい。
涙がポタポタと、畳に沁み込む。
「赤ちゃんが生まれる時、傍にいないんですね」
「すみません、ホントに」
義孝の目が紅いことに、花は気付いた。泣きたいのを、必死に堪えている。
「いえ、私こそ。いつも泣いてばかりで・・・・ごめんなさい」
次は、いつ帰るか。
行きと帰りは航路が変わるため、確かな日程は分からない。
「名前、考えます。二通り」
「・・・はい」
義孝の腕が抱き寄せる。
「必ず、必ず、帰ります」
(震えてる!船旅なんて、慣れっこの人が)
義孝が泣いていると、花は気付いた。
「無事を待っています。子供とお義母さんと、みんなで」
「・・・・っ」
「だから、心配しないで?元気な赤ちゃん、生んで・・・迎えに行くから」
こんな事を、何回も経験することになる。
誕生日
運動会
授業参観
その他にも、義孝のいない行事はごまんと訪れる。
耐えられるだろうか?
いや、乗り越えなくては!
「どっちでしょうか」
「さあ?」
「この子が成人するまでに、皆が帰れるといいですね」
「大丈夫、きっと・・・長くはかからないはずです」
涙が流れ落ちる。
戦争に行くわけじゃない。
「あの、一つだけ」
「なんですか?」
「お産って、すっごく痛いらしいんです」
「はい」
「だから、その」
ふるっ、と涙目になる。
「なんで、こんな時にいないの?って、叫んでもいいですか」
―――いくらでも。
「いくらでも、叫んでください」
義孝の目に、涙が浮かぶ。
「すみません、大事な時に・・留守にして」
「なんでぇ」
グスッと、しゃくり上げる。
分かっているのに、仕方のないことと――――。
融通してくれても。
言葉が喉元まで、既のところで堪える。
「い・・・」
征かないで。
グスッ、と何度もしゃくり上げる。
「すみません、ホントに」
無事、帰れるだろうか。
まだ、知らない国の海に征かねばならない。
「ごめんなさい、義孝さんだって・・・怖いですよね」
「まあ、多少」
「知らない国の、知らない海ですもん。怖いですよね」
それより、もし花に何かあれば・・・その方が、義孝には恐ろしい。今も昔も、出産は命がけであり、命を落とす妊産婦は少なくない。
こんなに小さく、華奢な身体で大丈夫だろうか。
「花さんこそ、無事でいてください。あなたが生きているなら、必ず帰ります」
「はい」
「私の帰る場所は、花さんの傍です」
「はいっ」
✢✢✢◆◆◆✢✢✢
「全く」
千代が毒づいた。
「毎度、毎度、毎度、毎度のことだけれど・・・ホントに、いきなりね!」
「すみません」
「来年の一月よ。赤ちゃんが生まれるのは」
「はい」
「無事に帰りなさい。母より先に逝くことは、許しませんよ」
「はい、肝に銘じます」
義孝が、深く頭を下げる。
「留守中、花さんのこと・・・よろしく、お願い致します」
震える息子に、千代が涙を溢れさせる。
「五十路前の男が、泣くのはやめなさい!みっともない」
――――必ず、戻りなさい。
優しい声音で、千代が告げた。
そして、瞬く間に出港の日が来てしまった。
「こちらの封筒が男の子、こちらが女の子の名前です」
「はい」
「次に帰るのは、恐らく・・・早くても来年の三月か、四月の末になります」
「―――はい」
涙が零れそうになる。
「!」
抱き寄せられ、視界が真っ白になる。義孝の夏の軍服が視界を埋め尽くす。
「どうか、無事で」
義孝の声、肩が震えている。
「はい。必ず、無事に産んでみせます。だから、義孝さんも必ず・・・元気に帰って来て下さい」
時間が許す限り、二人は抱き合っていた。二人が夫婦になり、ちょうど一年になった。
「みんな、揃っているか」
「はい」
操舵室には杉田中佐をはじめとする士官達が、敬礼をして義孝を迎える。
窓の向こう側、白い砂浜に花の浅葱色の青海波の着物が見える。
「いってきます」
義孝が敬礼するのと同時に、艦内に乗る全ての海兵が花に敬礼した。
ーーーいってらっしゃい。
次は、一年あとになる。
花は深雪が沖に消えるまで、見つめていた。
嬉しい出来事から、わずか十日後。義孝は重い足で自宅に帰った。
「おかえりなさいませ」
以前は走るように廊下を急いでいた花が、今は歩いている。
母になる喜びを、一歩一歩噛み締めている。
「ただいま、花さん。体調は?」
「はい。吐き気は、昨日だけで・・・早く気付け、って言っていたのかも知れません」
「はは、そうですね」
「はい。孝行な子です」
ふふ、と花が笑う。
「花さん。後で話があります、いいですか」
「はい」
花は頷く。
そして、ハッとする。
義孝の顔が、偽旗作戦のときと同じく、強張っていたからだ。
「・・・まさか」
奥の部屋に消える義孝を、花は不安な気持ちで見送った。
✜✜✜◇◇✜✜✜
「あの、何が」
食事を済ませ、風呂に入った。
「あの、義孝さ」
「艦艇が、完成しました」
「え」
花の顔がこわばる。
「来月、復員の送迎になります」
「え?」
花の顔から、血の気が引いてしまう。
「どこへ、向かわれるのですか?」
「・・・すみません」
言えないことを分かっていて、花は訊ねた。
「お戻りは?」
「・・・・行きと帰りでは、航路が違います。明確には」
ふ、と涙が浮かぶ。
「遠いんですね?」
「すみません」
「いえ、分かっています。お国の為に闘った方々を迎えに行くんですもの。仕方・・・ありません」
――――淋しい。
涙がポタポタと、畳に沁み込む。
「赤ちゃんが生まれる時、傍にいないんですね」
「すみません、ホントに」
義孝の目が紅いことに、花は気付いた。泣きたいのを、必死に堪えている。
「いえ、私こそ。いつも泣いてばかりで・・・・ごめんなさい」
次は、いつ帰るか。
行きと帰りは航路が変わるため、確かな日程は分からない。
「名前、考えます。二通り」
「・・・はい」
義孝の腕が抱き寄せる。
「必ず、必ず、帰ります」
(震えてる!船旅なんて、慣れっこの人が)
義孝が泣いていると、花は気付いた。
「無事を待っています。子供とお義母さんと、みんなで」
「・・・・っ」
「だから、心配しないで?元気な赤ちゃん、生んで・・・迎えに行くから」
こんな事を、何回も経験することになる。
誕生日
運動会
授業参観
その他にも、義孝のいない行事はごまんと訪れる。
耐えられるだろうか?
いや、乗り越えなくては!
「どっちでしょうか」
「さあ?」
「この子が成人するまでに、皆が帰れるといいですね」
「大丈夫、きっと・・・長くはかからないはずです」
涙が流れ落ちる。
戦争に行くわけじゃない。
「あの、一つだけ」
「なんですか?」
「お産って、すっごく痛いらしいんです」
「はい」
「だから、その」
ふるっ、と涙目になる。
「なんで、こんな時にいないの?って、叫んでもいいですか」
―――いくらでも。
「いくらでも、叫んでください」
義孝の目に、涙が浮かぶ。
「すみません、大事な時に・・留守にして」
「なんでぇ」
グスッと、しゃくり上げる。
分かっているのに、仕方のないことと――――。
融通してくれても。
言葉が喉元まで、既のところで堪える。
「い・・・」
征かないで。
グスッ、と何度もしゃくり上げる。
「すみません、ホントに」
無事、帰れるだろうか。
まだ、知らない国の海に征かねばならない。
「ごめんなさい、義孝さんだって・・・怖いですよね」
「まあ、多少」
「知らない国の、知らない海ですもん。怖いですよね」
それより、もし花に何かあれば・・・その方が、義孝には恐ろしい。今も昔も、出産は命がけであり、命を落とす妊産婦は少なくない。
こんなに小さく、華奢な身体で大丈夫だろうか。
「花さんこそ、無事でいてください。あなたが生きているなら、必ず帰ります」
「はい」
「私の帰る場所は、花さんの傍です」
「はいっ」
✢✢✢◆◆◆✢✢✢
「全く」
千代が毒づいた。
「毎度、毎度、毎度、毎度のことだけれど・・・ホントに、いきなりね!」
「すみません」
「来年の一月よ。赤ちゃんが生まれるのは」
「はい」
「無事に帰りなさい。母より先に逝くことは、許しませんよ」
「はい、肝に銘じます」
義孝が、深く頭を下げる。
「留守中、花さんのこと・・・よろしく、お願い致します」
震える息子に、千代が涙を溢れさせる。
「五十路前の男が、泣くのはやめなさい!みっともない」
――――必ず、戻りなさい。
優しい声音で、千代が告げた。
そして、瞬く間に出港の日が来てしまった。
「こちらの封筒が男の子、こちらが女の子の名前です」
「はい」
「次に帰るのは、恐らく・・・早くても来年の三月か、四月の末になります」
「―――はい」
涙が零れそうになる。
「!」
抱き寄せられ、視界が真っ白になる。義孝の夏の軍服が視界を埋め尽くす。
「どうか、無事で」
義孝の声、肩が震えている。
「はい。必ず、無事に産んでみせます。だから、義孝さんも必ず・・・元気に帰って来て下さい」
時間が許す限り、二人は抱き合っていた。二人が夫婦になり、ちょうど一年になった。
「みんな、揃っているか」
「はい」
操舵室には杉田中佐をはじめとする士官達が、敬礼をして義孝を迎える。
窓の向こう側、白い砂浜に花の浅葱色の青海波の着物が見える。
「いってきます」
義孝が敬礼するのと同時に、艦内に乗る全ての海兵が花に敬礼した。
ーーーいってらっしゃい。
次は、一年あとになる。
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