身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

文字の大きさ
77 / 116
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される(その後)

プロローグ

しおりを挟む
「必ず、無事に帰ります」
 義孝の乗る艦艇が、沖の彼方に小さくなる。

「いってらっしゃい」
 ふるふると震えながら、花は浜を後にする。

 ――――淋しいよ。

 一年も会えない。
 手紙が出せないし、届かない。涙が流れて、浜に消える。

「頑張らなきゃ」
 まだ平たいお腹に、決意する。母親になるのだ、くよくよしては赤ちゃんが可哀想だ。
「頑張ら」
 グスッ、と鼻を鳴らした。

(・・・一年か)
 次官室で、義孝は花を思う。
(・・・また、泣かせてしまった。初めて会ってから三ヶ月後に結婚して、一年経つが・・・こんなに長期で離れるのは初めてだな)
 今までは、三ヶ月や二ヶ月単位で、家を開けていたが・・。

 ―――遠いんですね。

 義孝が征くのは、シベリア地方の収容所に抑留された日本人捕虜の復員である。

 ―――北の、方です。

 抱きしめ、小声で囁かれた行先に、花の顔が泣きそうに歪んだ。

 ―――防寒具は?

 真夏でも極寒だと言われるシベリア地方、花の言葉に義孝は微笑んだ。

 ―――セーターがあります。

 ―――手袋編めば良かった。

 知っていたなら、靴下や腹巻きも作ったのに。軍事機密かなにか、理屈は分かるけれど。

「身体を壊さないで?風邪、引かないで」
 歩きながら、泣きじゃくる。
「温かいご飯、作るから」
 沖を振り返る。

 ――――どうか、無事で!

 声の限り、叫んだ。愛しい人に、届きますようにと。

   ✢✢✢◆◆◆✢✢✢

 ―――花さんの飯が食べたい。
  
 思わず、ぼやく。
 米の節約に、スイトンなどの小麦粉を材料とした饂飩の出来損ないのような、だんご汁がよく出される。

「不味くはないが」
「はは、米食いたいですね」
 杉田中佐が笑う。
「贅沢が言えるなら、美沙の」
 時致がブチブチと言う。

 はあ。

 日本から三ヶ月。
 家族からの手紙も届かない北の海に、義孝の乗る深雪が到着した。
「大変です、大陸が見えました!」
 大志が駆け込む。
「なんだって」
「もう、シベリアか?」
 士官達がドタバタと、甲板に走る。

「さっぶい」
「まだ十月だぜ?」
「シベリアは凍土だと訊いたが、これは・・・身に堪えるなぁ」

 防寒具を着けろ。

 義孝の声が響いた。

「なんだって?もう、陸が見えた!?」
 厨房の大滝大尉は目を剝いた。
「あと二ヶ月はかかるんじゃないのか」
「まあ、米の備蓄は万全だが」
「よし、まずは『おじや』から食わせるぞ。ろくな食生活じゃないからな、少しずつ胃腸を慣らす」

 それは全て、花の考案メニューだった。

 毒キノコの一件から、軍は花の知識を信頼していた。
「よし、下準備だ!とりかかれ」
「はい!」
 厨房に海兵の声が響いた。

    ◇◇◇◆◆◇◇◇
 東京では花が、大きくなり始めたお腹を抱えて散歩していた。
「あ、いま・・蹴った?ふふ」

 青空を見上げ、義孝を思う。
「義孝さん、今・・・どこに居ますか?赤ちゃん、とっても元気ですよ!」
 ニコニコしながら、花は来た道を引き返す。

 ―――花ちゃん。

 美沙と佳代が、畦道を駆けて来る。
「花ちゃん、見た?今日の朝刊」
「ラジオ、聴いた?」
「え?」
 美沙が涙を浮かべる。
「深雪がシベリアに着いた」
「え!?」
「帰ってくるよ!旦那さん達」
「ふ・・・」

 一年先だと思われていた。
 少なくとも深雪がシベリアに着くのは、来年の年明けだと思われていた。
「ね、書いてあるよね。ここ」
 一番下の枠に、捕虜の復員について記されている。
「ね、思ったより、早く帰れるかも」
「うん」
「赤ちゃんが生まれたくらいに、タイミングよく」
 有り得ないが、もしかするかもしれない。

 ――――必ず、戻ります。

「お父さんが、シベリアに着いたって」
 花はお腹を撫でる。
「体調は?」
「順調?」
「うん。凄い蹴るの、お転婆か腕白だよ」
「ふふ、来年だもんね?」
 よしよし、と二人がお腹を撫でる。
「ねえ、後で感想を聞かせてね?」
「どんくらい、痛かったのか」
「うん」
 ちょっと、不安だ。
 スイカを鼻から出す行為と、経験者は口を揃える。

「どんくらい、痛いのかな」
「さあ?股を裂くは夜のアレでしょ?お産はスイカだもん」
「痛いことばかりだね、女の人は。男の人は・・・」
 美沙が、顔を赤くする。
 そこから先は、ちょっと口にするには恥ずかしい。佳代と花も、なんとなく頰を染める。 

   ✢✢✢◇◇✢✢✢
 へくしっ。
 義孝が、くしゃみをした。
「艦長、風邪ですか」
 大志が心配する。
「いや、風邪では」

 ―――へくしっ。

「噂しているな、誰か」
 義孝がくしゃみをした時、次官室では時致がくしゃみをした。

「くしっ」
「少佐、今朝から何回目?」
「風邪、じゃないですね」
「いや?」
 
 謎のくしゃみが、既婚者に続いた。

「ん~、これは風邪、じゃない。アレだ・・・噂だ。いち、褒める。に、悪口。さんは、風邪だ」
 軍医は言った。
 そして、軍人は・・・深雪の乗員は、愛妻家が数多存在する。
 それは、妻を・・・家庭を大切に出来ない人間に、國を守れないと言う精神からだ。

「噂?」
 ふと、義孝は花を思う。
「花さん、元気ですよ。そちらは、どうですか?」

 便りも届かない、北方の極寒の海で・・・義孝は遥か東京の花を思う。

「手紙でも書くか。後で渡せばいい」

   ✢✢✢◇◇◇✢✢✢
 拝啓、花様。

 極寒の海に、今日から突入です。手紙も出せない、お互いの状況も把握出来ないのは『偽旗作戦』の一件以来、初めてですね。

 花さん。
 体調はどうですか?
 私は今朝、風邪でもないのにくしゃみが出ます。
 軍医が言うには、「誰かが噂しとるからだ」と。ちなみに、くしゃみは既婚者だけです。

 杉田中佐と沢城少佐です。
 なんとなくですが・・・噂ので何処は花さんではないかと。

 花さんが私を想い、友人と話してくれたなら。

 そう考えると、胸が温かくなります。

    ✢✢✢◇◇✢✢✢
「義孝さんに、手紙を書こう」
 美沙達と話した、お産の話。
 やっぱり、淋しいという気持ち。
「早く、会いたいなぁ」
 花は外を見た。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~

芙月みひろ
恋愛
保険会社の事務職として勤務する 早瀬佳奈26才。 友達に頼み込まれて行った飲み会で 腹立たしいほど無愛想な高原宗輔30才と出会う。 あまりの不愉快さに 二度と会いたくないと思っていたにも関わらず 再び仕事で顔を合わせることになる。 上司のパワハラめいた嫌がらせに悩まされていた中 ふと見せる彼の優しい一面に触れて 佳奈は次第に高原に心を傾け出す。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。 そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった! ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――? 意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

処理中です...