76 / 116
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される(新婚編)
最終話『青海波』
しおりを挟む
気が重い、足が重い。
嬉しい出来事から、わずか十日後。義孝は重い足で自宅に帰った。
「おかえりなさいませ」
以前は走るように廊下を急いでいた花が、今は歩いている。
母になる喜びを、一歩一歩噛み締めている。
「ただいま、花さん。体調は?」
「はい。吐き気は、昨日だけで・・・早く気付け、って言っていたのかも知れません」
「はは、そうですね」
「はい。孝行な子です」
ふふ、と花が笑う。
「花さん。後で話があります、いいですか」
「はい」
花は頷く。
そして、ハッとする。
義孝の顔が、偽旗作戦のときと同じく、強張っていたからだ。
「・・・まさか」
奥の部屋に消える義孝を、花は不安な気持ちで見送った。
✜✜✜◇◇✜✜✜
「あの、何が」
食事を済ませ、風呂に入った。
「あの、義孝さ」
「艦艇が、完成しました」
「え」
花の顔がこわばる。
「来月、復員の送迎になります」
「え?」
花の顔から、血の気が引いてしまう。
「どこへ、向かわれるのですか?」
「・・・すみません」
言えないことを分かっていて、花は訊ねた。
「お戻りは?」
「・・・・行きと帰りでは、航路が違います。明確には」
ふ、と涙が浮かぶ。
「遠いんですね?」
「すみません」
「いえ、分かっています。お国の為に闘った方々を迎えに行くんですもの。仕方・・・ありません」
――――淋しい。
涙がポタポタと、畳に沁み込む。
「赤ちゃんが生まれる時、傍にいないんですね」
「すみません、ホントに」
義孝の目が紅いことに、花は気付いた。泣きたいのを、必死に堪えている。
「いえ、私こそ。いつも泣いてばかりで・・・・ごめんなさい」
次は、いつ帰るか。
行きと帰りは航路が変わるため、確かな日程は分からない。
「名前、考えます。二通り」
「・・・はい」
義孝の腕が抱き寄せる。
「必ず、必ず、帰ります」
(震えてる!船旅なんて、慣れっこの人が)
義孝が泣いていると、花は気付いた。
「無事を待っています。子供とお義母さんと、みんなで」
「・・・・っ」
「だから、心配しないで?元気な赤ちゃん、生んで・・・迎えに行くから」
こんな事を、何回も経験することになる。
誕生日
運動会
授業参観
その他にも、義孝のいない行事はごまんと訪れる。
耐えられるだろうか?
いや、乗り越えなくては!
「どっちでしょうか」
「さあ?」
「この子が成人するまでに、皆が帰れるといいですね」
「大丈夫、きっと・・・長くはかからないはずです」
涙が流れ落ちる。
戦争に行くわけじゃない。
「あの、一つだけ」
「なんですか?」
「お産って、すっごく痛いらしいんです」
「はい」
「だから、その」
ふるっ、と涙目になる。
「なんで、こんな時にいないの?って、叫んでもいいですか」
―――いくらでも。
「いくらでも、叫んでください」
義孝の目に、涙が浮かぶ。
「すみません、大事な時に・・留守にして」
「なんでぇ」
グスッと、しゃくり上げる。
分かっているのに、仕方のないことと――――。
融通してくれても。
言葉が喉元まで、既のところで堪える。
「い・・・」
征かないで。
グスッ、と何度もしゃくり上げる。
「すみません、ホントに」
無事、帰れるだろうか。
まだ、知らない国の海に征かねばならない。
「ごめんなさい、義孝さんだって・・・怖いですよね」
「まあ、多少」
「知らない国の、知らない海ですもん。怖いですよね」
それより、もし花に何かあれば・・・その方が、義孝には恐ろしい。今も昔も、出産は命がけであり、命を落とす妊産婦は少なくない。
こんなに小さく、華奢な身体で大丈夫だろうか。
「花さんこそ、無事でいてください。あなたが生きているなら、必ず帰ります」
「はい」
「私の帰る場所は、花さんの傍です」
「はいっ」
✢✢✢◆◆◆✢✢✢
「全く」
千代が毒づいた。
「毎度、毎度、毎度、毎度のことだけれど・・・ホントに、いきなりね!」
「すみません」
「来年の一月よ。赤ちゃんが生まれるのは」
「はい」
「無事に帰りなさい。母より先に逝くことは、許しませんよ」
「はい、肝に銘じます」
義孝が、深く頭を下げる。
「留守中、花さんのこと・・・よろしく、お願い致します」
震える息子に、千代が涙を溢れさせる。
「五十路前の男が、泣くのはやめなさい!みっともない」
――――必ず、戻りなさい。
優しい声音で、千代が告げた。
そして、瞬く間に出港の日が来てしまった。
「こちらの封筒が男の子、こちらが女の子の名前です」
「はい」
「次に帰るのは、恐らく・・・早くても来年の三月か、四月の末になります」
「―――はい」
涙が零れそうになる。
「!」
抱き寄せられ、視界が真っ白になる。義孝の夏の軍服が視界を埋め尽くす。
「どうか、無事で」
義孝の声、肩が震えている。
「はい。必ず、無事に産んでみせます。だから、義孝さんも必ず・・・元気に帰って来て下さい」
時間が許す限り、二人は抱き合っていた。二人が夫婦になり、ちょうど一年になった。
「みんな、揃っているか」
「はい」
操舵室には杉田中佐をはじめとする士官達が、敬礼をして義孝を迎える。
窓の向こう側、白い砂浜に花の浅葱色の青海波の着物が見える。
「いってきます」
義孝が敬礼するのと同時に、艦内に乗る全ての海兵が花に敬礼した。
ーーーいってらっしゃい。
次は、一年あとになる。
花は深雪が沖に消えるまで、見つめていた。
嬉しい出来事から、わずか十日後。義孝は重い足で自宅に帰った。
「おかえりなさいませ」
以前は走るように廊下を急いでいた花が、今は歩いている。
母になる喜びを、一歩一歩噛み締めている。
「ただいま、花さん。体調は?」
「はい。吐き気は、昨日だけで・・・早く気付け、って言っていたのかも知れません」
「はは、そうですね」
「はい。孝行な子です」
ふふ、と花が笑う。
「花さん。後で話があります、いいですか」
「はい」
花は頷く。
そして、ハッとする。
義孝の顔が、偽旗作戦のときと同じく、強張っていたからだ。
「・・・まさか」
奥の部屋に消える義孝を、花は不安な気持ちで見送った。
✜✜✜◇◇✜✜✜
「あの、何が」
食事を済ませ、風呂に入った。
「あの、義孝さ」
「艦艇が、完成しました」
「え」
花の顔がこわばる。
「来月、復員の送迎になります」
「え?」
花の顔から、血の気が引いてしまう。
「どこへ、向かわれるのですか?」
「・・・すみません」
言えないことを分かっていて、花は訊ねた。
「お戻りは?」
「・・・・行きと帰りでは、航路が違います。明確には」
ふ、と涙が浮かぶ。
「遠いんですね?」
「すみません」
「いえ、分かっています。お国の為に闘った方々を迎えに行くんですもの。仕方・・・ありません」
――――淋しい。
涙がポタポタと、畳に沁み込む。
「赤ちゃんが生まれる時、傍にいないんですね」
「すみません、ホントに」
義孝の目が紅いことに、花は気付いた。泣きたいのを、必死に堪えている。
「いえ、私こそ。いつも泣いてばかりで・・・・ごめんなさい」
次は、いつ帰るか。
行きと帰りは航路が変わるため、確かな日程は分からない。
「名前、考えます。二通り」
「・・・はい」
義孝の腕が抱き寄せる。
「必ず、必ず、帰ります」
(震えてる!船旅なんて、慣れっこの人が)
義孝が泣いていると、花は気付いた。
「無事を待っています。子供とお義母さんと、みんなで」
「・・・・っ」
「だから、心配しないで?元気な赤ちゃん、生んで・・・迎えに行くから」
こんな事を、何回も経験することになる。
誕生日
運動会
授業参観
その他にも、義孝のいない行事はごまんと訪れる。
耐えられるだろうか?
いや、乗り越えなくては!
「どっちでしょうか」
「さあ?」
「この子が成人するまでに、皆が帰れるといいですね」
「大丈夫、きっと・・・長くはかからないはずです」
涙が流れ落ちる。
戦争に行くわけじゃない。
「あの、一つだけ」
「なんですか?」
「お産って、すっごく痛いらしいんです」
「はい」
「だから、その」
ふるっ、と涙目になる。
「なんで、こんな時にいないの?って、叫んでもいいですか」
―――いくらでも。
「いくらでも、叫んでください」
義孝の目に、涙が浮かぶ。
「すみません、大事な時に・・留守にして」
「なんでぇ」
グスッと、しゃくり上げる。
分かっているのに、仕方のないことと――――。
融通してくれても。
言葉が喉元まで、既のところで堪える。
「い・・・」
征かないで。
グスッ、と何度もしゃくり上げる。
「すみません、ホントに」
無事、帰れるだろうか。
まだ、知らない国の海に征かねばならない。
「ごめんなさい、義孝さんだって・・・怖いですよね」
「まあ、多少」
「知らない国の、知らない海ですもん。怖いですよね」
それより、もし花に何かあれば・・・その方が、義孝には恐ろしい。今も昔も、出産は命がけであり、命を落とす妊産婦は少なくない。
こんなに小さく、華奢な身体で大丈夫だろうか。
「花さんこそ、無事でいてください。あなたが生きているなら、必ず帰ります」
「はい」
「私の帰る場所は、花さんの傍です」
「はいっ」
✢✢✢◆◆◆✢✢✢
「全く」
千代が毒づいた。
「毎度、毎度、毎度、毎度のことだけれど・・・ホントに、いきなりね!」
「すみません」
「来年の一月よ。赤ちゃんが生まれるのは」
「はい」
「無事に帰りなさい。母より先に逝くことは、許しませんよ」
「はい、肝に銘じます」
義孝が、深く頭を下げる。
「留守中、花さんのこと・・・よろしく、お願い致します」
震える息子に、千代が涙を溢れさせる。
「五十路前の男が、泣くのはやめなさい!みっともない」
――――必ず、戻りなさい。
優しい声音で、千代が告げた。
そして、瞬く間に出港の日が来てしまった。
「こちらの封筒が男の子、こちらが女の子の名前です」
「はい」
「次に帰るのは、恐らく・・・早くても来年の三月か、四月の末になります」
「―――はい」
涙が零れそうになる。
「!」
抱き寄せられ、視界が真っ白になる。義孝の夏の軍服が視界を埋め尽くす。
「どうか、無事で」
義孝の声、肩が震えている。
「はい。必ず、無事に産んでみせます。だから、義孝さんも必ず・・・元気に帰って来て下さい」
時間が許す限り、二人は抱き合っていた。二人が夫婦になり、ちょうど一年になった。
「みんな、揃っているか」
「はい」
操舵室には杉田中佐をはじめとする士官達が、敬礼をして義孝を迎える。
窓の向こう側、白い砂浜に花の浅葱色の青海波の着物が見える。
「いってきます」
義孝が敬礼するのと同時に、艦内に乗る全ての海兵が花に敬礼した。
ーーーいってらっしゃい。
次は、一年あとになる。
花は深雪が沖に消えるまで、見つめていた。
101
あなたにおすすめの小説
純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
芙月みひろ
恋愛
保険会社の事務職として勤務する
早瀬佳奈26才。
友達に頼み込まれて行った飲み会で
腹立たしいほど無愛想な高原宗輔30才と出会う。
あまりの不愉快さに
二度と会いたくないと思っていたにも関わらず
再び仕事で顔を合わせることになる。
上司のパワハラめいた嫌がらせに悩まされていた中
ふと見せる彼の優しい一面に触れて
佳奈は次第に高原に心を傾け出す。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。
ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。
要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」
そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。
要「今日はやたら素直だな・・・。」
美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」
いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉
はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。
★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください
◆出会い編あらすじ
毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。
そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。
まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。
毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。
◆登場人物
佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動
天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味
お読みいただきありがとうございます!
★番外編はこちらに集約してます。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517
★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる