身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される(その後)

プロローグ

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「必ず、無事に帰ります」
 義孝の乗る艦艇が、沖の彼方に小さくなる。

「いってらっしゃい」
 ふるふると震えながら、花は浜を後にする。

 ――――淋しいよ。

 一年も会えない。
 手紙が出せないし、届かない。涙が流れて、浜に消える。

「頑張らなきゃ」
 まだ平たいお腹に、決意する。母親になるのだ、くよくよしては赤ちゃんが可哀想だ。
「頑張ら」
 グスッ、と鼻を鳴らした。

(・・・一年か)
 次官室で、義孝は花を思う。
(・・・また、泣かせてしまった。初めて会ってから三ヶ月後に結婚して、一年経つが・・・こんなに長期で離れるのは初めてだな)
 今までは、三ヶ月や二ヶ月単位で、家を開けていたが・・。

 ―――遠いんですね。

 義孝が征くのは、シベリア地方の収容所に抑留された日本人捕虜の復員である。

 ―――北の、方です。

 抱きしめ、小声で囁かれた行先に、花の顔が泣きそうに歪んだ。

 ―――防寒具は?

 真夏でも極寒だと言われるシベリア地方、花の言葉に義孝は微笑んだ。

 ―――セーターがあります。

 ―――手袋編めば良かった。

 知っていたなら、靴下や腹巻きも作ったのに。軍事機密かなにか、理屈は分かるけれど。

「身体を壊さないで?風邪、引かないで」
 歩きながら、泣きじゃくる。
「温かいご飯、作るから」
 沖を振り返る。

 ――――どうか、無事で!

 声の限り、叫んだ。愛しい人に、届きますようにと。

   ✢✢✢◆◆◆✢✢✢

 ―――花さんの飯が食べたい。
  
 思わず、ぼやく。
 米の節約に、スイトンなどの小麦粉を材料とした饂飩の出来損ないのような、だんご汁がよく出される。

「不味くはないが」
「はは、米食いたいですね」
 杉田中佐が笑う。
「贅沢が言えるなら、美沙の」
 時致がブチブチと言う。

 はあ。

 日本から三ヶ月。
 家族からの手紙も届かない北の海に、義孝の乗る深雪が到着した。
「大変です、大陸が見えました!」
 大志が駆け込む。
「なんだって」
「もう、シベリアか?」
 士官達がドタバタと、甲板に走る。

「さっぶい」
「まだ十月だぜ?」
「シベリアは凍土だと訊いたが、これは・・・身に堪えるなぁ」

 防寒具を着けろ。

 義孝の声が響いた。

「なんだって?もう、陸が見えた!?」
 厨房の大滝大尉は目を剝いた。
「あと二ヶ月はかかるんじゃないのか」
「まあ、米の備蓄は万全だが」
「よし、まずは『おじや』から食わせるぞ。ろくな食生活じゃないからな、少しずつ胃腸を慣らす」

 それは全て、花の考案メニューだった。

 毒キノコの一件から、軍は花の知識を信頼していた。
「よし、下準備だ!とりかかれ」
「はい!」
 厨房に海兵の声が響いた。

    ◇◇◇◆◆◇◇◇
 東京では花が、大きくなり始めたお腹を抱えて散歩していた。
「あ、いま・・蹴った?ふふ」

 青空を見上げ、義孝を思う。
「義孝さん、今・・・どこに居ますか?赤ちゃん、とっても元気ですよ!」
 ニコニコしながら、花は来た道を引き返す。

 ―――花ちゃん。

 美沙と佳代が、畦道を駆けて来る。
「花ちゃん、見た?今日の朝刊」
「ラジオ、聴いた?」
「え?」
 美沙が涙を浮かべる。
「深雪がシベリアに着いた」
「え!?」
「帰ってくるよ!旦那さん達」
「ふ・・・」

 一年先だと思われていた。
 少なくとも深雪がシベリアに着くのは、来年の年明けだと思われていた。
「ね、書いてあるよね。ここ」
 一番下の枠に、捕虜の復員について記されている。
「ね、思ったより、早く帰れるかも」
「うん」
「赤ちゃんが生まれたくらいに、タイミングよく」
 有り得ないが、もしかするかもしれない。

 ――――必ず、戻ります。

「お父さんが、シベリアに着いたって」
 花はお腹を撫でる。
「体調は?」
「順調?」
「うん。凄い蹴るの、お転婆か腕白だよ」
「ふふ、来年だもんね?」
 よしよし、と二人がお腹を撫でる。
「ねえ、後で感想を聞かせてね?」
「どんくらい、痛かったのか」
「うん」
 ちょっと、不安だ。
 スイカを鼻から出す行為と、経験者は口を揃える。

「どんくらい、痛いのかな」
「さあ?股を裂くは夜のアレでしょ?お産はスイカだもん」
「痛いことばかりだね、女の人は。男の人は・・・」
 美沙が、顔を赤くする。
 そこから先は、ちょっと口にするには恥ずかしい。佳代と花も、なんとなく頰を染める。 

   ✢✢✢◇◇✢✢✢
 へくしっ。
 義孝が、くしゃみをした。
「艦長、風邪ですか」
 大志が心配する。
「いや、風邪では」

 ―――へくしっ。

「噂しているな、誰か」
 義孝がくしゃみをした時、次官室では時致がくしゃみをした。

「くしっ」
「少佐、今朝から何回目?」
「風邪、じゃないですね」
「いや?」
 
 謎のくしゃみが、既婚者に続いた。

「ん~、これは風邪、じゃない。アレだ・・・噂だ。いち、褒める。に、悪口。さんは、風邪だ」
 軍医は言った。
 そして、軍人は・・・深雪の乗員は、愛妻家が数多存在する。
 それは、妻を・・・家庭を大切に出来ない人間に、國を守れないと言う精神からだ。

「噂?」
 ふと、義孝は花を思う。
「花さん、元気ですよ。そちらは、どうですか?」

 便りも届かない、北方の極寒の海で・・・義孝は遥か東京の花を思う。

「手紙でも書くか。後で渡せばいい」

   ✢✢✢◇◇◇✢✢✢
 拝啓、花様。

 極寒の海に、今日から突入です。手紙も出せない、お互いの状況も把握出来ないのは『偽旗作戦』の一件以来、初めてですね。

 花さん。
 体調はどうですか?
 私は今朝、風邪でもないのにくしゃみが出ます。
 軍医が言うには、「誰かが噂しとるからだ」と。ちなみに、くしゃみは既婚者だけです。

 杉田中佐と沢城少佐です。
 なんとなくですが・・・噂ので何処は花さんではないかと。

 花さんが私を想い、友人と話してくれたなら。

 そう考えると、胸が温かくなります。

    ✢✢✢◇◇✢✢✢
「義孝さんに、手紙を書こう」
 美沙達と話した、お産の話。
 やっぱり、淋しいという気持ち。
「早く、会いたいなぁ」
 花は外を見た。
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