身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

九話『縁談の理由』

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 杉田中佐は、義孝が艦長だった頃から副艦長を務めている男である。
「ふむ。貴様が評価する男なら、信用できるな」
「ええ」
「まあ、酒を飲んだ時の儂ほど、信用ならんヤツもいないがな」
 がっハッハッハと笑いながら、中将は立ち去る。義孝はその豪快な笑い声が遠ざかるのを聞きながら、彼を花に会わせたくないなと思った。世話になっている以上、無理な話なのだが。
 中原中将は軍令ーーーすなわち海軍の運用、戦時の作戦ーーーを管轄する機関の長だけあって、平時は豪胆かつだが聡明な軍人だ。
 義孝の前では、今しがたのように愉快な人物であることも多い。
 しかし、気性の荒さは海軍内でも有名で、酒が入った時に顔を覗かせるその傍若無人さは、誰にも止められなかった。
 止めに入ろうとした部下たちを次々に投げ飛ばして、初めて静止に成功したのが義孝だった。まだ、大佐になる前の話である。
とにかく、この件がきっかけで、義孝は中原中将に気に入られた。

 義孝に対する周囲の凡その印象は、『寡黙な男』だ。
 それは、一部の上官からは『思慮深く寡黙な部下』として評価される一方で、多数の部下からすると、『何を考えているか分からず怖い上官』として恐れられている、という事でもある。
 元より義孝は、海軍内の一部では知られた人間だった。佐官に昇進する数年前の事、義孝は異例の抜擢で連合艦隊の参謀に任命されるなど、出世街道を突き進んでいた。
 その目覚ましい活躍ぶりから『海神の化身』とまで囁かれていたほどだ。
 数年前の海戦で連合艦隊が見事な勝利を収めたのも、司令官が義孝の意見を重視した結果だった。
 だが、義孝は功を誇らず、全て上官や部下の手柄とした。
 功名心がないのはいいが、優秀な人間に死に急がれては困る。義孝に命に執着がないのは、守るべき家族が―――妻や子供がいないからではないか。やがて、誰かがそれを口にした。

 ――――「やはり所帯を持たせるのが良かろう」

 義孝を気に入っていた上官達は、自分達の縁者に相応しい結婚相手がいないか見繕い始めた。
 上官達は海軍の将官である、良家の伝手は十分にあった。
 だが、時期を逸していたのか、ちょうどいい未婚の子女が見つからなかった。当てがあると踏んでいた家筋の娘たちも、直前に結婚が決まったなどで、どういう訳か縁がなかった。
 そんな中、未婚の華族令嬢がいると判明した。
 襲爵により子爵になった医師、桐島浩一郎の娘だ。海軍関係者の中に、十三年ほど前にその桐島医師の世話になった者がいて、娘がいたことを思い出したのである。
 医師の父親を手伝いながら怪我人を気遣う、そんな心優しい娘だった。
 その為、かなり昔のことだというのに、彼の印象に残っていたのだ。『この娘には幸せになって欲しい』・・・自然とそう思ったのだという。
 二十歳の年の差は、小さくはない。しかし、それさえ目を瞑れば、家柄は十分、当時まだ六つだったはずだが、あの環境のまま育っていれば賢く器量の良い娘に育っているだろう。
 ・・・・相対した者たちは、それが容易に想像出来た。調べれば、父親の浩一郎は逝去していたものの、娘は今年十九歳で未だ婚約の相手もいないとある。

 これは縁があるに違いない。
 
 そう感じた海軍関係者は、迅速かつ円滑に事を運ぶため、時東家の縁戚を装って、すぐに桐島家と連絡を取ることにした。

 一方、当の時東義孝本人は一生独身で構わないと思っていた。
 明日の命をも分からぬ軍人稼業と思い、この年齢までやってきたのである。
 想い人もおらず、色恋とは無縁で仕事だけに専念してきた。それを今更、結婚など・・考える気にも慣れなかった。
 ところが、根回しはすでに故郷の母にまで、されたあとである。そして縁談を取り付けてきた海軍関係者とは、退役軍人―――今でこそ軍を離れているが、元上官である。断われば、その面子を潰しかねない。
 これまでの縁談は、のらりくらり躱してきた義孝だが、さすがに腹を決めることになった。
 こうして義孝の元に来たのが、花である。

(大丈夫なのだろうか?)
 副官室の執務卓にて、義孝はぼんやり考えた。
 もう一人の副官が不在の今、室内は集中して新聞を読むのに適している。世情を把握する為に、義孝は新聞の記事を確認している最中だった。
 だが、いつの間にか集中は解け、別のことを考えていた。
 昨日出逢ったばかりの婚約者のことだ。

 若い娘。
 婚約者についてそう聞いていたとはいえ、あまりに若い。義孝から見れば、幼いと言ってもよいほどだ。
 自分が同じ年頃だった時を思い出すと、十九歳といえばまだ海軍兵学校で学んでいる最中である。正式な軍人ですらない遠い過去の自分は、今の義孝から見ればまだまだ子供だった。
 ―――――夫婦というより、親子の方が近いのではないか。義孝はそう考えていた。
 十歳以上の年の差など珍しくはない昨今ではあるものの、それでも気にはなる。
(・・・私等ではなく、もっと若い男と添い遂げたほうが、未来もあるだろう。その機会を、果たして私が奪ってよいものか)
 義孝は常々、『御国の為に』と考えていた。それは『この国の未来ある若者の為に』と考えているのと同義だ。
 若者達に、幸せになって欲しい。艦上では、いつもそういう心持ちで海戦に臨んできた。
 花も、その若者の一人だ。
 美しく花開くであろうその未来を、中年の関所を迎えて久しい自分が、摘み取っていいとは思えない。
 しかし、昨晩向き合って話した花は、どこか縋るような目をしていた。
 あの時、義孝の心が揺れなかったと言えば嘘になる。彼女を置いていってはいけないような気がしたのだ。
  
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