身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

文字の大きさ
10 / 116
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

八話『買い出し』

しおりを挟む
 翌日、花は食材の買い出しがてらに、千代から商店街を案内してもらった。
 商店街は時東邸のほど近くにあり、千代はそこを利用しているという。
 八百屋、豆腐屋、金物屋、炭屋、米屋・・・など生活を支える昔ながらの店と、洋品店といった今風の店が混在していた。
 もう少し足を伸ばせば、帝都でも有名な市場があるが、大抵の物はここで揃ってしまうとのことだった。

 商店街がある通りは、時東邸へ来るときにも通った。昨日は余裕がなくて、恐ろしくすら感じていた場所が、今日はなんだか歩いているだけで、心に一つまた一つと、花が咲いていくようだった。
 季節の移り変わりを示すように、急な陽気が帝都に訪れて、今日になって開花した道端の花々も多いようだ。
 花にとって、商店街はさほど珍しい場所ではない。実家にいた頃は、買い出しに商店街を訊ねる事はあった。
 だが、日々の労務の一つで、淡々と買い物をしながら歩くだけ。継母達から一時的に離れているという解放感はあったが、記憶には帰宅後の待遇を憂う陰鬱な感情が強く残っていた。

 それがここでは、まるで童心に返ったようだ。わくわくしてしまう花に、千代が微笑む。
「何だか、楽しそうですね、花さん」
 店に好奇心の眼差しを向けていた花は、少し照れながら頷いた。
「すみません・・・自分でもよくわからないのですが」
「日々に使う場所だから、楽しいほうがいいですよ。私もまだこっちに来てからは日が浅いものだから、帝都の景色は面白いなと思います」
「お義母様は、どちらに住んでいらしたのですか?」

 帝都の北にある北都の港町に、義孝の産まれた実家がある。冬は豪雪の町に一人で暮らしていた千代を、こちらの方が暮らしやすいからと呼び寄せたと、花は義孝から昨日聞いた。
 機雷の回収の話に不安な顔をした花に、故郷の話題で気をそらした。花には、義孝がどんな土地で育ったのか興味があった。
「北都ですよ。北にある豪雪の港町で・・・」
「ええ、存じ上げております。・・・が、あの、失礼ながら、お国言葉ではないのですね」
 北都には、独特の訛があるが千代にも義孝にも、訛が全くないのだ。
「嫁ぎ先が北都だっただけで、出身はこちらなのです。それに、あちらの言葉には帝都では通じないことが多いので、めっそ使わんようにしちゅうがよ」
 花の目が点になる。
「い、今なんと!?」
「あまり、使わないようにしてるんですよ、と言ったのです。ね?」
「ああ、たしかに通じないかも知れないですね」
「義孝は子供の頃は北都の言葉でしたが、海軍での生活が長いからでしょうね。海軍兵学校に入る為に故郷を出てからは、実家には寄港した時に立ち寄るくらいで、ほとんど帰って来ませんでした」
「なるほど、義孝さんはそれで・・・」
「義孝の話も、楽しそうに聞いてくれますね」
 千代からニコニコしながら言われて、花は『えっ』と驚く。
 自覚がなかったからだ。
 自分はどんな顔をしていたのだろう、そう思いながら花は訊ねる。
「・・・そう、見えますか?」
「ええ、母としても、とても嬉しいわ」
 断言されて、気恥ずかしくなるが、花は千代の言葉が嬉しかった。質問しても叱られない、それどころか喜んでくれる。
「あの、お疲れになったら言ってくださいね」
 千代に負担をかけてやしないかと心配になった花は、そう声をかけた。不意に過労で亡くなった父を思い出したからだろう。
「ありがとう。でも、大丈夫です。こう見えて、脚腰は強いんですから」
 花の不安を吹き飛ばすように、千代は答えた。通りに並ぶ桜の枝に、紅い蕾が一つ二つ、開き始めていた。

 海軍司令部。
 船が準備できるまで、義孝達の勤務地である。
 そのトップである軍司令部部長の補佐を行う役職に、義孝は就いていた。軍司令部の仕事は、海軍全体の作戦や指揮の統括である。

 朝、義孝はスーツを着て、ソフト帽を被って家を出る。そして通称、『赤レンガ』と呼ばれる軍司令部のある庁舎に到着してから、海軍の制服に着替えていた。
 というのも、海軍の制服は通勤には目立つからだ。士官ともなれば、市民に対し規範的な行動を求められるし、帰路でスパイなどに付け狙われる可能性もある。少々面倒ではあるが、後に大事になる危険性を回避する為にも、義孝は私服で通勤していた。
 海軍には、制服が二種ある。
 紺色の冬服『第一種軍装』と、白い夏服『第二種軍装』だ。
 桜の開花を待つ現在、海軍の軍人達は紺色の軍装に身を包んでいた。
「時東大佐。婚約者どののお迎えは如何だったかな?」
 開襟のスーツから詰襟の軍服に着替えた義孝に、そう声をかけてきたのは、この軍部のトップである軍司令部長であり、義孝に家を貸してくれている上官・中原玄逸中将だ。
 丸刈り頭にされた髪と髭は真っ白だが、筋骨隆々とした肉体は依然として若い海兵達を圧倒し続けている。
 海の上でもよく通る豪快な声は、建物の中ではなお響き渡るため軍司令部に出入りして日の浅い部外者は、大抵腰を抜かすと言われている。
 声に振り返り、義孝は一礼した。 
「はい、お陰様で無事に迎え入れることが出来ました」
「布団の具合はどうだ?二人で眠るにはちょうどいい大きさだったろう?」
「お言葉ですが、昨晩はその布団は婚約者が一人で使いました」
「はっはっは、貴様の事だから、そんなことだと思っていたとも!」
「そんなも、こんなも、まだ婚約の申請をしている段階です」
「四十路にもなって、何を真面目なことを言っておるか」
「真面目が取り柄ですから。朝から猥談を仕掛けてこないでいただけますか」
 やれやれ、と義孝は内心で肩を竦めた。
「朝だからいいのだろう。気になって一日仕事が手につかなくては困るからな」
「・・・そんなに気にしなくても良い話題でしょうに」
「有能な部下の婚約だぞ。これが気にせず、何を気にしろというのか。一大事だろう」
「一大事なのは、私だけでよろしいかと。それにしても、中将は朝から元気ですな」
「何を言うか、儂は夜も元気だ」
「ご壮健で何よりですね」
「はぁ、儂に向かって、即座に切り替えせるのは、貴様くらいだな。まったく・・・まったく、名取大佐も貴様くらいに気骨があったらなあ」
 中原中将はそう言って、ため息を吐いた。名取大佐は義孝が艦長として乗っていた戦艦の、現艦長だ。義孝が怪我で艦長を退いた時に、急遽艦長の後釜に就いたのだが、中将はそれが気に食わないようだ。
「肝心な時にはいつも、腹が痛いと。あれはとんだ腑抜けだぞ。先の大戦でも接敵の最中に、貨物室に逃げ込んでいたというではないか」
「噂に聞いてはいましたが」
「直接目にしたわけではないがな、何人もの部下が目撃したと口を揃えているからな」
「なるほど」
 中原中将は肩を竦めた。
「貴様が抜けた穴に玉突きで入り込めただけのヤツに・・・アイツは艦長の器じゃない。それをどこぞの派閥の莫迦がねじ込みよって。儂は、あの艦が心配だ」
「大丈夫でしょう」
「なぜ、そう言い切れる」
「疾風には、杉田中佐がいますから。彼は優秀ですから」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~

芙月みひろ
恋愛
保険会社の事務職として勤務する 早瀬佳奈26才。 友達に頼み込まれて行った飲み会で 腹立たしいほど無愛想な高原宗輔30才と出会う。 あまりの不愉快さに 二度と会いたくないと思っていたにも関わらず 再び仕事で顔を合わせることになる。 上司のパワハラめいた嫌がらせに悩まされていた中 ふと見せる彼の優しい一面に触れて 佳奈は次第に高原に心を傾け出す。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。 そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった! ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――? 意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

処理中です...