14 / 116
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
十二話『真意』
しおりを挟む
褒められれば天狗になる者もいるが、花はそうではないようだ。どこか居心地が悪そうに、顔が俯く。
けして嫌という訳ではないのだろう、だが、まるで褒められることに慣れていないかの様だった。
海軍の新兵にも、時々、そういう者がいる。そのような新兵に対して義孝は、『褒め言葉は素直に受け取れ』と言っていた。だが、花に対しては、同じように振る舞うわけにもいかない。
義孝は少し考えた。焦る必要も、急ぐ必要もない。
「・・・そういえば、花さんは医学書を趣味で読んでいたと言っていましたが、本の内容を全て覚えてしまっていると、母から聞きましたよ」
「それは・・何度も読み返したもので」
「でも、なかなかできることではありません。例えば、私が仕事で同じように覚えろと命じられても、さすがに無理でしょうね」
それから冗談を言うように、義孝は微笑んだ。それから花の隣に立ち、食器棚に手を伸ばす。
「焼き物のことでも、大して知識のないままですからね」
「そうなのですか?」
「ほとんどが、直感でいいなぁと思った物を買っているだけです。今夜は焼魚ですか?香ばしさに、なにか、ほのかに爽やかな香りも混じっている気がしますが・・・これは、柚子の香りですか?」
「え―――は、はい、そうです。鰆の幽庵焼きです」
「ほう、それは美味そうだ」
「それから、大根と烏賊の煮物、豆腐田楽に、菜の花のお浸し・・・香の物があります」
「では、このあたりの食器でいかがでしょう」
言って、義孝は食器棚の中から、今晩の料理を並べる為に必要になりそうな皿や小鉢を取り出し、花に見せた。
「あ、ありがとうございます。では、そちらを使いますね。すみません、義孝さんのお手を煩わせてしまって」
「いえ、手伝いに来たのです。母が倒れてしまって、手が足りないでしょ?」
義孝は手にした皿を差し出した。それを受け取り、花ははにかむように笑った。
「・・・・ありがとうございます」
千代におにぎりを届けてから、花は居間へと向かった。
「よろしければ、花さんの話を聞かせてください」
料理を並べたちゃぶ台を挟んで、義孝が言った。花はご飯をよそった茶碗を持ったまま、目をぱちくりさせた。
「私の話、ですか?」
「はい、これまで貴女が実家でご家族と、どのように過ごされてきたのか。物心つく頃から、どのように生きてきたのか―――結婚相手のことを知りたいのです」
花にとって、一番聞かれるのを恐れていた事だった。義妹の聡美のことを知れば、追い返されるのでは?と恐れてきた。
胃のあたりが、スッと冷たくなるのを感じる。
「も・・・申し訳ありません!」
花は平伏した。
「な、なぜ、謝るのですか?あ、ああ、話したくないことでしたか?それなら、知らないこととはいえ、すみません」
「え?」
知らない?
聡美の事を知って、怒っているのでは?
「あの、義孝さんは私の事情を全て知って、話しをしたのでは?」
「花さんにどんな事情があるのかは、私は知りません。ただ、興味から訊ねました」
釦の掛け違い、という言葉がある。自分に疚しい気持ちがあるから、そう感じただけで、義孝には他意はなかったのだ。
花は俯いていた顔を、ゆっくりあげた。
(お話した方がいいのかも知れない。例えばそれで、縁談が白紙になっても)
「全てを、お話します」
それを皮切りに、花は自分の生い立ちについて話した。
父の再婚で、継母と義妹が桐島家に来たこと。使用人として働かされ、女学校に行っていないこと。
財産は全て、二人が散財したこと。そして、結納金を手にしたいが為に、義妹が縁談を嫌がり自分を寄越したことを話した。
花の身体が、小さく震える。
「義孝さんは令嬢との結婚を望んでいると、継母から聞きました。本当なら私ではなく、きちんと育てられた、義妹が来るべきだと」
「たしかに、仲人は桐島家の令嬢との縁談を希望しました」
「はい。もし、義孝さんが今の話を聞いて、結婚を取りやめたいと仰るなら、私は潔く身を引きます。昨日のうちに話すべきでしたのに、すみません」
「婚約を取りやめると言っても、すでに結納金は支払っていますし。実質、結納は執り行われた、と言うことになります」
「―――はい」
「ですが、桐島家からは袴返しをされておりませんしね」」
「!」
袴返しとは、結納金の一部で新郎の袴を買って渡すこと。一般にはそれが、結婚のお約束ごとだが、貴子はそれさえしておらず、恥ずべきことこの上ない。
「申し訳ありません。時間がかかるかと思いますが、私が用立てます」
「ふむ、しかし―――結構な額です。返し終える前に、私は命が尽きるやも」
やはり、自分は無力だ。
返済のあてなど、有はしない。涙がこぼれ落ちる。泣きたいのは義孝であり、自分が泣くのは筋違いだ。
だが、一度流れ出した涙は、用意には止まることはなかった。
「花さん」
気づけば、義孝が目の前にいた。涙でボヤける視界の向う側に、義孝が着物の袖で涙を受け止めてくれていた。
「すみません、泣かせるつもりはありませんでした。真実を話しただけで、責めるつもりはありません」
「い、いえ」
「つまり、先程の話を説明すると、私は婚約を取り消す気はありませんということです」
義孝の言葉に、花は涙が止まった。
けして嫌という訳ではないのだろう、だが、まるで褒められることに慣れていないかの様だった。
海軍の新兵にも、時々、そういう者がいる。そのような新兵に対して義孝は、『褒め言葉は素直に受け取れ』と言っていた。だが、花に対しては、同じように振る舞うわけにもいかない。
義孝は少し考えた。焦る必要も、急ぐ必要もない。
「・・・そういえば、花さんは医学書を趣味で読んでいたと言っていましたが、本の内容を全て覚えてしまっていると、母から聞きましたよ」
「それは・・何度も読み返したもので」
「でも、なかなかできることではありません。例えば、私が仕事で同じように覚えろと命じられても、さすがに無理でしょうね」
それから冗談を言うように、義孝は微笑んだ。それから花の隣に立ち、食器棚に手を伸ばす。
「焼き物のことでも、大して知識のないままですからね」
「そうなのですか?」
「ほとんどが、直感でいいなぁと思った物を買っているだけです。今夜は焼魚ですか?香ばしさに、なにか、ほのかに爽やかな香りも混じっている気がしますが・・・これは、柚子の香りですか?」
「え―――は、はい、そうです。鰆の幽庵焼きです」
「ほう、それは美味そうだ」
「それから、大根と烏賊の煮物、豆腐田楽に、菜の花のお浸し・・・香の物があります」
「では、このあたりの食器でいかがでしょう」
言って、義孝は食器棚の中から、今晩の料理を並べる為に必要になりそうな皿や小鉢を取り出し、花に見せた。
「あ、ありがとうございます。では、そちらを使いますね。すみません、義孝さんのお手を煩わせてしまって」
「いえ、手伝いに来たのです。母が倒れてしまって、手が足りないでしょ?」
義孝は手にした皿を差し出した。それを受け取り、花ははにかむように笑った。
「・・・・ありがとうございます」
千代におにぎりを届けてから、花は居間へと向かった。
「よろしければ、花さんの話を聞かせてください」
料理を並べたちゃぶ台を挟んで、義孝が言った。花はご飯をよそった茶碗を持ったまま、目をぱちくりさせた。
「私の話、ですか?」
「はい、これまで貴女が実家でご家族と、どのように過ごされてきたのか。物心つく頃から、どのように生きてきたのか―――結婚相手のことを知りたいのです」
花にとって、一番聞かれるのを恐れていた事だった。義妹の聡美のことを知れば、追い返されるのでは?と恐れてきた。
胃のあたりが、スッと冷たくなるのを感じる。
「も・・・申し訳ありません!」
花は平伏した。
「な、なぜ、謝るのですか?あ、ああ、話したくないことでしたか?それなら、知らないこととはいえ、すみません」
「え?」
知らない?
聡美の事を知って、怒っているのでは?
「あの、義孝さんは私の事情を全て知って、話しをしたのでは?」
「花さんにどんな事情があるのかは、私は知りません。ただ、興味から訊ねました」
釦の掛け違い、という言葉がある。自分に疚しい気持ちがあるから、そう感じただけで、義孝には他意はなかったのだ。
花は俯いていた顔を、ゆっくりあげた。
(お話した方がいいのかも知れない。例えばそれで、縁談が白紙になっても)
「全てを、お話します」
それを皮切りに、花は自分の生い立ちについて話した。
父の再婚で、継母と義妹が桐島家に来たこと。使用人として働かされ、女学校に行っていないこと。
財産は全て、二人が散財したこと。そして、結納金を手にしたいが為に、義妹が縁談を嫌がり自分を寄越したことを話した。
花の身体が、小さく震える。
「義孝さんは令嬢との結婚を望んでいると、継母から聞きました。本当なら私ではなく、きちんと育てられた、義妹が来るべきだと」
「たしかに、仲人は桐島家の令嬢との縁談を希望しました」
「はい。もし、義孝さんが今の話を聞いて、結婚を取りやめたいと仰るなら、私は潔く身を引きます。昨日のうちに話すべきでしたのに、すみません」
「婚約を取りやめると言っても、すでに結納金は支払っていますし。実質、結納は執り行われた、と言うことになります」
「―――はい」
「ですが、桐島家からは袴返しをされておりませんしね」」
「!」
袴返しとは、結納金の一部で新郎の袴を買って渡すこと。一般にはそれが、結婚のお約束ごとだが、貴子はそれさえしておらず、恥ずべきことこの上ない。
「申し訳ありません。時間がかかるかと思いますが、私が用立てます」
「ふむ、しかし―――結構な額です。返し終える前に、私は命が尽きるやも」
やはり、自分は無力だ。
返済のあてなど、有はしない。涙がこぼれ落ちる。泣きたいのは義孝であり、自分が泣くのは筋違いだ。
だが、一度流れ出した涙は、用意には止まることはなかった。
「花さん」
気づけば、義孝が目の前にいた。涙でボヤける視界の向う側に、義孝が着物の袖で涙を受け止めてくれていた。
「すみません、泣かせるつもりはありませんでした。真実を話しただけで、責めるつもりはありません」
「い、いえ」
「つまり、先程の話を説明すると、私は婚約を取り消す気はありませんということです」
義孝の言葉に、花は涙が止まった。
245
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。
ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。
要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」
そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。
要「今日はやたら素直だな・・・。」
美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」
いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる