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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
十一話『桐島家』
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桐島家は父・浩一郎が医者であることから、花は幼い頃から医学書を読んで成長した。
「流行り物ではなく、父の遺した医学書を少々」
花の口ぶりから推察するに、医学書は一冊や二冊ではない。
しかも医学書となれば、内容は簡単ではなかったはず。それを全て覚えているということは、花の記憶力はそうとうなものだ。そして、それを正しく活用する、聡明さもある。
見合い写真はこちらが不要と言った手前、渡されなかった。
しかし、花がどんな娘だとか、どこが嫁として良いだとか、桐島家からは一切が伝えられてこなかった。
そこだけは、縁談を進めていた元上官も、首をひねるくらいだ。
《桐島家に年頃の娘が確かにいるそうだ。しかし、娘の父であり、自分が世話になった桐島子爵はとっくに亡くなっていてな。・・・どうにも金回りは苦しそうだが、家柄は悪くはない。それに、すぐに結婚に向けて動けるそうだ。構わんか、時東?》
疑問を脇に置いた元上官は、そう義孝に訊ねた。結婚は家同士のものだ。あちらが傾けば、こちらも共倒れになる可能性もある。
そこで元上官は結納金を先渡しすることを条件に、以降は時東家に迷惑をかけないこと、つまり・・・お金の無心をしないことを、後妻である貴子に言い渡し、誓約書を書かせた。
例えるならば、海で溺れた時に『こちらに助けを求めるな』という、非情ともとれる誓約書だ。
ところが、貴子は嫌がる素振りも見せず、むしろ清々したというように見えたらしい。
(私は結婚というものに、興味がなかった。だが・・・・)
まだ来て二日だと言うのに、千代はすっかり花を気に入っている。花も自分の知識を活かし、千代を助けた。
「ほんとに。偉いわね」
千代に褒められた花は、恥ずかしげに頬を染めている。夕食を作り、玄関先には落葉の一つもない。慌ただしかった筈なのに、日々の業務を卒なく熟している。
働きすぎだ、華族令嬢だというのに。いや、そもそも花は、令嬢らしい暮らしをしていなかったのかも知れない。
「義孝。私の心配はいらないから、花さんを助けてあげて」
義孝の思考を遮ったのは、千代の言葉だった。
「はい、もちろんです」
「花さん、存分に使ってやってくださいね」
「い、いえっ。あの・・ありがとうございます」
花は、二人に礼を言った。
義孝が台所に行くと、花は食器棚の前に立ち尽くしていた。
魚を焼いていたらしく、香ばしい香りがする。
「うーん、茶器は同じとして、お皿は・・・・」
「なにか、お困りですか?」
義孝が声をかけると、花が振り返る。疚しいことをしていた訳ではないが、慌てている。
その様子を、義孝は微笑ましく見つめる。花が気を遣ってくれていると、そう感じられるからだ。
「えと、・・・実はお皿を、どの食器を使えばいいか」
花は、食器棚に目を遣る。そこに並んでいる食器は、いずれも義孝が趣味で集めた物だ。
「どれも素敵な焼き物ばかりで、使ってはいけない物もあるかと」
「どれでも、好きに使って大丈夫ですよ。その棚に並んでいれば、使うための食器ですから」
「あ・・・なるほど、分かりました。では、そのようにいたします」
その一言に、花はほっとしたように笑う。義孝はさらに補足した。
「それから焼き物ですから、割れたり駆けたりすることもあるかと思います」
「は、はい、気をつけます」
「ああ、そうではなく」
「それでは?」
「もし手が滑ったとか、破損したとしても、気にしないでください、という事ですよ。形あるものは、いつか壊れます」
花が、ポカンとしている。
「・・・あの、義孝さん」
義孝の言葉は、花には意外なものだったらしい。
「お心遣い、ありがとうございます」
「いいえ。お心遣いなどではありません、私自身があなたに我が家で少しでも肩の力を抜いて欲しいのです。それに、礼を言うのは、私の方です」
「え」
「母の事です。ありがとうございます」
あんなに楽しげな千代は、とんと見たことがなかった。
「腰のこともですが、花さんが家に来てから。とても楽しそうです」
「・・・い、いえ。お役に立てて、良かったです」
花がはにかんだように笑う。
「何やら、薬湯まで作ってくれたとか。材料はあったのですか」
「いえ、私は医者ではありませんし。薬湯なんて」
「では、一体?母は、何を飲んだので」
「砂糖と塩と混ぜた水です」
それだけでは、痛みには効かないが。
「他には?何を混ぜたのですか」
花は笑った。要は不足していた物を、予測した。寒い日々の後に急に昨日は暖かい日だった。そこで、千代の身体が悲鳴を上げたのだ。
「なるほど」
やはり、大したものだ。知識をひけらかさず、必要に活かすことができる。新兵にも、稀にそういう者がいる。
《あの後妻だが、なんか気味が悪くてな。よからぬことをしなけりゃいいが》
元上官の言葉が、ふと思い出された。
「流行り物ではなく、父の遺した医学書を少々」
花の口ぶりから推察するに、医学書は一冊や二冊ではない。
しかも医学書となれば、内容は簡単ではなかったはず。それを全て覚えているということは、花の記憶力はそうとうなものだ。そして、それを正しく活用する、聡明さもある。
見合い写真はこちらが不要と言った手前、渡されなかった。
しかし、花がどんな娘だとか、どこが嫁として良いだとか、桐島家からは一切が伝えられてこなかった。
そこだけは、縁談を進めていた元上官も、首をひねるくらいだ。
《桐島家に年頃の娘が確かにいるそうだ。しかし、娘の父であり、自分が世話になった桐島子爵はとっくに亡くなっていてな。・・・どうにも金回りは苦しそうだが、家柄は悪くはない。それに、すぐに結婚に向けて動けるそうだ。構わんか、時東?》
疑問を脇に置いた元上官は、そう義孝に訊ねた。結婚は家同士のものだ。あちらが傾けば、こちらも共倒れになる可能性もある。
そこで元上官は結納金を先渡しすることを条件に、以降は時東家に迷惑をかけないこと、つまり・・・お金の無心をしないことを、後妻である貴子に言い渡し、誓約書を書かせた。
例えるならば、海で溺れた時に『こちらに助けを求めるな』という、非情ともとれる誓約書だ。
ところが、貴子は嫌がる素振りも見せず、むしろ清々したというように見えたらしい。
(私は結婚というものに、興味がなかった。だが・・・・)
まだ来て二日だと言うのに、千代はすっかり花を気に入っている。花も自分の知識を活かし、千代を助けた。
「ほんとに。偉いわね」
千代に褒められた花は、恥ずかしげに頬を染めている。夕食を作り、玄関先には落葉の一つもない。慌ただしかった筈なのに、日々の業務を卒なく熟している。
働きすぎだ、華族令嬢だというのに。いや、そもそも花は、令嬢らしい暮らしをしていなかったのかも知れない。
「義孝。私の心配はいらないから、花さんを助けてあげて」
義孝の思考を遮ったのは、千代の言葉だった。
「はい、もちろんです」
「花さん、存分に使ってやってくださいね」
「い、いえっ。あの・・ありがとうございます」
花は、二人に礼を言った。
義孝が台所に行くと、花は食器棚の前に立ち尽くしていた。
魚を焼いていたらしく、香ばしい香りがする。
「うーん、茶器は同じとして、お皿は・・・・」
「なにか、お困りですか?」
義孝が声をかけると、花が振り返る。疚しいことをしていた訳ではないが、慌てている。
その様子を、義孝は微笑ましく見つめる。花が気を遣ってくれていると、そう感じられるからだ。
「えと、・・・実はお皿を、どの食器を使えばいいか」
花は、食器棚に目を遣る。そこに並んでいる食器は、いずれも義孝が趣味で集めた物だ。
「どれも素敵な焼き物ばかりで、使ってはいけない物もあるかと」
「どれでも、好きに使って大丈夫ですよ。その棚に並んでいれば、使うための食器ですから」
「あ・・・なるほど、分かりました。では、そのようにいたします」
その一言に、花はほっとしたように笑う。義孝はさらに補足した。
「それから焼き物ですから、割れたり駆けたりすることもあるかと思います」
「は、はい、気をつけます」
「ああ、そうではなく」
「それでは?」
「もし手が滑ったとか、破損したとしても、気にしないでください、という事ですよ。形あるものは、いつか壊れます」
花が、ポカンとしている。
「・・・あの、義孝さん」
義孝の言葉は、花には意外なものだったらしい。
「お心遣い、ありがとうございます」
「いいえ。お心遣いなどではありません、私自身があなたに我が家で少しでも肩の力を抜いて欲しいのです。それに、礼を言うのは、私の方です」
「え」
「母の事です。ありがとうございます」
あんなに楽しげな千代は、とんと見たことがなかった。
「腰のこともですが、花さんが家に来てから。とても楽しそうです」
「・・・い、いえ。お役に立てて、良かったです」
花がはにかんだように笑う。
「何やら、薬湯まで作ってくれたとか。材料はあったのですか」
「いえ、私は医者ではありませんし。薬湯なんて」
「では、一体?母は、何を飲んだので」
「砂糖と塩と混ぜた水です」
それだけでは、痛みには効かないが。
「他には?何を混ぜたのですか」
花は笑った。要は不足していた物を、予測した。寒い日々の後に急に昨日は暖かい日だった。そこで、千代の身体が悲鳴を上げたのだ。
「なるほど」
やはり、大したものだ。知識をひけらかさず、必要に活かすことができる。新兵にも、稀にそういう者がいる。
《あの後妻だが、なんか気味が悪くてな。よからぬことをしなけりゃいいが》
元上官の言葉が、ふと思い出された。
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