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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
十六話『達哉』
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花との年の差は一つ、しかし、接話したことは殆どなかった。
「覚えております、達哉さん、ご無沙汰しております」
「ああ、良かった。あの頃は人見知りだったからね。君が来ても、父さんの後ろに隠れていたから・・・覚えてくれて、嬉しいよ」
「人見知りは直ったのですね」
当時を思い出して、花はクスリと笑った。
店先で達彦の手伝いをしていた彼は、浩一郎と花の姿を認めるなり、店の奥へと逃げていた。二人が言葉を交わしたのは、最初にお互いの父に促された、挨拶をした際だけだった。
「今は頑張って話しているんだ。この薬屋の主だからね」
「達哉さんが店主なのですか?」
「意外だよね」
「ええと・・・少し?」
花が遠慮がちに答えると、達哉は「ははっ」と声を出して笑った。
達哉が薬に興味を示さなかったから、達彦は花に薬についてのあれこれを教えていたのである。達哉には無理だと分だ達彦が、「お花が店を継いでくれたらなぁ」とボヤいていたのである。
「父さんの店を終わらせる訳には忍びなくてね、亡くなる前に猛勉強をしてさ。大丈夫だって、父さんからの太鼓判を貰った上で継がせて貰ったよ」
「そうでしたか。それはきっと、達彦さんも喜ばれましたね」
「もっと早く勉強してくれていたらなぁ、って不満そうだったけどね。もし、お花ちゃんが薬の入り用で来たのなら、力になれると思うよ」
「ありがとうございます。今日は医師でなくとも使える薬種を頂けたらと」
「お花ちゃんが使うのかな」
「はい、煎薬は私が行います。服薬するのは・・私の家族ですが」
花は躊躇いながら、その言葉を口にする。まだ、婚約の許可も下りていないのに、結婚もしていないのに、家族という言葉が――――今の自分との関係を表す言葉として、適当ではない気がした。
「そうか、使うご家族の症状は?」
「まず、使用するのは二人、それぞれ別の症状です。一人は腰痛ですが、昨日の暖かさで発症しました。もう一人は、腕の骨を骨折しておりまして、回復の助けになればと」
「ふむふむ、なるほど」
頷きながら、達哉は薬棚へ向かう。そうして、達哉は幾つかの和漢薬の薬種を見繕い、棚から出してきてくれた。
「―――芍薬、甘草、経皮、丁子、大黄、川骨・・・と、効能はお花ちゃんも知ってるよね?このあたりでどうかな」
「ありがとうございます。十分かと――――お代は、こちらで足りますか?」
花は代金を差し出す。薬を買う為の資金は、義孝が『好きに使ってください』と渡してくれたもの。
花には十分過ぎるほどの小遣いであり、使い道も思いつかなかった。だが、こうして千代の為に薬種を買うことにしたのである。
「ね、薬は家族に使うという話だけど・・・確か浩一郎様も、鬼籍に入られていたね」
棚から選んだ薬種をまとめながら、達哉が訊ねた。
「ええ、そうです」
「浩一郎様は、再婚されていたよね」
「はい、亡くなる一年前に」
「じゃあ、家族って言うのは継母さんかな?あ、それともお花ちゃん、結婚した?」
問われて花は首を振る。
「いえ、結婚はまだ」
「そっか、旦那様がいないのなら、遠慮しなくてもいいね」
「遠慮?」
意図がわからない花は、首を傾げる。達哉はフッと、陽だまりのような笑顔になる。
「お花ちゃんがこなくなったから、どうしたんだろうって。気になっていたんだ。せっかくこうして会えたんだし、お茶でも飲みながら話したいなって」
「あ・・・」
不意に花の頭の中に、義孝の顔が過る。
まだ婚約はしていないが、結婚もしていない、花に旦那様はいない。けれど、近い将来に旦那様となる人はいる。
「すみません、せっかくですが・・・早く家に帰らないと」
「そっか、じゃあ又ね」
「はい、ありがとうございます」
花は代金を支払い、薬種をまとめて入れた風呂敷を手にする。達哉に別れを告げると、薬屋を後にし、時東家の帰路についた。
帰宅した花は、購入した薬種を早速鍋にいれて煎じた。薬種をどう組み合わせるかは、頭に入っている。それに則って薬湯を作ると、その日から千代と義孝に飲んでもらった。
「急に調子が良くなったというか、力が漲る様になったと言うか。治りが早まったような気がします」
薬湯を飲み始めて一週間ほど経った頃、義孝が花にそう言った。
身体の血の巡りを良くする薬が効いたようだ。寝込んでいた千代も、すでに起き上がって普通の生活をしている。
「花さんのお陰ですねえ。本当に、ありがとうございます」
朝夕の食事も、すでに三人でちゃぶ台を囲むようになった。
「花さんのおかげですよ、ありがとうございます」
その週の日曜のこと、三人で朝食をゆっくりとったあと、ちゃぶ台から食器を片付けていた花に、千代が言った。
「いえ、大したことは」
「大したことですよ。近所のお医者様は『寝てれば治る』と、薬を出したがらないから、本当に助かります。前は十日経ってようやく、動けるようになったんですよ」
「・・・お役に立てているなら、私も嬉しいです」
くすぐったさを覚えながら、花は千代の言葉を受け取った。
自分など、何の役にも立たないだろう。そう思いながら生きてきた、時東の門を潜った身だ。そんな自分の力が、少しでも二人の役に立てたなら本望としか言いようがない。
もっと頑張りたい、二人の為に。義孝の妻に、相応しい女性になりたいと、花は思ったのだ。
「覚えております、達哉さん、ご無沙汰しております」
「ああ、良かった。あの頃は人見知りだったからね。君が来ても、父さんの後ろに隠れていたから・・・覚えてくれて、嬉しいよ」
「人見知りは直ったのですね」
当時を思い出して、花はクスリと笑った。
店先で達彦の手伝いをしていた彼は、浩一郎と花の姿を認めるなり、店の奥へと逃げていた。二人が言葉を交わしたのは、最初にお互いの父に促された、挨拶をした際だけだった。
「今は頑張って話しているんだ。この薬屋の主だからね」
「達哉さんが店主なのですか?」
「意外だよね」
「ええと・・・少し?」
花が遠慮がちに答えると、達哉は「ははっ」と声を出して笑った。
達哉が薬に興味を示さなかったから、達彦は花に薬についてのあれこれを教えていたのである。達哉には無理だと分だ達彦が、「お花が店を継いでくれたらなぁ」とボヤいていたのである。
「父さんの店を終わらせる訳には忍びなくてね、亡くなる前に猛勉強をしてさ。大丈夫だって、父さんからの太鼓判を貰った上で継がせて貰ったよ」
「そうでしたか。それはきっと、達彦さんも喜ばれましたね」
「もっと早く勉強してくれていたらなぁ、って不満そうだったけどね。もし、お花ちゃんが薬の入り用で来たのなら、力になれると思うよ」
「ありがとうございます。今日は医師でなくとも使える薬種を頂けたらと」
「お花ちゃんが使うのかな」
「はい、煎薬は私が行います。服薬するのは・・私の家族ですが」
花は躊躇いながら、その言葉を口にする。まだ、婚約の許可も下りていないのに、結婚もしていないのに、家族という言葉が――――今の自分との関係を表す言葉として、適当ではない気がした。
「そうか、使うご家族の症状は?」
「まず、使用するのは二人、それぞれ別の症状です。一人は腰痛ですが、昨日の暖かさで発症しました。もう一人は、腕の骨を骨折しておりまして、回復の助けになればと」
「ふむふむ、なるほど」
頷きながら、達哉は薬棚へ向かう。そうして、達哉は幾つかの和漢薬の薬種を見繕い、棚から出してきてくれた。
「―――芍薬、甘草、経皮、丁子、大黄、川骨・・・と、効能はお花ちゃんも知ってるよね?このあたりでどうかな」
「ありがとうございます。十分かと――――お代は、こちらで足りますか?」
花は代金を差し出す。薬を買う為の資金は、義孝が『好きに使ってください』と渡してくれたもの。
花には十分過ぎるほどの小遣いであり、使い道も思いつかなかった。だが、こうして千代の為に薬種を買うことにしたのである。
「ね、薬は家族に使うという話だけど・・・確か浩一郎様も、鬼籍に入られていたね」
棚から選んだ薬種をまとめながら、達哉が訊ねた。
「ええ、そうです」
「浩一郎様は、再婚されていたよね」
「はい、亡くなる一年前に」
「じゃあ、家族って言うのは継母さんかな?あ、それともお花ちゃん、結婚した?」
問われて花は首を振る。
「いえ、結婚はまだ」
「そっか、旦那様がいないのなら、遠慮しなくてもいいね」
「遠慮?」
意図がわからない花は、首を傾げる。達哉はフッと、陽だまりのような笑顔になる。
「お花ちゃんがこなくなったから、どうしたんだろうって。気になっていたんだ。せっかくこうして会えたんだし、お茶でも飲みながら話したいなって」
「あ・・・」
不意に花の頭の中に、義孝の顔が過る。
まだ婚約はしていないが、結婚もしていない、花に旦那様はいない。けれど、近い将来に旦那様となる人はいる。
「すみません、せっかくですが・・・早く家に帰らないと」
「そっか、じゃあ又ね」
「はい、ありがとうございます」
花は代金を支払い、薬種をまとめて入れた風呂敷を手にする。達哉に別れを告げると、薬屋を後にし、時東家の帰路についた。
帰宅した花は、購入した薬種を早速鍋にいれて煎じた。薬種をどう組み合わせるかは、頭に入っている。それに則って薬湯を作ると、その日から千代と義孝に飲んでもらった。
「急に調子が良くなったというか、力が漲る様になったと言うか。治りが早まったような気がします」
薬湯を飲み始めて一週間ほど経った頃、義孝が花にそう言った。
身体の血の巡りを良くする薬が効いたようだ。寝込んでいた千代も、すでに起き上がって普通の生活をしている。
「花さんのお陰ですねえ。本当に、ありがとうございます」
朝夕の食事も、すでに三人でちゃぶ台を囲むようになった。
「花さんのおかげですよ、ありがとうございます」
その週の日曜のこと、三人で朝食をゆっくりとったあと、ちゃぶ台から食器を片付けていた花に、千代が言った。
「いえ、大したことは」
「大したことですよ。近所のお医者様は『寝てれば治る』と、薬を出したがらないから、本当に助かります。前は十日経ってようやく、動けるようになったんですよ」
「・・・お役に立てているなら、私も嬉しいです」
くすぐったさを覚えながら、花は千代の言葉を受け取った。
自分など、何の役にも立たないだろう。そう思いながら生きてきた、時東の門を潜った身だ。そんな自分の力が、少しでも二人の役に立てたなら本望としか言いようがない。
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