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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
二十一話『思いがけない訪問』
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義孝は、深々と溜息を吐いた。女性として、妻として、年甲斐もなく想いを向ける。
愛する。
そんなつもりなど、なかった筈だ。容易く扱えていたはずの、己の心の舵。それが、いつの間にか上手く扱えなくなっていることに、義孝は今頃になって思い至ったのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇
義孝が不機嫌だった理由は、翌日にはすっかり部内に広まっていた。中将が話したからである。
しかし、言いふらされたという訳ではない。彼の声が大きすぎる為に、部長室の外まで義孝との会話内容が筒抜けだったのだ。
事情を知ったことにより、義孝に怯えていた部下の反応が一変した。
「なんと、微笑ましい」
「婚約者と仲睦まじいのだな」
と囁く部下達からの、親しみを込めた視線が、義孝へと向けられるようになった。
(悪くはないが、なんだか厄介なことになってしまったような?)
部長室でううむ、と義孝は唸った。午前のうちに捌くべき仕事を早々に済ませたあと、一人、執務室に着いた時のことである。
己を取り巻く状況について、義孝は改めて考えた。冷静沈着な大佐の心を波立たせた婚約者はどんな女性なのか、その二人はどこまで関係が進展しているのか・・・中将をはじめとした軍司令部の皆が、並々ならぬ興味を持っているようだ。
それが、ひしひしと義孝本人にも伝わってきている。
こういった下世話な好奇の視線に晒されることに、義孝は慣れていない。これまで女性関係の一つもない、部下から自然と恐れられ敬遠される存在だったのだ。
部下達は義孝について話す事を命知らずな蛮行だと恐れていたし、当然、好奇の視線などを向けてくる部下も皆無だった。
義孝自身、敬遠されるように部下を罰したこともなければ、話の種にされたりしても素知らぬ顔をしてきたのに、だ。
ここ最近、その状況が少しずつ自然と、変化してきていた。
部下達との心の距離が縮まるのは、それを課題として考えていた義孝としても望ましいことである。
(・・・花さんの、お陰か)
義孝の頬に、婚約者のことが自ずと浮かぶ。花が時東家にやって来てから、以前より自分の心の中が分かるようになった。
まるで海図にない暗い海の底が照らされて、そこがどんな地形だったのか、初めて把握出来たかのように。
そして、それは恐らく。
「良い変化なのだろうな」
厳格な上下関係は、軍人達にとっては当然のもの。だが、部下達の心の距離が縮まれば、彼らが心のうちを晒してくれることに繋がる。
(人は幾つになっても、変われるのだな)
自己の変化を実感しながら、義孝は椅子の背に凭れて目を閉じる。隙のない完璧な軍人たれ・・・そう義孝は考えていた。
だが、隙のない者は『人間』という存在から遠のき、『人ならざるもの』として周囲から遠巻きにされる。そうして孤立し、孤独になっていった優秀な者たちを義孝は知っている。
花を想い慕う気持ちも、そういった人間らしい大事な心の動きだ。
(とはいえ、こんな状況も初めてだから、何だか気恥ずかしいというか。落ち着かないというか・・・・)
そんな風に義孝が考え事をしていた時だ。
「失礼します」
外から声掛けがされた後、副官室の扉が開いた。一人の部下が室内に入ってくる。義孝に一礼した部下は、用件を述べた。
「時東大佐に、御来客です」
「誰だ」
部下の言葉に、義孝は眉を顰める。思い当たる相手がいなかったからだ。今日は一日、自分への来客予定はなかったはず。
(誰かは知らんが、急ぎの用件で来たのだろう)
義孝は思わず身構えた。こういった予定外の訪問がある時は、大抵が良くない話であることが多く、そうであれば部内も忙しくなるからだ。
・・・だが、どうも様子がおかしい。
部下達の中には、堪えていても漏れてしまう微笑みが浮かんでいる。
どうした?と問う前に、義孝はその意味を知ることになった。
「来客は、『桐島 花』と名乗る女性です。玄関受け付けにて時東大佐とのご関係をお伺いしたところ、大佐の婚約者だと・・・」
部下からの報告を皆まで聞く前に、義孝はガタッと椅子から立ち上がっていた。
「報告、ご苦労」
そう一言伝えて部下を下がらせたあと、義孝も急いで副官室を出た。艦内を甲板から船内へと移動する様に階段を駆け下りて、義孝は客人が待つ玄関受け付けへと向かう。
階下から、話し声が聞こえてきた。
「時東大佐が乗り込んだ艦は、環境が良くなると専らの評判なのですよ」
自分の名前が耳に入り、義孝は足を止めた。弾むような調子の声は、とある部下のものだ。
それに対して、感嘆混じりの相槌の声は、花のものだ。
「まあ、そうなのですね」
「ええ、時東大佐が直接指揮を執らずとも、艦長が大佐の助言をそのまま採用する事も多かったのです。連合艦隊の司令官も大佐の意見を重視しており、先の海戦での勝利にも繋がりました。それだけ、大佐は優れた戦術立案をされるということです」
「はあ~、・・・やはり御立派な方なのですね」
「ええ、軍内部でも『海神の化身』などと呼ばれ、指折りの傑物として新兵でも知らぬ者は居ないほどです」
「んんっ、ごほん!」
部下の話を遮るように、義孝は咳払いをした。気付いた部下が口を噤み、一礼し『失礼します』と花にも挨拶をしてさった。
愛する。
そんなつもりなど、なかった筈だ。容易く扱えていたはずの、己の心の舵。それが、いつの間にか上手く扱えなくなっていることに、義孝は今頃になって思い至ったのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇
義孝が不機嫌だった理由は、翌日にはすっかり部内に広まっていた。中将が話したからである。
しかし、言いふらされたという訳ではない。彼の声が大きすぎる為に、部長室の外まで義孝との会話内容が筒抜けだったのだ。
事情を知ったことにより、義孝に怯えていた部下の反応が一変した。
「なんと、微笑ましい」
「婚約者と仲睦まじいのだな」
と囁く部下達からの、親しみを込めた視線が、義孝へと向けられるようになった。
(悪くはないが、なんだか厄介なことになってしまったような?)
部長室でううむ、と義孝は唸った。午前のうちに捌くべき仕事を早々に済ませたあと、一人、執務室に着いた時のことである。
己を取り巻く状況について、義孝は改めて考えた。冷静沈着な大佐の心を波立たせた婚約者はどんな女性なのか、その二人はどこまで関係が進展しているのか・・・中将をはじめとした軍司令部の皆が、並々ならぬ興味を持っているようだ。
それが、ひしひしと義孝本人にも伝わってきている。
こういった下世話な好奇の視線に晒されることに、義孝は慣れていない。これまで女性関係の一つもない、部下から自然と恐れられ敬遠される存在だったのだ。
部下達は義孝について話す事を命知らずな蛮行だと恐れていたし、当然、好奇の視線などを向けてくる部下も皆無だった。
義孝自身、敬遠されるように部下を罰したこともなければ、話の種にされたりしても素知らぬ顔をしてきたのに、だ。
ここ最近、その状況が少しずつ自然と、変化してきていた。
部下達との心の距離が縮まるのは、それを課題として考えていた義孝としても望ましいことである。
(・・・花さんの、お陰か)
義孝の頬に、婚約者のことが自ずと浮かぶ。花が時東家にやって来てから、以前より自分の心の中が分かるようになった。
まるで海図にない暗い海の底が照らされて、そこがどんな地形だったのか、初めて把握出来たかのように。
そして、それは恐らく。
「良い変化なのだろうな」
厳格な上下関係は、軍人達にとっては当然のもの。だが、部下達の心の距離が縮まれば、彼らが心のうちを晒してくれることに繋がる。
(人は幾つになっても、変われるのだな)
自己の変化を実感しながら、義孝は椅子の背に凭れて目を閉じる。隙のない完璧な軍人たれ・・・そう義孝は考えていた。
だが、隙のない者は『人間』という存在から遠のき、『人ならざるもの』として周囲から遠巻きにされる。そうして孤立し、孤独になっていった優秀な者たちを義孝は知っている。
花を想い慕う気持ちも、そういった人間らしい大事な心の動きだ。
(とはいえ、こんな状況も初めてだから、何だか気恥ずかしいというか。落ち着かないというか・・・・)
そんな風に義孝が考え事をしていた時だ。
「失礼します」
外から声掛けがされた後、副官室の扉が開いた。一人の部下が室内に入ってくる。義孝に一礼した部下は、用件を述べた。
「時東大佐に、御来客です」
「誰だ」
部下の言葉に、義孝は眉を顰める。思い当たる相手がいなかったからだ。今日は一日、自分への来客予定はなかったはず。
(誰かは知らんが、急ぎの用件で来たのだろう)
義孝は思わず身構えた。こういった予定外の訪問がある時は、大抵が良くない話であることが多く、そうであれば部内も忙しくなるからだ。
・・・だが、どうも様子がおかしい。
部下達の中には、堪えていても漏れてしまう微笑みが浮かんでいる。
どうした?と問う前に、義孝はその意味を知ることになった。
「来客は、『桐島 花』と名乗る女性です。玄関受け付けにて時東大佐とのご関係をお伺いしたところ、大佐の婚約者だと・・・」
部下からの報告を皆まで聞く前に、義孝はガタッと椅子から立ち上がっていた。
「報告、ご苦労」
そう一言伝えて部下を下がらせたあと、義孝も急いで副官室を出た。艦内を甲板から船内へと移動する様に階段を駆け下りて、義孝は客人が待つ玄関受け付けへと向かう。
階下から、話し声が聞こえてきた。
「時東大佐が乗り込んだ艦は、環境が良くなると専らの評判なのですよ」
自分の名前が耳に入り、義孝は足を止めた。弾むような調子の声は、とある部下のものだ。
それに対して、感嘆混じりの相槌の声は、花のものだ。
「まあ、そうなのですね」
「ええ、時東大佐が直接指揮を執らずとも、艦長が大佐の助言をそのまま採用する事も多かったのです。連合艦隊の司令官も大佐の意見を重視しており、先の海戦での勝利にも繋がりました。それだけ、大佐は優れた戦術立案をされるということです」
「はあ~、・・・やはり御立派な方なのですね」
「ええ、軍内部でも『海神の化身』などと呼ばれ、指折りの傑物として新兵でも知らぬ者は居ないほどです」
「んんっ、ごほん!」
部下の話を遮るように、義孝は咳払いをした。気付いた部下が口を噤み、一礼し『失礼します』と花にも挨拶をしてさった。
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